艦橋上の剣舞
「じゃあもう突っ込むしかないと思うんですよ」黒髪が言う。
「確かに逃げても撃たれたら無理とは言ったけどさ、つっこんでどうするのよ」金髪が問う。
「そりゃあ、戦艦どもの上についてしまうんですよ」黒髪が答えた。「いくらビームだかレーザー砲でも上には撃てないでしょう?」
「あー」金髪は天を仰いだ。「それしかないかー」
「でしょ?じゃあ行きましょー」
「おー」
「おー」
妙に士気の下がった【闇夜烏】機上。
唐突に始まった作戦会議は、ローテンションのままものすごい速さで決着し、さっそく実行に移された。
「加速装置―、いくぞー。すいっちおーんってなー」
「おー」
「おー」
気のない掛け声とともに押されたスイッチが後部のプロペラに信号を伝え、回転力を強めた羽根が機体を急激に押し出す。
鋭角なジグザグ飛行で護衛艦艇から乱射される対空砲弾をかわしつつ、黒きヘリコプターは敵艦隊の内部へと突っ込んでいった。
「敵機、我が艦隊の重防空圏内に入りました!」
【いでわ】艦橋内にオペレーターの声が響く。
【いでわ】副艦長─中佐は、艦長である大佐へ呼びかけた。
「艦長、艦対空ミサイルは使いませんの?」
「あーそれね、ウーン……」大佐は腕を組んで唸る。
「やめておいた方がよかろうね」少将が口を挟んだ。
「っすよねぇ」大佐も頷いた。
「やはり、無駄ですか」中佐は言った。
「迎撃されるか、かわされるか……いずれにせよ、無駄遣いだねえ」大佐が肩をすくめる。
「うむ、緊縮財政だな」少将が言う。
「それはちょっと違うんじゃないすかねぇ」
「はは、やはり違うか!」少将は笑った。
つられるように大佐も笑い、【いでわ】艦長席周辺は和やかな笑いに満たされるのであった。
◆ ◆ ◆
「あんたを落とすわ」
「いきなりなに言ってんのよ」
黒髪の操縦により鋭角なターンを幾重にも決め、対空砲弾の残す黒煙を突っ切っては残滓を曳いて飛行する【闇夜烏】の機上にて。
フレームに付けられたグリップを掴みながら高速ターンのGに耐えていた綾乃は、副操縦席から飛んできた金髪の言葉に目を白黒させていた。
「いや、単純な話よ。このヘリ火力ないじゃない?」
「そうね。だから巡洋艦とやらにあれだけ手間取ったんだし」
「そうそう。だからさ、それよりデカい戦艦にはもっと時間かかるわけ」
「それはまずいですね」黒髪が言う。
「でしょ?だからさ、考えたのよ」
「なにを?」綾乃は聞く。
「いくら艦がデカくたって操縦してるのは人間なわけよ」金髪が言う。
「そりゃそうでしょ。だからなんなのよ」
「だからさ?艦沈めるより人をどうにかする方が早いわよね?」
「はぁ……」よくわからなかった綾乃は生返事を返す。
「というわけで、このまま敵旗艦の直上まで飛んで行って綾乃を投下、頑張って制圧してきてね☆って感じで行きましょ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、んな乱暴な……」
「いえ、いい案かもしれませんよ」黒髪が言う。
「ええ、嘘でしょ……」綾乃はげんなりとした様子だ。
「どうせ時間もありません。とっとと行ってきてください」黒髪は無慈悲に言う。
「んじゃ、そういうことで。……綾乃、うしろに長い箱あるでしょ。開けてみて」
「はいはい、これかな……」
綾乃は機内後部に置かれた長細い木製の箱を開ける。中身は、軽く湾曲した一本の棒状のもの。各所にはなにやらサイバーなラインが走り、時折明滅してはその物体の異質なオーラを際立たせていた。
「これって……」
綾乃は中身の棒を取り出し、手に持った。
