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第三話 祝勝会

 んん、と唸り声を漏らしながら身をよじり、重く下りていた瞼をゆっくりと押し上げる。


 どうやらイツキとルシアは、あれから肩を寄せ合ったまま、二人揃って眠ってしまっていたらしい。工房の窓から差し込んだ陽射しに照らされて、どれくらいの時間が経ったのだろうと時計を見遣れば、もう一〇時を回っていた。あと二時間も寝過ごしていたらお昼になるところだった。


 随分と長い時間寝てしまったが、それは二人が互いの心を触れ合わせ、少しだけ安心してしまったからかもしれない。それくらいの信頼でも取り戻せたなら、素直に嬉しいものだった。

 寝坊に変わりはないのだけれど。


「ん、ふわあ……」


 と、傍らの少女が可愛らしくあくびをして、目覚めた。


 彼女は、まだ眠たそうにしばらく瞼を擦って、それから現在地が寮の自室ではなく、己の工房であることを思い出したようだ。ハッとしたように目を開くと、油断から大口を開けてしまった口許を、慌てて両手で隠した。


 むう、とルシアは涙目を浮かべながら、じとりとした視線でイツキを睨みつけてくる。


 どうやら、昔の泣き虫で控えめなルシアの側面はすっかり鳴りを潜めて、いつもの優等生なルシア=サルタトールに戻ってしまったらしい。


「……いまの見た? 見たでしょ? 見たわよね、イツキくん?」

「は、はは、見たって、なんのことだか――」

「あくび」


 一刀両断のごとく三文字。

 もはや追い込まれた獲物に逃げ場なし。


「……い、いや、まあ、うん……見ました、はい……」


 逃げ道を塞がれてしまった以上、正直に答えるしかなかった。


「でも、いまのはほら不可抗力っていうか、これはしょうがないだろ? 俺、悪いか……?」

「そうね、しょうがないわよね、わたしがだらしないのがいけないんですもんね!」

「そんなに怒ることか? 俺としては、まあ、ちょっとした隙を見せてくれたほうが、可愛げあっていいと思うんだけど」

「無理にフォローしなくていいわよ、ふん!」


 拗ねた子供のようにそっぽを向いて、ルシアはソファなら立ち上がった。すると、用を済ませて工房に戻ってきていたらしいアガットとマティアナ、そしてついでにミオリがこちらの起床に気付いたようだ。


「あ、起きたんだ。アガットさんたちからひと通りの話は聞かせてもらったよー。昨日の夜は大変な目に遭ったみたいだね、ルシアさんもイツキも」

「……そりゃあもう大変だったよ。それより、なんでミオ姉がいるんだよ、ここに」


 ルシアと寄り添っていたことを姉に見られて、なんだか恥ずかしくなったので、少々ぶっきらぼうな対応になるイツキ。


「なんで、って……いやほら、だって工房はもともと学院の所有物だし? そこに生徒が寝泊まりするって言うんだから、一応誰かしらの教師が監督してあげないとダメでしょう?」

「それは、まあ、たしかに……」


 正論を言われてしまっては、もはや反論の余地もない。


「それに『ウロボロス』なんて危険な連中がうろついてるなら、それこそ生徒だけにさせておくわけにはいかないから。なにかあったときは先生に任せといて!」


 ミオリは一人の学院教師として、胸を張ってそう言った。

 実際、彼女がついていてくれるならば、それはとても心強いことだった。


「ミオ姉は『氷塊』の因子回路持ちだもんな。生半可な相手には特大の氷をぶつけてやってくれ」

「おうよ、まっかせなさい! それと『氷塊』の回路は子供のころの話でしょー? いまは『氷結凍土』って呼ばれる回路に成長してますから、あたし!」


 そこはしっかり訂正します! と、人心満々な姉なのであった。


「へぇ、やっぱりミオ姉も昔とは違うってわけだ」


 イツキは素直に感嘆の声を漏らした。

 もともと因子回路は、錬金術の基本である四元素『地水火風』を基準としており、いずれか一つの属性を得意とするのが大抵の例である。因子回路の成長変化により二属性化、あるいは二つ以上の属性が複合した派生元素となることは多いが、生まれながらに水と風の複合元素を得意とする因子回路を持ったミオリのような例は珍しい。さらには、その複合元素を成長させ、より強力なモノへと変化させているときた。


