第28話 出発
そうして出発の日を迎えました。まずは王都に向かって陛下との謁見です。
「王都に行くのは久しぶりですね」
「普通は名誉爵位でも叙されたら御礼に伺うものなのだがな」
「私たちはかなり失礼なことをしてしまったのでしょうか」
「二人は聖人ですからね。格を考えると国王より上ですので挨拶に行く必要はないのですし、祝勝パーティーで会ってますし失礼なんてことはないですよ」
「王家としても再び会っておきたいということか」
「本来なら父上側が出向くのが筋なのですが、忙しいのと建前もあって中々会いに行くことが出来なくて」
「つまり、今回の聖都行きを利用して再度の謁見をしてしまおうということですね」
「聖人を謁見させたとなると他国から苦情が入りそうなので、私的な空間で会見という形になります」
「アフェット、謁見は格下から格上にするものだからお前はされる側であって謁見をする側ではないぞ」
「アフェットの傍にはメロウや私やアルニスがいたからな対等に接する人間が多かった分自分の格が高いことを悪い意味で理解できていないのさ」
「悪い意味ですか?」
「お前は街中で見かけて仰ぎ見る貴族の立場が、自分になってることに気付いていないだろう?」
「確かにそうかもしれませんね」
「まあ迎賓館でメイドに傅かれる生活を送っていたし完全に分かってないわけではないだろうが」
「あの人達すごいですよね。何も言わないでも欲しい時に欲しい物をくれたりします」
「まあ、王室のメイドですからね。専業メイドとして高い意識を持って仕事に励んでいます。そういえばメイド達の話だとミリー師は手がかからなくアフェットとメロウは手がかかるという話でした」
「私って手がかかるのですか?」
「自分で何でもしようとするからだろう。メイド達からすると仕事が奪われるからやりにくいのさ。任せるべきところは任せてしまうのが一番いいのだよ」
「あたしも、手がかかるの?」
「メロウの場合は何処にいるのかがわからないということでしたね」
「ふっふーん。あたしは自由な女だからね」
「それでは、続きは馬車の中で話すといたしましょう」
馬車に乗り出発です。王都までは大体10日になります
「大隊が警護しての移動なんて豪華なものだな」
「メイドさん達も一緒に帰るのよね」
「ええ、彼女たちは元々私の離宮で働いている方々ですから」
「聖都にメイドは連れて行くんだろう?」
「10名ほど連れて行きます。聖都側からも許可はうけていますので」
「じゃあ大分メイドが減っちゃうんだねー」
「聖都ではアフェットとメロウにメイド役としてのシスターが付きますので不便はないはずですよ」
「聖人が二名だからな、下手したら50名ずつくらい付くんじゃないか」
「それじゃあ抜け出す間もないじゃない」
「メロウはどこ行くかわからないからそれくらいの人間に見張らせるのが一番いいのかもな」
「屋根裏で蜘蛛に捕まっていた時はあせりましたね」
「屋敷で飼ってる蜘蛛の魔物が困惑してたな」
大きい屋敷では害虫対策に蜘蛛の魔物を飼うのが一般的です。頭もよくてしつけもしっかりされているので害虫とエサ以外は食べません。しかしメロウは小さいのもあって何なのかわからず蜘蛛の魔物が混乱してしまったという事件がありました。
「大きなお屋敷の屋根裏に蜘蛛の魔物が住んでるなんで知らないわよ!」
「蜘蛛は見た目に反して頭もよく人にも良く懐くからな、メイドに一人はテイムが得意な者を雇っておくものだ」
「俺の借家やミリアネアの屋敷にはいなかったからメロウが油断したのは分からないでもないが、その事件は見て見たかったな」
「そういえばあの蜘蛛は連れて行かないの?」
「蜘蛛は家に居つくからな、後は伯爵家の者が管理することになる」
「じゃあ人が減って寂しくなっちゃうのね」
「なんだかんだメロウは蜘蛛と仲良くなりましたものね」
「大きさが近いというのもあるのかもな」
「あの子良い子だったのよ」
雑談を交えつつ大隊に護衛された馬車は王都まで進んでいきます。途中の村々でその村の神官では治療できない患者を治療したりしつつ旅程は順調に進み王都へと到着しました。
流石に大隊に護衛されていたのとナディアの紋章が付いた馬車を使っていたこともあり、スムーズに入城できました。そのまま馬車はナディアの屋敷である白薔薇宮に入りました。
「今後の予定ですが、陛下との会見は白薔薇宮で行うということでいいのですか?」
「私の宮で会見をすれば、どこにも角がたたないですからね」
「王都にいる他の貴族とも面会予定はあるのですか?」
「公爵が2人と侯爵が4人に伯爵が6人ですね、会話は私が主導で進めるので挨拶だけしてくれれば大丈夫ですよ」
「貴族との会話は慣れていないので申し訳ないですがナディアにお任せします」
「もしかしてそれって、あたしもいないとダメなの?」
「ええ、アフェットとメロウの二人に会いに来てるので、実際には会話の内容なんてあちらもどうでもいいのです。アフェットとメロウに会ったという事実が必要なので面倒だと思いますがお願いします」
「まあナディアに頼まれたらことわれないけどさー」
