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第一話 岩石人形

 学園都市郊外。

 そこには鬱蒼と木々が生い茂った森林地帯が広がっている。


 もともと学園都市が所有する土地で、かつてはあらゆる教育機関の生徒たちが課外授業で訪れては、この地で錬金術の材料の見極めと採取を行っていたらしい。だが、材料を集めて釜で調合するという工程を重要視する古代式錬金術は、残念なことに近年では主流から外れたマイナーなものになってしまった。


 そんな現代において、かつては常日頃から錬金術を学ぶ者たちで溢れて盛況を誇った土地は、哀しいことに閑古鳥が鳴くような状態に陥っていた。一応、いまでも学園都市の教育機関に所属している者なら、生徒でも教師でも自由に出入りはできるらしいが、わざわざ足を運ぶのはただの物好きか古代式を専攻する特異な者だけだという。


 だが、この日は珍しく来客の姿があった。

 昼下がりの太陽の光さえ遮断した森の中を駆けるのは、一人の少年・折原一輝だった。


 額から溢れんばかりの汗を流し、アルヴァート学院の制服をびっしょりと濡らした少年は、ここまで全力疾走で駆けており、一度も速度を緩めることはなかった。郊外の森は、いまとなってはほとんど整備もされず、手入れも行き届いていない様子で、あちこちから伸びた草木の枝だったり蔦だったりが絡み合いながら獣道を侵食している。


 まともに歩くことさえ難しい道のりだが、そこは魔女の森に引きこもっていたイツキだ。

 踏み潰せるものは踏み潰して、それが無理なら飛び越えるようにして、その障害物たちを避けながら、走る速度だけは落とさずに前に進んでいた。


 とっくに呼吸は荒くなっている。

 喉は渇きを通り越して痛みさえ訴えてくる。

 それでも彼が走り続けるのは、たった一人の少女を護るため、ただそれだけだった。


『――――――――!』


 そんな彼の進路上に巨大な影が浮かび、まるで獣のような唸りを轟かせる。

 土くれを固めてヒト型に形成された岩石人形ゴーレムであった。森の材料を無闇に乱獲したり、小動物を密猟する不届き者に対処するため、警備用として設置されたものだろう。岩石人形の表面には汚れや藻がびっしりと張り付いていて、とっくに作成者の管理下から離れていることが伺える。背丈はイツキの二、三倍はありそうで、横幅は壁のような広さで立ち塞がっていた。


 その岩石人形は、この森に踏み込んできたイツキを、己の排除対象として認識したらしい。

 煙を吐き出すように砂埃を巻き上げながら起動すると、こちらに赤い無機質な石の眼を向けている。


 驚いた小鳥たちがばさばさと翼を暴れさせ、この森から飛び立っていくのが視界に映る。

 次にイツキの双眸が捉えたのは、岩石人形が丸太のような腕部を大きく振るって、迫りくる少年を薙ぎ払おうとしている動きだった。


 さすがに、ただ前に向かってひた走るのは、ここまでが限界らしい。


「……不良品が邪魔をするなよ、くそったれ!」


 イツキは悪態を吐きながら大地を蹴って空中に身を投げ出した。

 瞬間、先ほどまでイツキがいた場所を、人間など一撃で粉砕するほどの一撃が横切っていた。


 完全に岩石人形は暴走している。

 長い間、この森に放置されたことで命令系統が壊れたのか、あるいは誰かの手で意図的に暴走状態にされてしまったのか。いずれにせよ放置したまま先に進むというのは困難だった。


 知性を持たぬ岩石人形は、一度排除対象と認識した相手を逃がしはしない。

 イツキは一度汗を拭って、呼吸を整えて、それから拳を握った。


「……しょうがないな。いまからおまえを終わらせてやる」


 懐に忍ばせた『疑似錬金剣』は、まだ使わずに済ませたいところ。

 イツキの禁じられた力――封印指定の因子回路――もリスクがあるので使いたくなかったが、相手が岩石人形という明確に倒し方が用意されている相手ならば、幸いにも力の温存は不可能ではないはずだ。


 岩石人形なら生身でも対処可能。

 敵対の意思を感じ取ったわけではないだろうが、岩石人形は無機質な眼をギラリと光らせて、次の一撃を大きく振りかぶる。イツキへと襲い掛かる鉄槌を転がるように捌きながら、さらに続けられる追撃も身を翻して躱していく。まるでもぐら叩きのように、岩石人形は標的を潰そうと躍起になって、機械的な攻撃を繰り返す。


 拮抗した攻防がしばらく続いていた。

 だが、


「やっと見つけたぜ。おまえの、弱点……!」


 横凪に振るわれた岩石巨人の腕に、もう満足したと言うように、イツキは飛び乗っていた。

 攻防の流れに突然変化が訪れたことに岩石人形は一瞬硬直してしまう。すぐに気を取り直して己の腕にくっついてきた虫けらを払い落とそうとするが、それより先にイツキは丸太のごとき腕を登るように駆け上がっていく。


 そのまま右肩に到達すると、イツキは岩石人形のうなじ部分に手を伸ばし、その手に握った木の枝の束を思いきり縦一文字に叩きつけた。岩石人形の攻撃を避けている間に密かに拾って集めておいた簡素な武器である。

 武器、と呼称するにはあまりに粗末なものであったが、それでもこの戦いはこれで十分だ。


「お、らあ!」


 木枝の束がばきばきと折れ始めたが、構うことなく岩石人形のうなじを削る。

 正確には、そこに刻まれた『emeth』――真理を意味する文字列から、頭文字だけ消去する。

 やがて岩石人形の核とも言うべき文字列は瓦解し、やがて真理を意味した文字列は『meth』――すなわち死を意味する文字列へと変換される。


 直後、岩石人形が漏らしていた唸るような駆動音が、ぱたりと止まった。

 そして、停止命令を下された岩石は、ただの土くれへと回帰して、そのままぼろぼろと崩壊するのだった。

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