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超空の艨艟


 同時刻、【闇夜烏】機上。

 時折オレンジ色に光る黒煙の塊と化した【あらかわ】が地面に落ちていく様子を眺めながら、綾乃はぽつりとつぶやいた。

 「まさか私の人生に空飛ぶ軍艦をスナイパーライフルでぶち抜いて墜とすなんていう頭のおかしい出来事が起こるなんて、思ってもみなかったわ……」

 「人生そんなもんよー」副操縦士席の金髪が気のない声で返事をした。

 「少々時間を取りましたので、急ぎ目で目的地へ向かいますよ」黒髪が言う。「綾乃さんは休んでいてくださいね」

 「はーい。と言っても、疲れたりはしてないんだけどね」

 「そうでしょうねー。あたしがそういう風にしたんだしー」気力のない声で金髪が言う。

 「ともかく、行きますよー」

 「あ、使った武装はちゃんとラックに戻しとくのよー。下に落っことしたら危ないんだからねー」

 「はーい」銃器落とすのはダメなのに軍艦墜とすのはいいのかよ、と内心で突っ込みつつ、綾乃は床に転がした銃器を担いで後部のラックに掛け、久しぶりに簡易シートに座ってシートベルトを締めた。

 開けっ放しのハッチから風が入り込み、硝煙と煤に慣れた鼻に清涼な感覚をもたらす。

 眼下を街の灯が流れていく。

 彼女は、戦闘で昂った自分の心が落ち着いていくのを自覚していた。


 「おお、夜が明け始めましたねえ」黒髪が空の端を指して言う。

 「あら、ほんとね」綾乃はハッチから首を突き出し、紫がかった明かりが見え始めた東の空を見た。

 ゆっくりと昇る太陽が空の色を紫からサーモンピンクに変え、オレンジに変え、ついにはその一端を見せ始める。

 眩い光線が一気に広がり、空が急激に色づいていく。


 朝日に見とれていた綾乃は、遠くの空に浮かぶ芥子粒のような黒いものに気づく。鳥でも飛んでいるのだろうか──そう考えて、綾乃は気づいた。あれほど遠くの鳥が、あそこまではっきり見えるはずはない、と。

 あまりにも整然と並んだ黒い芥子粒は、よく注視すれば、次第に大きくなっている。

 あれは、明らかに何かの人造物だ──そう察知した綾乃は傍らの壁に掛けられた双眼鏡を手に取り、覗き込み、そして絶句した。


 「ん、どーしたの綾乃。なんか見つかっ……」

 その様子を訝しんだ金髪の声を遮って、通信回線が開く。


 『──こんにちは、秘密結社幼馴染の諸君。こちらは幼馴染空軍(C.F.A.F.)第一艦隊旗艦ならびに幼馴染空軍連合空中艦隊最高司令部総旗艦にして最新鋭主力艦【おわり】型空中戦艦、【いでわ】である。秘密結社幼馴染所属回転翼機乗員に告ぐ。我らは二個艦隊、戦艦【いでわ】及び【かわち】を基幹とし、一等巡洋艦【すみだ】【えど】【しんなか】【きたじっけん】以下駆逐艦12隻による二個艦隊である。降伏せよ、降伏せよ。応答なき場合は降伏の意思ないものとみなし攻撃を開始する。繰り返す……』