ずしりとした重量感。近未来的な雰囲気にそぐわぬほど殺気に満ちた重みが、綾乃の背に冷たい汗を垂らさせる。
「抜いてみなさいな」金髪が言う。
「抜く、って……」綾乃は呆然としたように言った。
「見りゃわかるでしょ?」金髪は振り返った。「それ、日本刀よ?けったいな見た目ではあるけどさ」
綾乃はサイバーな光を放つ棒の根本を掴み、そっと引いた。
切れ目など見えなかった滑らかな表面に隙間が生まれ、ついで刃がその姿を現す。
緩やかなカーブを描いた刃は、鈍い虹色にきらめき、見る角度によってその色を変える。
何らかの特殊な鉱物で出来ているとおぼしきその刀身の血流し─樋に当たる部分には発光するラインが仕込まれ、呼吸するかの如く明滅していた。
払暁の朝日に照らされたその刀身を綾乃はしばらく鑑賞してから、そっと鞘に納めた。
「どうよ?」金髪が聞く。
「やる気が出てきたわ」綾乃は返した。
「単純ねぇ」金髪は笑う。
「仕方ないわ、こんなにカッコいいんだもの」綾乃は開き直る。
「んじゃあ降下するんですね?そろそろ真上ドンピシャで投下できますよ」
「うん、行ってくるわ」
「いってらっしゃい、そいつをだれか偉い人の首筋にでも付きつけてやれば後はどうとでもなるわよ」
「はーい」
「そろそろ行けますよ~」黒髪が言った。
「準備しときなさい?」金髪が言う。
「はいはい」綾乃は刀を背後のベルトに差し、ハッチの近くに立った。
「五秒後に急旋回して右に行きます。その時に飛び出してくれればちょうど艦橋あたりに着弾するはずなので後は自力でどーにかしてください」
「雑な作戦ねえ」綾乃はぼやいた。
「あはは、だいたいこんなもんよ」金髪は笑った。
「いきますよ~」黒髪が言う。
「おっけ!」綾乃は手すりから手を離し、身構えた。
「ごー!」黒髪がそう言うが早いか、機体は急激に右へと倒れ、声が遠ざかっていく。
綾乃は慣性に抗わぬままハッチから飛び出し、眼下の巨艦へと落下を開始した。
ごうごうとうなりを上げる風が体を包む。
手足を大の字に広げた綾乃は、四肢の空気抵抗で落下方向を微細に制御しながら艦橋にコースを定める。
刻一刻と大きくなっていく眼下の艦影を見据えながら、綾乃はそっと刀の柄に手を伸ばした。
しっかりと握った柄を少し倒して抜きやすくしつつ、その時を待つ。
艦橋上部の明かりのない窓。嵌ったガラスは硬質化され、多少の砲弾ならはじき返すそれが、彼女の見据えた入り口。
橙色の暁光に照るつややかな表面に落ちた綾乃の影は、いつしか彼女の鏡像へと変わる。
自分の顔すらはっきりと見えるようになったその時、綾乃の右手が閃いた。
電光石火の抜刀──それに長い落下で蓄えた速度が加わり、容易に音速の壁を突破した切っ先が破裂音を響かせながらガラスに食い込む。
わずかな悲鳴を上げて綺麗な一文字に切り裂かれたガラスは、続く衝撃にあえなく砕けた。
一文字の裂け目から噴き出すように飛散したガラス片のなか、綾乃は回転しながら艦橋内部に突入し、ぴかぴか光るなにかのモニターの上に優雅に降り立った。
「何者だっ!」
鋭い誰何が飛ぶ。
綾乃は声の飛んできた方向へゆっくりと振り向いた。
「う……動くなっ!」
腰の拳銃を抜き放った大佐──【いでわ】艦長が警告する。
「答えろっ!お前は何者だっ!」
「何者って。見りゃわかんでしょ?敵よ敵、あんたらがどんどこ撃ってるね」
綾乃は気負いなく答え、別の計器の上へぴょんと飛んだ。
数瞬遅れて大佐の拳銃は彼女を追尾する。
「う、動くなっ!撃つぞ!」
「あーはいはい、大砲あんだけ撃っといて、いまさら拳銃弾の一発二発でうだうだ言ってんじゃないわよ。撃つなら撃てばいいじゃなーい?」
綾乃はまた別の計器の上に飛ぶ。
