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第五話 転移

 そして。

 いよいよその日がやってきた。


 ルシア=サルタトールと愉快な仲間たちの工房術師団(仮)と、ミシュア=アルラナフィ率いる大規模な工房術師団。

 互いが互いの工房を賭けた工房対抗戦。

 アルヴァート学院にてトップの成績を誇るルシアと、名門アルラナフィ家期待の次期当主が作り上げた工房同士の戦いは、それだけで学院外にも話題が広がるほど注目を集めていた。


 休日ということもあって、学院校舎に隣接する競技場コロシアムには、アルヴァート学院の全生徒が集まっているのではないかという盛況っぷりだ。非公式の対抗戦であるため外部の人間は立ち入りを禁止されているが、もしこれが秋の学園祭のように外部公開される催しだったなら、それこそ競技場の観覧席は幾万もの人で溢れ返ったことだろう。


「あわわ、どうしましょう……私、緊張で胸が張り裂けそうなんですけどぅ……」

「さっきからふりふり尻尾振りまくって落ち着きないわね、あんた。ほら、あたし特製の精神安定ドリンクはいかがかしらあ~?」

「ありがとうございます、マティ……いただきまぶへえ! なんですかこれ、くさい~!」

「いい、アガットちゃん? 良薬は口に苦しって言うでしょう? いくら錬金術でも古来から伝わるその原理だけはどうにもできないって話なのよ、これが」

「じゃあいりません! うえ、うぷっ……ほんとに吐きそ――んぐっ!?」

「はいだ~め♪ さあ、ぐいっといけ、アガット=シャルロン! あたしの調合した適当配合の薬の効果はいかほどか、しっかりきっかりここで試させてもらうわよ~!」


 半強制的に、おどろおどろしい泥のようなドリンクを、ぐいっと口に押し込まれたアガット。

 なんだかとても楽しそうというか、己の研究成果への期待にウキウキしている様子のマティアナであったが、その一方でアガットはこの世の終わりを見たような表情で放心していた。

 本当に相変わらずというかなんというか、これから大事な試合が始まる前だというのに、彼女たちは当たり前のようにいつも通りだった。


 現在時刻は十三時二〇分。

 工房対抗戦の開始時間は十五時なので、残り時間はもうそれほど長くはない。


「それにしても遅いわね、ルシアのやつ……」


 マティアナが、アガットにごくごくとドリンクを飲ませながら、ぽつりと呟いた。

 試合前にお手洗いに行ってくると選手控室を出て行ったのだが、もうかれこそ二〇分は経過しているだろうか。いまだに戻ってくる気配がない。


「ぷはっ……けほ、ごほっ……なにか、うげえっ……あった、うぷ……んでしょうか……?」


 アガットは、青い顔でひどくえずきながら、涙目で不安そうに声を漏らした。

 二人の言葉を受けてイツキの胸にも不穏な感覚が溢れてくるが、学院の内部であればそうそう危険なことにはならないだろうと、そんな油断を抱いてしまっていた。

 無論、『ウロボロス』という組織が手段を選ばない可能性は大いにあったが、それでも連中がなにか事を起こせばすぐに生徒なり教師が気付いて、学院に騒ぎが広がるはずだろう。


 そこまで考えて、


「いや、待てよ……いま、生徒も教師も、ほとんどこの競技場に集まってるんだよな……?」


 イツキの脳裏に最悪の想定が浮かんだ。

 いまこの瞬間、学院の校舎はほとんどもぬけの殻で、それこそ警備員が数名残っているくらいだ。その警備員たちだって、『ウロボロス』という手段を選ばぬ危険な集団を相手取ることになれば、果たしてどれだけ応戦できるかというのが実情だった。


 ルシアが、この競技場内に設置されたお手洗いに向かったなら、そこまで問題はない。

 だが、もしも、仮に――なにか工房に忘れ物があったりして、学院校舎に戻っていたとしたら? そして、『ウロボロス』の連中の狙いが、そのタイミングであったとしたら?


 そんなに都合よく、まるで示し合わせたように、『ウロボロス』の思い通りに事が運ぶはずもない。

 そう自分に言い聞かせるイツキだったが、この対抗戦の噂は学院の外にも広まっているわけで、当然ながら『ウロボロス』の連中も把握しているだろう。そうとなれば『ウロボロス』がこの機会を狙って動くことも十分にありえるはずだった。


 悪い想像は、一度考えだしたら、なかなか振り払うことができない。

 試合開始まで残り一時間三〇分を切っていた。ルシアが戻らないまま三〇分以上が経過していることになる。


「……二人ともごめん!」


 こうなってしまえば我慢の限界だった。


「俺、ちょっとルシアちゃんを探してくる!」


 ただの杞憂に終わることを頭では期待していながら、イツキの体は突き動かされるように勝手に駆け出していた。

 二人の返事を待っている余裕すらない。


 しかし、競技場の控室を飛び出そうとしたとき、いきなりイツキの体がぼうっと発光した。

 極光のごとき霊力光だった。


「……は?」


 さすがに、いくら心が急いていても、己の異変に足が止まってしまう。


「なんだ、これ?」

「ええ? ど、どうしたんですか、オリハラくん!? 急に光らないでください!!」

「ちょっとちょっと、あたしが調合ミスったときの釜みたいになってるわよ、あんた! いやいや、やめなさいよね、こんなとこで爆発するのは!」


 その様子にアガットとマティアナが慌てふためいて騒ぎ出した。

 だが、この状況がよくわかっていないのは、イツキとて同じことだった。急に光るなと言われても困るし、爆発なんて不穏すぎる言葉で脅すのもやめてほしい。


 ただただ三者三様の困惑に打たれていると、やがてイツキの体からするりするりと、まるで脱皮でもするかのように淡い光が抜け落ちていった。その霊子の光は、徐々に小柄な人のカタチを浮かべていって、


「……よっと。他人の肉体を触媒にした転移というのは初めての試みだったが、これはなかなか難しいものだな。うん、私くらいしか成功させれんだろ、こんなの」


 どこか飄々とした言葉を紡がれる。

 視界の先で、美しく艶やかなブロンドの髪が、さらりとなびいた。

 三人の目の前に現れた小柄な人影は、くるりとこちらを振り返って、宝石のように澄んだ碧眼にきらりとのイツキの姿を映すのだった。

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