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第一話 精霊

 イツキたちが学院に帰還すると、すぐにアガットが出迎えてくれた。

 先刻の出来事について三人で話し合っている間に、ようやくルシアに掛けられた類感呪術の影響力が切れてきたらしい。気絶しながら、ずっと苦しげな呼吸を繰り返していた彼女だが、いまではそれもだいぶ落ち着いてきて穏やかなに目を覚ました。


 そして、改めて四人で話し合った結果、学生寮には戻らずルシアの工房アトリエに訪れていた。


「……おし、ここならあたしの錬金道具もいくつか置いてあるし、多少の迎撃は可能なはずよ。ついでに、ミシュアのやつを倒すための道具の準備も、ここでなら寝ずにやれるしねえ」

「むう、マティ? あんまり夜更かしするとお肌に悪いですよ?」

「そうよねえ。美肌効果に作用する道具も作っといたほうがいいか、しばらくはここに寝泊まりするわけだし」

「……なんでもかんでも古代式錬金術で解決しようとするの、よくないと思います……」


 アガットとマティアナが少しずついつもの調子を取り戻してきた。

 ここまでの道中は必要なこと以外口にしなかった彼女たちだが、慣れ親しんだ工房の空気にようやく気を緩めることができたのだろう。


 だが、その一方でルシアは、己のホームに戻っても晴れない表情を浮かべていた。


「……ルシアちゃん、まだどこか痛むのか?」

「……やっと昔みたいに『ルシアちゃん』って呼んでくれた」


 思いがけない言葉が返ってきたので、「え?」とイツキは目を丸くしてしまった。

 ルシアはふるふると首を振ると、


「ふふ、なんでもない。特に痛みとかはないから、そんなに心配しなくて大丈夫だよ」

「そ、そっか。それならよかった、けど……」


 どうも調子が狂ってしまうとイツキは頭を掻いていた。

 そうしているとルシアは「ごめんなさい」と呟いた。アガットやマティアナもその言葉には目をぱちくりさせて首を傾げている。


「たぶん、あいつらの狙いは、わたし……だから、こんなことに巻き込んじゃって、ごめん。ミシュアとの工房対抗戦でも迷惑かけてるのに、それに続いてこんな危ないことにまで――」

「ハク! ルシアちゃんにダイレクトアタック!」

「ひゃわああっ! や、やめて、アガット! わたし、精霊は苦手なのよ……!」


 いきなり勢いよく飛び掛かってきた子狐に、ルシアはびくぅ! と肩を震わせて跳ねていた。

 ああ、そういえば――と、不意にイツキも昔のことを思い出していた。まだ錬金術の希望だけを見ていた幼い頃の記憶だ。


「俺たちの家の近くにあった森で遊んでるとき、たまたま居合わせたイタズラなはぐれ精霊に驚かされて、それで川に落っこちたりしてたっけなあ。あのときからルシアちゃんは精霊に苦手意識を持つようになったんだよな。いや、なんか凄い錬金術師に成長してるもんだから、てっきり克服してるのかと思ってたんだけど」

「う、うるさいうるさい! 人のこと、ば、ばかにしてぇ! に、苦手なものは苦手なんだから、しょうがないじゃない!」


 子狐精霊・ハクにちょこんと肩に乗られ、ぷるぷると震えながら、ルシアは涙目でそう叫んでいた。


「ふむふむ、ルシアちゃんが精霊嫌いになったのには、そんな経緯があったんですねぇ……これはなかなかおもしろ……じゃなくて、貴重な初耳情報ってやつです。まだなにかルシアちゃんの秘密とか握ってるんですか、オリハラくん?」

「いや、二人が初耳かどうかはわかんないけど、昔のルシアちゃんのことなら一日中語れるぞ。二人で遊んでたときのことなら、ちゃんと記憶に刻んであるからな」

「おお! ではオリハラくん! 私と二人で朝までルシアちゃんの情報交換会しましょう! くふふ、こっちもなかなか、ルシアちゃんのかわいいとこ知ってますからねぇ」


 アガットの言葉にイツキも大いなる興味を示して身を乗り出した。

 ここ数年のルシアのことであれば当然アガットのほうが詳しい。イツキが過去、アガットが現在、それぞれのルシアの情報を語り合うというのは、それはそれは実に有意義な時間となりそうだ。


 二人は、まるで同盟でも組むように手を取り合って、目を輝かせていた。

 そんな友人と幼馴染の姿に、話題のネタにされるルシアはといえば、ただただ大きくため息を吐く出すしかなかった。


「……もう、なんだってのよ、ほんとに。いまはそんな場合じゃないでしょうに、まったく」

「ま、あんたが深刻に思い詰めてるほど、あたしもあいつらも『巻き込みやがって』なんて、そんなこと全然思っちゃいないってことよ。ミシュアの件にしても、あのやばい連中にしても、あたしらは自分の意思で逃げず、あんたの傍にいるって決めてんだから」


 もっと信頼して甘えちゃえばいいのよ、とメガネの奥の優しい瞳が語っている。

 マティアナが掛けてくれた言葉に、少しだけ重圧を解されたルシアは、こくん、と弱々しく頷いていた。


「ありがとね、マティアナ。わたし、こんな状況だっていうのに、いまの自分がすごく幸せ者だって思えるわ」

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