大佐の拳銃がとうとう火を噴く……が、照準が遅れ、綾乃の通った軌道を撃ち抜いたに過ぎなかった。とばっちりを喰らったモニターが放電し煙を吹いた。綾乃の乱入にも怯えなかったオペレーターが相棒の惨状に小さな悲鳴を上げる。
「どーこ撃ってんのよー、ここよここ」
綾乃は煽るように言い、靴先でコンソールの上をトントン叩いた。
「ふざけやがって……!」
大佐の構えた拳銃が連続で火を噴く。
火薬の産んだガスに蹴っ飛ばされて銃口から吐き出された弾丸は、一直線に綾乃めがけて飛翔する。
──それは、排莢口から飛び出した薬莢が床面を叩くのとほぼ同時だった。
瞬きすらも間に合わぬ間に綾乃と大佐の間の距離を喰らいつくした弾頭は、甲高い音と共にあらぬ方向へはじけ飛ぶ。
銃弾斬り。
いままさに目前で行われた絶技を物語る、二つに分かたれた弾痕。
ホールド・オープンしたまま銃口から硝煙を昇らせる拳銃を綾乃に向けたまま、腰に吊られた予備マガジンへ手を伸ばす大佐の横を、一つの影が通り過ぎた。
「提督っ!?」副艦長──中佐が悲鳴を上げる。
艦長席から迷わず跳んだ提督──少将の手は、腰の軍刀に添えられたまま。
対する綾乃はいまだに不動。
後頭部で括った長い黒髪を曳きながら、空中から少将が迫る。
白銀の輝きが黒塗りの鞘から迸る。
躊躇いなく首筋を刈る軌道で放たれた神速の抜刀は、その道筋に差し込まれた刃によって逸らされ、空を切る。
あらぬ方向へ逸れてなお翻った白刃が再度綾乃の身を狙うも、彼女は軽く後ろへ跳んでその危害から逃れた。
「──逃したか」
遠くへ跳んだ綾乃に刀の切っ先を向けながら少将が言う。
「その程度でくたばってちゃやってらんないわよ」
綾乃は切っ先を垂らしたままの自然体で返す。
「なるほど、腕はそこそこあるようだが──獲物がそんなオモチャではなぁ」
挑発するように少将が笑った。
「あら。そんな骨董品引っ担いでるあんたに言われるこっちゃないわね」
綾乃はにやりと笑い返した。
彼女の獲物は特殊鉱物で鍛たれた、見る角度によって変わる七色の輝きを見せる黒色の刃を持つ最新鋭の特殊刀。
古風な造りの業物を金と黒塗りの軍刀拵えにねじ込んだ、ともすれば時代錯誤な少将の剣とは対極の代物だった。
緩く反った刀身の上には蛇の舞うがごとき刃紋がハバキから切っ先までつながり、二本の細い樋が掘られている。
朝日を受けてギラギラと光るそれを、少将は油断なく綾乃に向けていた。
「骨董品か。否定は出来んね」少将は言う。「だが──ッ!」
跳躍。綾乃を真っ直線に捉えた銀色の残像を曳きながら、刀ごと少将は前に跳んだ。
落下という摂理を忘れ去ったかのような鋭い前進を伴う一閃。
「──人一匹程度、斬るには十分だッ!」
しかし、その刀身が血に濡れることはない。
軌道を完全に見切り、綾乃はそれを誤差数ミリでかわしきった。
「ふぅっ──!」
鋭く息を吐き、綾乃は素早い踏み込みで斬り上げる。
足元で踏み抜かれた計器のカバーガラスが砕ける。
刀を振り抜くことなく、硬い手ごたえ。
隙を突いた一撃を、少将は辛うじて受けていた。
「くっ──!」
「りゃっ──ああっ!!」
綾乃は受けられた剣を、構わず振り抜く。
ガードを弾き上げられ、少将はたたらを踏みながら後ろへ跳びのいた。
「く、馬鹿力め……!」
「悪かったわね、オモチャの扱いが荒っぽい子供でさ?」
綾乃は笑い、「じゃ、こっちから行くわね」と言って跳ぶ。
何らかのメーターを踏み抜いて針をひん曲げ、宙に舞った彼女は、周囲のモニターを蹴って穴を開けながら軌道を変え、空中に之字の軌跡を描く。そしてついには、少将の背後から急襲した。