 「うっそぉ……」呆然とした声で金髪がつぶやいた。

 「嘘じゃないわよ。見てみる?」綾乃は双眼鏡を操縦席の間に押し込み、西の空を顎でしゃくった。

 「うっわー、見たくなぁい……」金髪はげんなりとした様子でそうぼやいて、双眼鏡を覗き込んだ。「うっげぇ、ほんとにいるぅ」

 「なんかキャラ変わってませーん?」やる気なさげな黒髪が言った。

 「なんであんたはそんなに平気そうなのよ」金髪が問うた。

 「まあこのヘリの速度とワタシの操縦技術があれば逃げるだけならどうにかなりますしー」黒髪は頭をぽりぽりと掻いた。

 「あーそれね」金髪は頷いた。「多分だけど──」


 瞬間、東の空の端が急激に輝きを増す。

 太陽がその体のすべてを現した──のではない。

 異質な、どこか不気味な輝き。

 一瞬、拡散した輝きが止まり──

 轟音とともに、太い光の帯が空に現れる。

 その数、実に八本。

 暁の空を灼いて幻のように消え去った八筋の砲撃は、それでも空気の焼ける匂いを残し、幻などでないことを確かに主張していた。


 「──無理だと思うわ?だって──」金髪は窓の外に向けていた視線を機内に戻し、乾いた笑いを漏らして言った。


 「向こうの主砲、レーザー砲だもの。逃げる前に焼かれるわ」



 大艦隊が暁の空を悠々と押し分けて進んでいく。

 旗艦【いでわ】および【かわち】を中心に据え、護衛艦隊は球形陣に隊伍を組んでいる。

 二隻の戦艦の広い甲板、その上に二段重ねに設置された前部主砲からは、薄く煙が吐き出されている。

 シンプルな構造だった【あらかわ】の艦橋よりもさらに高く、複雑に積み上げられた艦橋は、背後から照る朝日を受けて、オレンジと黒の奇怪な文様に染まっていた。


 旗艦【いでわ】艦橋内部。

 広い空間の中に広がる無数のデジタル計器やアナログ計器の間に収まった少女たちが、せわしなく動いては声をあげ、何らかの計器の立てた音が響く。

 幼馴染空軍有数の巨大艦艇である【いでわ】の頭脳たる艦橋は、なにもかも【あらかわ】とは違っていた。

 広い艦橋の中央に、ひときわ高く作られた場所がある。艦長席だ。

 そこには今、5人の人間がいた。 

 一人は【いでわ】の艦長。紺色の軍服の肩には、大佐の肩章が乗っている。

 一人は同じく【いでわ】の副艦長。軍服の上の肩章は中佐だ。

 一人は少将の肩章を乗せた少女。長い黒髪を後ろで括り、一つにまとめている。

 一人はやや煤帯びた軍服に中佐の肩章を乗せた小柄な少女。救命短艇(カッター)で逃げ延び、この船に救助された【あらかわ】艦長である。もっとも、艦なき今となっては元艦長、かもしれないが。

 一人は同じく煤汚れの見える軍服に大尉の肩章を乗せた【あらかわ】副艦長である。


 「……なるほどな。ライフルで主砲内の砲弾を撃たれて大爆発、と。そういうことだな、【あらかわ】の?」

 「そういうことですよ、閣下」【あらかわ】艦長が頷いた。

 「閣下はやめてくれ──【あらかわ】艦長殿」閣下と呼ばれた少女、少将が苦い顔をした。

 「では少将殿と?」彼女は聞き返す。

 「提督、と。それが一番抵抗が少ないのでね」黒髪をポニーテールにくくった少女は肩をすくめ、腰の軍刀の柄をつるりと撫でた。

 「では、提督殿。そういうことで、我々はもう下がってもよろしいでしょうか」【あらかわ】艦長は言った。「我々がここにいても邪魔にしかならないでしょうし」

 「いや、そうかな……私としては、居てくれた方が助かるのだが」少将が苦笑する。「どうも、艦隊司令官としての座乗にはいまだに慣れん」

 「あら提督、そんなことはありませんわよ?しっかりとお勤めになられていると思いますわ」【いでわ】副艦長が笑った。

 「それじゃあ君らはどこへ行くんさ?」【いでわ】艦長が【あらかわ】組に問った。

 「んじゃどっか空いてる船室貸してよっ。眠くってさぁ……」【あらかわ】艦長は大あくびをした。

 「はは、こんな状況下でも眠れるとはなかなかの大物じゃないか」少将が笑った。

 「んま、いいだろ。同期のよしみだ、部屋の一つや二つ開けてやるとも」【いでわ】艦長が頷いた。

 「うちの乗員みんなの分頼むわよ。シャワーもついてるとなおいいわね」

 「へっへ、なかなか乗員思いじゃないか、泣かせるねぇ。まあいい、どうせシャワーは共用だ。いまの時間は誰も使ってねえから自由に使ったらいいさぁ」

 「んじゃ、そーゆーことで~」【あらかわ】艦長はそう言ってひらひら手を振りながら、艦長席を降りていく。副艦長がペコペコ頭を下げて追っていった。

 「あ、そうだ」席を降りる短い階段の途中で止まった【あらかわ】艦長が振り返って【いでわ】艦長をびしりと指さす。「あんた、この艦は沈めるんじゃないわよ?」

 「なんだってそんなことを言うのさ君は」さされた彼女は首をかしげた。

 「決まってんじゃないのよ」さした方は指を下ろして鼻を鳴らした。「日に二度も乗艦が沈められてたまるかってんだ、ばーか」

 「ははっ、そりゃあそうだな!」少将が笑う。「それじゃあ中佐殿、おやすみなさい」

 「ええ、お先に休ませていただきます」彼女は軽く敬礼をして、こんどこそ階段を降りて艦内へ入っていった。


 「すいません艦長、私どうしましょう……」【あらかわ】副艦長は廊下をすたすた歩いていく艦長に追いすがり、聞いた。「あそこにいた人たちの話、全部聞こえなかったんです……私、とうとう耳壊したんでしょうか……」

 「そりゃあんた、それは……」艦長は立ち止まって振り向いた。そして副艦長の耳元に指を伸ばす。「……耳栓、つけっぱなしだからでしょうよ」

 そして、すぽんと音を立てて耳栓を抜き取ったのであった。



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