「これでも面会はかなり絞ったのです。各派閥にも考慮しないといけませんし」
「派閥なんてあるのですね」
「ええ、父上を支持する国王派と今回面会するトーラス公爵を派閥の首領とする貴族派に、同じく今回会うレイスリー侯爵を首領とする地方派とありますね」
「国王派以外とも会う必要あるの?」
「国王派以外と会わないと他の派閥の反発が考えられますので、出来るだけ公正に面会予定は立てました」
「ていうか何で派閥なんてあるの?」
「王族や貴族の利害関係等が複雑ですからね。派閥を無くすというのは難しいのですよ。ただ各派閥もアフェットやメロウを利用しようとはしていないので、平等に面会の機会を立ててるのです」
「派閥の長が会えないとなると面目が丸つぶれになるからな、そうなるとナディアに不満が集中しかねない。私も付き合ってやるから面倒だろうが各派閥との面会はしておくのだな」
「ミリー師も同席してくださるなら心強いですね。アルニスさんはどうですか?」
「俺はまだAランクなだけの冒険者だから遠慮しておこう」
今日は旅の疲れを癒し、明日からの面会予定に備えます。ナディアの婚約者として失敗しないように気を付けなければいけません。
「久しぶりですな、アフェット様にメロウ様」
「お久しぶりです、アルフレッド陛下にエドワード王太子」
「祝勝会以来よね、ちょっと疲れてる?」
「お二人を襲った邪神教徒達が地下に潜ってしまったのでその対策が中々進みませんので困っています。あとこのような渡し方も普通ではないのですが、お二人を名誉子爵に陞爵する」
「ありがたくお受けします」
「これで年金アップだー」
「ところでアフェット様とナディアは大分仲が進んだようで、兄としても嬉しい限りです」
「兄上、アフェットはそういう話をするとすぐ照れて喋らなくなるのでやめてください」
「そうよ、アフェットが照れて恋文書かなくなったらどうするのよ」
「ほう、恋文ですか」
「普段から会ってても伝えたい思いを綴るのは良いことですよ」
「ふむ、私も妻に書いてみるかな」
「それがいいわよ」
「ところで聖国までだがこれまで通り1個大隊を付けようとおもう、聖国に入ってからナディアの護衛という名目で1個中隊を付けることになる。聖国は治安が良いが護衛が減るので油断はしないようにな」
「わかりました父上。護衛を付けて下さり感謝します」
「今後の面会の予定はどうなっているのだ?」
「明日にトーラス公爵やレイスリー侯爵を含む2公爵と4侯爵に面会し、明後日に6伯爵と面会してその翌日に出立します」
「まあトーラス公爵もレイスリー侯爵も分かっている男だから問題はあるまい。面会したがる貴族が増える前に出ていくに限るな」
「道中ではノーフェラント公爵領に一泊したあと各領地を通り20日程で聖国との国境であるフェスリスに到着の予定です」
「フェスリスで聖国側の護衛と合流ということだったな」
「聖国側にも予定は送っておりますので、ちょうど合流できるようになるかと思います。貴族が引き留めをしようとしてきた時の虫よけにもなりますしね」
「そろそろ時間だな、本来はもっとゆっくりして行きたいのだが時間というのが中々言うことを聞いてくれなくてな」
「妹と仲良くしてくれているようで安心したよ。これからも何かあれば何でも相談してくれ」
「こちらこそお久しぶりに会えてうれしかったです」
「父上に兄上お疲れではありますが、ご病気などは無さそうでなによりです」
「アルフレッドにエドワードまたね」
お二人とも友好的に接していただける方なのに少し疲れてしまいました。明日以降の事を考えるとちょっと憂鬱です。
「その顔は明日以降の事を心配している顔ですね。国王だから聖人と対等に近い会話が許されるのです。明日以降の面会予定の貴族は挨拶を最初にするだけで黙っていて問題ないですよ」
「それはちょっとありがたいですね」
「と言いますか話さないでいただきたいのですよ」
「どういうことですか?」
「二人の性格的に友好的に会話を求められたら応じてしまうでしょう? そうなるとどっちの派閥がより有益な会話が出来たか、なんて話で揉める元になりかねないのです。なので最初に挨拶だけしてその後の会話は私だけが行うようにさせてください」
「政治というのは難しいですね」
「聖人が政治という俗なものに余り関わらないというのを見せつける意味でもそうしていただけると有り難いですね」
「確かにアフェットに政治は無理よね」
「メロウもあまり話さないで下さいね」
こうして翌日以降の会談は事前の話通り挨拶をしただけで実際の会話はナディアが主導して会談を進めてくれました。貴族達も分かっているのか基本的にナディアとだけ話し私やメロウには話しかけては来ませんでした。日程通りに面会も進み王都を出発という時に問題が起きました。
「俺と決闘しろこの下民が、ナディア殿下に相応しいのはこの俺だ!」
メロウが目をキラキラさせています。これはトラブルの予感です。
予定をずらされることが実は嫌いなナディアが密かにイライラしている中、私は典型的な貴族子弟を馬車の中から見下ろし無視できないかなと考えていました。