「く、ぅっ──!」
辛うじて切っ先を差し挟み、難を逃れた少将に、返す刀の一閃が襲い掛かる。
明滅する光の軌跡を残す黒い特殊鉱の刃は、最短経路を走る白銀の玉鋼によって防がれる。
一合、二合──白と黒の刃を持つ刀が打ち合わされ、火花が散る。
「ぃぃやぁぁ──っっ!!」
「──っ!」
縦横無尽に刀を振るう綾乃の僅かな隙をつき、防戦から攻勢へと打って出た少将の刀が、身を翻してからくも難を逃れた綾乃の残像を斬る。
「──やるじゃないの」
綾乃は好敵手の腕前を讃える。
少将は獰猛な笑みを浮かべて応えた。
「今は艦隊司令官だの提督だの少将だのと位を頂いたがね──私はもともと、こいつ一本でのし上がってきた身だ。腕落ちたりといえども、椅子仕事よりかよっぽど性に合っているのさ」
「ふぅん?つまりあんた、偉い人なわけだ。いいじゃない」
綾乃は「偉い人に剣突き付けてどうにかしろ」と言われていたことを思い出し、にっこりと笑った。
「何がいいんだ?」少将は訝しげだ。
「ん、ああ、まあ……いいじゃない、そんなこと。偉い人なら身代金がガッポガッポかも、みたいな話だとでも思っといてよ」綾乃は適当にごまかした。
「なんとも気の抜ける話だが。まあいい、──ぶった斬るだけだ」
そう言い捨て、少将は白銀の刃を翻す。
柄を大きく後ろに引き、刃を上に向けて構えるそれは──紛れもなく刺突の構え。
「斬るって言ったんなら斬れよ……」綾乃は小声でぼやきながら足元に力を込める。足下のコンソールパネルがみしりと鳴った。
「──ッ!」
微かな気迫を漏らしながら、少将は跳んだ。
同時に、全身をひねりながら切っ先を突き出す。
壮絶な加速を得た刀身は、驚くべきことに──単身で音速を突破する。
連続する破裂音。空気すらも切り裂く造形である刀でさえ逃しきれぬ圧搾された空気の壁が、一拍遅れて刀身の脇へ流れていく。
「はぁぁぁぁっ!!!」
気合のこもった叫び声を伴い、超音速の刃が突き出される。
危険を察知した綾乃は全力で跳びのいた。
踏み抜かれたコンソールパネルが破砕音を立てる。
一瞬遅れて着地した少将の足がパネルの表面を抉り、半ばまで埋没する。
吹き散らされた衝撃波が、ビリビリとモニターを揺らす。
「……仕留められなんだか」
コンソールパネルに埋まった足を引き抜きながら少将が漏らす。
絡まったまま脚にひっついた配線を雑に振った刀で斬り落とし、跳んでよけた綾乃の方を向く。
「一度で終わりと思うなよ……何度でもやるぞ?」
「ざっけてんじゃないわよ、そう何度もやらせるもんですか」
綾乃は背に負ったままの鞘をベルトから抜き、左手に持った。
右手の刀を鞘口に当てがい、するりと押し込む。わずかな音を立てて、黒き刀はその身を鞘の内に収めた。
「……居合、か」
「その通り。生半可な覚悟で飛び込んできたら、ケガするわよ?」
綾乃は姿勢を低くし、鞘に包まれた刀身を隠すように持つ。
少将はフッと笑い、頭を振った。長いポニーテールが揺れる。
「はは、私に覚悟を問うか──ッ!?」
「ッはぁぁ──っっ!!」
何やら言いかけた隙を突き、綾乃は豪速の踏み込みで足元を砕いて何かのメーターの針やらコードやらを飛ばしながら一足にして距離を詰める。
ひねりにひねられた体が戻る反動を殺さず、虹色の輝きを帯びた黒い刃を鞘から一直線に解き放った。
さも当然かのごとく音速の壁をぶった切って進む剣閃が、少将へと迫る。
「くうっ──!」
少将は身をよじってからくも一閃から逃れ、反撃を見舞わんと刀を構えようとし──
「な、にぃっ──!?」
──超音速を維持したまま急激に軌道を変え、刀身に減圧によって生じた雲を曳きながら返す刀を構えている綾乃に、目を見開いた。