 ミオリはただ珍しいだけでなく、誰から見ても一流の錬金術師に成長していたのだ。弟しては、口にこそ出さないが、彼女が姉でいてくれて誇らしいと思っている。


「ほらほら、ミオリ先生もイツキも駄弁ってないで、こっち手伝ってくんない?」

「そうですよー。今日は祝勝会ですから、みんなで豪華なお食事にするんです!」


 祝勝会……? とアガットが口にした言葉に首を傾げ、イツキたちはそちらに視線を向ける。


 テーブルを組み合わせた簡易的な台所を作り、流しの傍でなにやら食材をしゃっと剥いたり、ざっくりと切ったりしているアガットとマティアナの姿があった。いつの間にかルシアもエプロンをつけて、ピーラー片手に二人のもとへと歩み寄っていた。


 はいはーい、と二人に向けて返事をしてから、ミオリはこちらに向き直って説明する。


「ほら、ミシュアさんの工房術師団との対抗戦、明日でしょ? 絶対に勝つつもりで挑むわけだから、前もって祝勝会やっちゃおうってことらしいよ」

「……なるほど。ここまでやったからには、もう負けられないってわけだ」


 ところで、とイツキは挑発的にミオリに視線を送った。


「俺とミオ姉、子供の頃の錬金術勝負は、結局決着つかずだったよな?」

「ん? そうだけど……なになに? もしかして、いまのあたし――ミオリ先生に勝つつもりなの?」

「どうせ料理をするんだったら、そのほうが面白いだろ? 料理と錬金術は似てるもんだってよく言われてるわけだし、丁度いい」

「へえ? なるほどなるほど。このお姉ちゃんに勝つつもりとは、あーはっは! これは片腹痛しだよ、イツキくん」


 にやり、と姉と弟は不敵な笑みを交わしながら、袖を捲って気合を入れるのだった。


    ◇


「あ、この肉じゃが、すごく美味しい……」

「はいはい、あたしが作ったやつだわ、それ」


 うっとりとした表情で咀嚼するルシアにマティアナが手を挙げた。


「ほんとだ、おいしいです! こっちの照り焼きチキンと、アボカドのサラダは……?」 

「ん? あー、それね、そいつらもあたしだけど。サラダのほうは、マティアナさん特製ドレッシングがいい感じでしょ?」


 ふふん、と鼻高々になったマティアナは、気まずそうに膝を抱える姉弟を一瞥する。


 さて、件のイツキとミオリの目の前には、いくつもの焦げたり生焼けだったり煮崩れしたり、そんな残念な有様の料理たちがどさっと盛られていた。すべて、二人がそれぞれ作ったモノたち――その成れの果ての姿――であった。


「イツキとミオリ先生はちゃんと責任もって残飯処理……ああ、ごめんごめん、残飯じゃなかった。自分たちの錬金術の成果ってやつ? ちゃんと処理しときなさいよー?」


 マティアナが口にした現実が姉弟の心を抉る。


「ううっ!? ち、違うの……こんなはずじゃないの……先生、ちゃんと料理できるもん……!」

「そ、そうだそうだ! 俺だってどこぞの魔女の世話してたんだから、もっとまともな料理を作れる……作れる、はずなんだ……!」


 しかし、そうは言っても失敗したというのが、非常な現実だ。簡易的な台所と、火力の弱いカセットコンロでは、自分たちの腕を発揮するにも限界があった。


 常日頃との環境の違いがこの結果を招いただけに過ぎない。そんな言い訳を涙目で訴える姉と弟であったが、マティアナは眼鏡をきらんと光らせて、声高々に勝者の演説を始める。


「その場その場にある機材で、どんな食材をどんな分量で、かつ限られた火力で調理するか。そういった計算をきちんとやらないからこうなるのよねえ。ま、料理と錬金術は似てるなんて、そんなふうに言われたのは古代式が主流の時代だし? 古代式の勉強が足りないお二人さんがあたしの足元にすら及ばないのも当然って感じ?」

「うう、ぐすっ! お姉ちゃん、先生なのに……先生なのに、生徒にお説教された~!」

「よしよし、ミオ姉はよくやってるから大丈夫だっ……ああこら! 涙はまだしも鼻水を俺の制服で拭くんじゃない、このバカ姉!」


 仲睦まじい姉弟のやり取りにアガットもルシアもただただ笑顔を浮かべていた。


 明日の決戦。

 そして、その先を見据えた気のはやい祝勝会は、最後まで楽しいまま、穏やかに終わり迎えるのだった。

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