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第四話 居場所

 みんなが寝入った静謐の夜。

 ルシアは、一人学院の中庭に足を運んで、なにかを思い耽るように夜風に涼んでいた。

 それに気付いたイツキは、すっかり寝惚けていた頭を叩き起こして、それから彼女の傍へと駆け寄っていく。


「どうしたんだ、こんな時間に」

「あ、ごめんなさい。心配させちゃったかしら?」

「まあ、そりゃあな。さすがにアルヴァート学院の中にまで襲撃してくるってことはないと思うけど、絶対にありえないと言い切れるもんでもないからさ」


 なにせ相手は、くだらない目的一つのために街一つを炎に沈めたテロ組織である。やはり、可能な限りはアガットやマティアナ、ミオリたちの傍にいたほうが、ルシアの身の安全を確保できるはずだ。


「そう、だよね……だけど、なんだか寝付けなくって……。もちろん、いまはみんなが傍にいてくれるから、『ウロボロス』の連中がこわくて寝れないってわけじゃないんだけど……」


 そう呟きながら、ルシアは自分たちが過ごしてきた工房の姿を、その瞳にしっかりと映した。

 そこにいる大切な友人たち。その姿を脳裏に思い浮かべながら、ルシアは確かな決意を込めるように、ぎゅっと両拳を握り締めた。


「わたしは、わたしの――わたしとみんなの工房を失いたくない。あの場所で、みんな一緒にいられることが、好きなんだ。くだらない話をしたり、馬鹿みたいに笑い合ったり、そんな時間が愛おしいんだって、いまさら気付いちゃったんだ」


 だから、ミシェアとの工房対抗戦は負けられないと、彼女は真剣な眼差しで語った。

 気のはやい祝勝会でみんなと過ごした時間。そのかけがえのない日常の風景を経て、ルシアの胸中には『勝ちたい』という気持ちが、より一層に強くなっていた。


 あの場所は、あの工房は、ただ錬金術を研究するための施設などではなく、ルシアにとっては大切な友人たちとの繋がりを得た場所。なにも持たなかった少女が手に入れた日々の象徴でもあったのだ。


 そんな自分の想いを、その本音を改めて再認識するために、こうして一人になりたかったと彼女は言った。

 だから、そんな彼女の気持ちに応えるべく、イツキも遅ればせながら決意を固めていた。


「明日の工房対抗戦。俺もルシアちゃんの工房の一員として参加したいんだけど、ダメかな……?」

「へ……?」


 きょとん、とルシアは不意を突かれたように目を丸くして、まじまじとイツキの顔を覗き込んでくる。


 一度は断るどころか逃げ出したイツキであったが、いまなら心から彼女の力になりたいと、そんな本当の気持ちを告げることができる気がしていた。


「ほんとうに? ほんとうにいいの? わたしたちと一緒に戦ってくれるの……?」


 何度も確認するように言葉を重ねられる。

 それは、彼女の疑心でもあり、そしてなにより期待でもあった。


「うん、いまさらだけど、許してもらえるなら一緒に戦いたい。たぶん、なんの役には立たないだろうし、むしろ足手まといになるかもしれないけど……それでもよければ、俺もルシアちゃんの工房の一員――仲間として、やれることやりたいな、って思ったんだ」


 ルシアは、瞳を輝かせながら小走りにイツキの眼前まで迫ると、ただ勢いに任せて両手を掴み取ってブンブンと上限させた。


「もちろん! 一緒に戦ってくれるなら、それだけで心強いし、嬉しいよ!」

「あ、はは……まあ、囮役でも雑用でも、なんでも頑張るから」


 眩しいほどの表情を浮かべたルシアの期待に圧し潰されそうだったが、その夜に咲き誇った笑顔を見れただけでイツキは嬉しかった。無能に成り下がった自分でも役に立てるのならば、それに越したことはない。