「必殺・超音速燕返しじゃぁぁーい!!!」
「ぬわぁぁぁ!!!」
超高負荷機動めいた軌道を描いた刃が、凝結した水蒸気の生む雲を纏いながら返される。
瞬きすら間に合わぬ間に少将の首筋に迫ったその刃は──
「……?」
──薄皮一枚も斬ることなく、彼女の首筋にぴたりと据えられて制止した。
寸止めを行ってなお荒れ狂う衝撃波が少将の体を叩き、背後のモニターをいくつか巻き添えにしながら吹き抜けていった。
「斬ると思った?」綾乃はにやりと笑って、少将の右手から転がり落ちた刀を軽く蹴って遠ざけた。
「……ああ、思ったとも。存外甘いものだね?」少将は息をつき、肩を落とす。
「当り前じゃない。あんたにこうやって刀突き付けて脅すのが目的なんだもの」
「……いいのか、それは……言っちゃって……」少将は首をかしげた。
「あー。まあいいや、脅しが効かないわけでもないでしょ?」
「わかった。言ってみたまえ」
「ん?何をよ?」
「脅すんなら目的があろう。言ってみたらいい」
「ああ、それなら簡単よ」
綾乃は肩をすくめた。
「私たちの邪魔しないでとっとと帰れって──ッ!?」
突如、艦左方から響いた爆発音。
「な、なんだっ!異常かっ!?」艦長席から声が飛ぶ。
「か、確認しますっ!」チャンバラ劇から逃げて壁際に固まっていたオペレーターが、斬られたり蹴られたりしていない無事な計器に飛び付いた。
「ちょっと、どうなってんのよ?」綾乃は空いた左手で耳を抑える。
そこには小型の通信機がはまっていて、機上の二人か本部の連中につながるのだ。
『大変よ綾乃』通信機越しに金髪の声がした。『やばいのが出て来ちゃったわ』
「やばいって何よ?」綾乃は首をかしげた。
「艦長!報告します!」オペレーターが叫ぶ。
「どうだった!」艦長も応える。
「本艦には異常ありません!ですが……!!」
「……!!【すみだ】より通信、待機状態!回線開きます!」別のオペレーターが叫ぶ。
『ああ、クソッ!応答しろ【いでわ】!こちら【すみだ】!こちら【すみだ】!』
「……!こちら【いでわ】だ!すまないっ!」
『ああ、やっとかクソッタレ!おせえぞ!』
「すまない!要件はなんだ!」
『ああそうだ、要件だ!左舷遠方に敵出現!【えど】がやられた!』
「なんだとっ!?」
『それだけだよ、じゃあなっ!』
「はあ。艦がやられたその敵とやらがやばいヤツってわけ?」綾乃は聞いた。
『そうよ、絶対にやばいわ!』わずかな興奮の色を秘めながら金髪が言う。
『──巨大ロボよ!巨大ロボが来たわ!』
「巨大──ロボだぁ?」
綾乃は通信機から流れ込んできた金髪の言葉に耳を疑う。
『信じらんないならそっから見てみなさいよ。左の方に見えるはずよ』
「あーはいはい。見てみるわー」
綾乃はそう言って耳から手を離す。
「ねえお偉いさん」綾乃は刀を突きつけている相手に呼びかけた。
「なんだ」
「離したら『やっぱ脅しの件はなしだぜ!』ってなる?」
「いんや、ならんよ。負けたからには従おう」彼女は首を振った。
「あ、そう。じゃあ離すわ」綾乃は少将の首筋から剣を引き、鞘に納めた。
「さってと……」そして彼女は窓の近くに立ち、左舷の方を見る。
果たしてそちらには、たしかに何かの影があった。
平凡な市街地から突如生えたあまりにも太い二本の巨大なもの。
その上にはさらに巨大な物体が乗り、その脇からはやや細い棒状の物体が生え、そして頂点にはやや小ぶりな物体が乗っている。
──それは、確かに巨大なロボットだった。
黒光りする巨大な四角形の脚。
黒をベースに金や赤で装飾された腰に、同じ配色の肩パッドが目立つ胴体が乗る。
