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蒼穹のアルケミスト -赤を継ぎし少女と工房術師団-  作者: 紅林ユウ
第一章 学園都市『ホエンハイム』
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第一話 再会

 偉大なる錬金術師・トリスメギストスが作り上げた『天支結晶アトラスフィア』によって空に浮かんだ大陸。

 そこは表社会の目が一切届かない場所――つまり、世界の裏側にて魔術や呪術などを学び、神秘を追及する異端の者たちにとってまさに空の楽園であった。ゆえに東西問わずの異端者は己の研究を研鑽するべくアトラスガーデンを目指した。


 しかし、その楽園に足を踏み入れることが許されるのは、錬金術を学ぶ者だけである。

 結果、魔術や呪術、巫術などの体系は、『錬金術』の形式として統一されるに至った――


 アトラスガーデン東部の一角に広がる学園都市。

 優秀な錬金術師を輩出し続ける教育特区では、今日も今日とて将来有望な学生が勉学に励み、そして神秘を解き明かすべく研鑽を積み重ねている。そんな意欲ある若者たちが集った数ある学院のなかでも名門中の名門とされるアルヴァート学院。そこに意欲もなければ才能の欠片も持ち合わせていない少年の姿があった。


 結局、アリスに言われるがまま洋館を追放されたイツキは、こうして不本意ながら転入生となったわけである。担任教師に連れられながら小綺麗な廊下に足音を響かせる彼は、これから盛大に詐称された経歴をホームルームで語ることを思って気を重くしていた。


 唯一、この最悪の状況で幸いだったとすれば、傍らを歩く担任教師の存在だろう。


「まさかイツキがウチの学院に転入してくるなんてねー。うん、ずっとイツキに会えなかったお姉ちゃんはなんだか泣きたくなるくらい嬉しいよー」

「や、やめろって、ミオ姉! いまは教師と生徒なんだから、頭を撫で回すなって……」

「こうしてイツキと会うのって何年振りくらい? えーっと、五年振りとか……?」

「いやいや、あの事件でほとんど生き別れたみたいになってたんだから、八年は経ってるよ。まあ、あの森の魔女様を通して、お互いが無事に生きてるってことはわかってたけどさ」


 彼女の名は折原美織オリハラミオリ

 イツキにとっては血を分けた実姉に当たる人物だった。


 もうかれこれ十年近くは会っていないこともあって、彼女が学院の教師になっていたことも驚いたが、こうしてイツキが転入するクラスの担任というのも運命――否、陰謀めいたものを感じる。


 少なくとも、この姉弟の再会まではアリスの想定通り、ということは想像に容易い。

 そして、それは放り出された迷い羊たるイツキにとっては、間違いなく救いであった。


「……それにしてミオ姉が教師かあ。ガキの頃は『錬金術のシンズイは繋がること!』って、なんだか微妙に間違ってること俺に説いてたミオ姉が、ねえ……?」

「や、やめてよ、そんな昔のこと! 錬金術の真髄は、異なる性質を融かし、繋げること! はいはい、これでいいでしょ、まったくもう……!」


 幼少期の頃のエピソードを掘り返されて赤面したミオリは、あついあついと手うちわで顔を仰いでいた。こうした親しい相手とのやり取りのおかげもあり、僅かにだが緊張がほぐれたような気がしないでもない。


 しばらく歩いた後、ミオリが二年A組とプレートに書かれた教室の戸を、ガラッと開けた。

 慣れた足取りで教室へと入っていくミオリを追い掛けて、イツキもおそるおそるとその後に続いていった。


 すると生徒たちの間にざわめきが起こる。

 そして、彼らの視線が一斉にイツキのほうへと、これでもかと向けられた。


「はーい、それじゃあホームルームの時間ですよー。さてさて、今日はなんとウチのクラスに、新しい仲間がやってきましたぁー!」

「…………」


 わー、ぱちぱちぱちー! とテンション高めに盛り上げようとするミオリ。

 だがそれは逆効果だ。いままで森の奥に引きこもっていたイツキにとって注目は毒となる。ミオリの言葉を聞いた生徒たちが浮かべた期待の眼差しが痛い。


 全身を串刺しにされたようにガチガチに硬直してしまったイツキは呼吸さえままならない。「え、あ……」となにか言おうとしてもまともな言葉が出てこない状況に陥っていると、ガタン! と突然椅子を倒しながら一人の女生徒が立ち上がった。


 その女生徒は制服のマントを翻し、美しく鮮やかな紅髪をなびかせながら、がつがつとした猛獣のような足取りでイツキの眼前まで迫ってきた。

 そして、彼女が大きく振りかぶった手が、風を切り裂きながら放たれた。


 パァン!


「ぶへっ!?」


 乾いた音が教室中に反響した。

 生徒たちが漏らしていたざわめきは、その瞬間を境にどよめきへと転じていた。

 いきなり平手打ちされイツキは呆然と立ち尽くす。そんな様子をなにが起きたのかと驚きと興味を抱いた生徒たちが眺めている。教室の空気を一変させた張本人たる紅髪の女生徒は鋭い視線でイツキを一瞥すると、


「……フン」


 鼻を鳴らしてそのまま教室を後にしてしまった。

 誰もが混乱に見舞われるなかで、一番しっかりすべきミオリが誰よりあたふたしていたが、それにツッコむ余裕なんていまのイツキにあるはずもなかった。

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