 ひゅう、と静かに吹いた夜風が、ひやりと肌に染み込んだ。


「今夜はちょっと冷えるな。そろそろ工房に戻ったほうがいいんじゃないか?」

「うん、イツキくんは先に戻っていて。わたしは、もうちょっとだけ夜風に当たってから、ちゃんとみんなのところに戻るから」

「そっか。くれぐれも風邪なんか引かないでくれよ? 俺たちが工房対抗戦に勝つためには、それこそルシアちゃんの力が必要不可欠なんだからさ」

「わかってる。自分の体のことは、他の誰よりも自分が一番よくわかってるから、だいじょうぶよ」


 それじゃあお先に、とイツキは工房に戻った。

 中庭と工房はすぐ隣り合っているので、なにか変化があってもすぐに気付けるはずだが、最低限の警戒は必要だろう。ルシアが戻るまでは眠らず待っていることにしよう。


 明かりの消えた工房の扉を開けると、


「うおっ!?」

「うひゃ!?」


 丁度、ミオリが工房から出てくるところだったらしい。二人揃いも揃って止まれず衝突し、お互いの額をぶつけ合ってしまったのだ。

 いっつつ、と額を片手で抑えながら、イツキは問う。


「どうしたんだよ、ミオ姉? こんな夜更けに、どこ行くんだ……?」

「いや、そっちこそ、こんな時間にどこに行ってたのよー? もしかして、あれ? ルシアちゃんとの密会? 秘密の夜のデートってやつ? いいなあ、青春してるなあー……はあ、あたしはそんな甘い恋なんて、したことないってのになあ……」

「な、なんだよそりゃ、違うって!」


 勝手に想像しないでもらいたい。


「べつにそういんじゃなくてだな! ルシアちゃんが一人で外に出てるみたいだったから、ちょっと心配で様子を見に行ってきただけだっての!」


 ミオリの本気か冗談かわからない勘違いに、あからさまに動揺しながらイツキは叫んでいた。


「ふうん? まあいいや」

「まあいいや、って……」


 本気の訂正はあっさり切り捨てられてしまった。

 マイペースな姉に翻弄される己を嘆きながら、イツキは改めて問う。


「それで? ミオ姉はどうしたってんだよ?」

「あー、あたし? うん、確認しなきゃいけない書類が届いてるのを思い出して、『あ、やべ』って飛び起きた感じ? そんなわけで、ちょっとだけ教員棟のほうに戻ろうとしてただけよー」


 そう説明を終えたところで、ミオリは「あっ!」となにか閃いたように手を打った。


「そうだ! 用事のついでに、まだルシアさんが外にいるなら、あたしもちょっとお話でもしてこようかなー」

「なんだよ? なにかルシアちゃんと話したいことでもあるのかよ、ミオ姉は?」


 なにか余計なことを話されそうで、ちょっと警戒心を抱いてしまう。


「そりゃあね。あたしの大事な生徒さんだもん。錬金術とはどう向き合ってるのかとか、将来的にはどんな進路に進むつもりなのかとか……まあ、いろいろと話してみるのも教師の仕事ってやつ? ついでにイツキとどんな関係を築いていきたいかも聞いといてあげようかなー」

「余計なお世話だ! 頼むから、そういうのだけはやめてくれ、恥ずかしいから……」

「あはは! イツキったら照れちゃってまあ、かわいい弟なんだからー、このこのー♪」

「やめろ、わしゃわしゃ撫でるなよ、子供じゃないんだから!」


 ひとしきり姉弟の戯れ合いをした後、それじゃあね、とミオリはぽんぽんと励ますようにイツキの肩を叩いて、それから工房を後にするのだった。

 八年前のあの日から、この学院に転入するまで顔も合わせてこなかったのに、未だに彼女は姉であり、イツキは弟でしかなかった。いつまでも子供扱いしてくるのは気に入らないが、それと同時に敵わないなとも思わされてしまう。


 明るく陽気で、生徒想いな教師であり、家族想いな姉であるミオリ。錬金術師としては類稀なる秀才で、人間としてもよく出来ており、非の打ち所がない。

 彼女の背中は、大きくて、強くて、まだまだ手が届きそうになくて。見送った姿は、遠く、遠く、どこまでも遠ざかっていくようだった。

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