細いジョイントの先に太い前腕がつながった腕。
そして中心に乗った、いかにもな顔。
どこかの日曜特撮から持ってきたかのような造形。
青霞の向こうに悠然と立つそれは確かに、巨大ロボとしか言いようのない代物だった。
「うっっっっわぁぁぁぁ……」綾乃は盛大に引いた。
「ほー、大したものだなあ」勝手についてきた少将が感嘆の声を漏らす。
「あんた、ああいうの好きなわけ?」綾乃はげんなりした調子で聞く。
「君は嫌いか?」逆に少将が聞き返す。
「別に……そういうわけじゃないけどさぁ。敵に回るなら嫌いよ……」
「そりゃあそうだろうがね」少将は腕を組んだ。「一体やつは何をしに出てきたんだろうな?」
「私に聞かれてもねぇ」綾乃はぼやく。「わかるわけないでしょ」
「ごもっともだな」少将は頷いた。
「あんたんとこの艦、あいつにやられたんじゃないの?」綾乃は半眼で聞いた。
「そういやぁそんなことを言っていたな。じゃああいつは敵か。よし撃とう」少将は背後を振り返った。「ヤツを撃て」
「はあ……」艦長は生返事をした。「やってみますか……」
「もう一隻いるんでしょ?そいつがもう撃ってんじゃないの?」綾乃は口を挟んだ。
「ああいや、あっちの艦はカラッポだよ。こっちの船の指示がないと動かん」少将が言う。
「ん、空っぽ?」綾乃は訝しげな顔をした。
「どこも人手不足だからね。この船でもう一隻も操縦しているわけだ。遠隔でね」
「はー、そういうこと。だから指示がなきゃ撃たないんだ」
「ああ、そういうことだな」少将は頷いた。
「んじゃあ撃ちますよ。【かわち】からもっすね」艦長が言った。
「おおー、撃つのね」綾乃は窓の方へ振り返り、艦首を見た。
前方に指向されていた巨大な主砲がゆっくりと旋回し、左舷へと向けられていく。
「直視しない方がいい、目が焼けるぞ」少将が警告した。
「ん……」綾乃はヘッドバンドに付いたボタンを押す。内部に仕込まれていた遮光バイザーが降り、彼女の視界を薄暗くした。
「用意のいいことだ……」少将は胸のポケットから抜き出したサングラスをかける。
綾乃はなんとなく教科書に載っていたマッカーサーの写真を思い出した。サングラスがそんな感じのデザインだったからだ。
「れ、れ、レイヴン!」綾乃はサングラスを指さして言った。
「はは、惜しいな……」少将は笑う。
「違ったか……」綾乃は肩をすくめた。
「発射カウントダウン、はじめろー」艦長が命じる。
「五秒前!」オペレーターが言った。
「四!」 綾乃は視線を主砲に向ける。
「三!」 主砲の先に輝きが集まり始めた。
「二!」 綾乃は視線を巨大ロボに戻す。
「一!」 脇に感じる輝きが強くなる。
「零っ!」
急激に光量を増した主砲が、太い光の帯を吐き出す。
頭上からも同じような光が伸びていく。
ロボに対し左舷を向ける形となった戦艦二隻は、【闇夜烏】に向けて撃った主砲連装二基四門×二隻の、つまり八門だけでなく、後部に背負い式で配置された二基をもフルに活用できた。
合計十六門の主砲から吐き出された十六本の光線は、同時に一か所へと収束した。
すなわちは巨大ロボの胸部である。
莫大な熱量を秘めた光線砲の一斉射をまともに喰らったロボは後ろに押され、たたらを踏んで数歩下がった。
……が、それだけであった。
黒く艶めく巨大な装甲には、ヒビ一つなく。人類最高峰の火力を持つはずの主砲斉射は、単に目標を強く押したに過ぎなかった。
「なんとめちゃくちゃな……」少将は天を仰いだ。
「うっわー……」綾乃はめんどくさそうな声を出す。
青く霞んだ空気の向こう。悠然と立つ巨大なロボットは、未だ動く様子を見せなかった。