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夜空を征く艦


 「く、空中巡洋艦んん──ッ??」綾乃は前のシートの背をひっつかんで

操縦席に首を突っ込んだ。

 「あら綾乃、知らなかった?わりとよく出てくるわよ、アレ」金髪は機載レーダーの大きい輝点を見ながら軽く言った。

 「し、知るわけないでしょそんなん!初めて聞いたわ!」綾乃はコクピット前面の窓の外の、まだ開けぬ朝闇のなかにうっすらとその艦影を現しはじめた空中巡洋艦【あらかわ】とやらの威圧的外観に圧倒されつつ、眺めていた。

 「それで、返答はどうするんです?」黒髪は興味なさそうに言った。「答えなきゃ撃つそうですけど」

 「ん?そんなの決まってるじゃない。こうするのよ」金髪はヘッドセットのマイクを入れ、無線周波数を無造作に弄って調整する。「やぁいお子様チビ女、こちらは畏れ多くも秘密結社幼馴染なんたらかんたら七円卓の第二席を預かるB.B(ブレイン・ビット)様よ!死にたくなければそこをどくことね!」

 「わぁお不遜」黒髪はどうでもよさそうに言った。「怒らせるんじゃないですか?」

 「いいのよ、どうせほっといてもキレるんだから」マイクを切った金髪が投げやりに言う。

 『ほぉ~お!その粗暴そうな声は目に痛い金髪のクソ女だなぁ?それなら遠慮も返答も要らなぁぁい!!』通信機越しの大声が鼓膜を揺さぶる。綾乃は顔をしかめて音量を下げた。『本艦乗員すべてに告ぐぅう!戦闘態勢を取れぃぃっっ!!!!』

 「うるっさ!!」音量を下げたにもかかわらず耳を貫通する大声に、綾乃は思わず声をあげた。

 「あいつの(フネ)にだけは乗りたくないわね!」金髪はヘッドセットの耳当てを持ち上げて隙間を作りながら言う。

 「まったくですよ!」操縦桿から手を離せない黒髪が恨みがましげな眼で二人を見る。手が空かないせいで音量を下げられず、直撃を喰らったようだ。

 綾乃は手を伸ばし、音量をガッツリ下げてやった。

 「ありがとうございます綾乃さん、マジ感謝です」

 「いいのよ」


 さて一方、当の一等空中巡洋艦【あらかわ】の艦橋(ブリッジ)

 肉厚なナイフの刃のような艦首に乗った三連装の主砲。その後ろに鎮座まします細身の艦橋は、空力的な影響を鑑みて、さながら潜水艦の艦橋(セイル)のごとく、ながれるような造形となっている。

 前方すべてを見回すガラス張りの艦橋(ブリッジ)の中では、明かりを消された暗い闇の中、デジタル計器の放つ微かな明かりと、アナログ計器の針に塗られた蓄光塗料がぼんやりと放つ小さな光をのぞけば、まだ眠りにつく眼下の街の灯火と眼前の敵が放つ警告灯の明滅のみが見えていた。

 秘密結社幼馴染所属【闇夜烏(バカガラス)】に向けて開いた通信のため、マイクに向けてがなりたててはブリッジに騒音を響かせる小柄な少女、艦長を横目に、しっかりと耳栓で防御した眼鏡のキマった少女、副艦長は計器の光に輝く眼鏡を押し上げ、艦長の肩を叩いた。


 「あによ副長!話の邪魔よ!」艦長は振り返り、噛みつかんばかりに叫ぶ。

 「お言葉ですが艦長、もう切れてますよ、それ」副艦長は通信機を指さす。

 そのランプはなるほど、通信切れを表示している。

 「ぐんぬぅ……あンのアマぁ……!!」艦長は怒り冷めやらんといった様子で通信機をぼこすか蹴る。

 「艦長、壊れますよ」副艦長は眼鏡を光らせた。

 「う、わかったわよ……」艦長は蹴り足を止め、大きく息をついた。


 「全乗員に告ぐ、敵機は当艦同様幼馴染兵装(CFウェポン)である!小型と言えどなめてかかれる存在でないこと、よぉぉぉく留意することぉぉっっ!!」

 「敵機、高速マニューバに入りましたっ!」オペレーターが叫ぶ。

 「よろしい、やる気十分ということね!」艦長も叫ぶ。「これより当艦は対空砲戦に入る!全副砲、対空射撃準備!」

 「全副砲、対空射撃準備!」砲雷長が復唱する。

 「全副砲、対空射撃準備よし!」副砲雷長が報告した。

 「対空射撃準備よしっ、撃ち方始めぃぃ!」

 「全副砲、対空射撃、撃ち方始めぃっ!」

 

 砲雷長の復唱が早いか、空中巡洋艦【あらかわ】に備えられた副砲──127mm対空機関砲は、まだ寝静まる夜の街の上へと火箭の濁流を解き放った。


 「ふーわっはっはっはっはっはー!!あンの金髪クソ女め!!今度という今度は命運が尽きたかなァァァーーーっっ!!!ふわーっはっはっはー!」

 副砲の発射音が響く中でも耳栓を貫通して鼓膜を揺さぶるいかれた音量の笑い声をあげる艦長を横目に、副艦長は砲雷長の出す射撃データを流し見、射撃の隙間を潰すべく自動射撃装置の補正数値をいじくりまわしていた。

 「副長!」砲雷長が声をあげる。

 「なんでしょう」彼女は答えた。

 「連中動きがおかしいぞ、なんだってあそこまで回避できる?」

 「CF兵装を通常兵器と一緒に考えちゃだめですよ」

 「そりゃあそうだろうが……ああ、まあいいや。ともかく、こうして副砲ばらまいてても意味なさそうだぞ、こりゃあ……」

 「ええ、ですが大丈夫でしょう……どうせ、じきに……」


 「副長ぉぉ!!」艦長が大声で彼女を呼びつける。

 「ほらね?」副艦長は小声で砲雷長にそう言うと、艦長のところへ戻る。「はい艦長、お呼びですか」

 「お呼びもクソもないわ!!クソ女はまだ墜ちないのかしら!!」

 「あまりクソクソ言わないでください艦長。そんなんだから乗員が全員『浣腸』のイントネーションであなたを呼ぶんですよ艦長」彼女は不必要に艦長と連呼する。

 「あーもー、わかったからぁっ!!まだ墜ちないのね!あの……あの……えーっと、そうっ、あの嫌味な女はぁっ!!!」

 「はい、そのようです」彼女は冷静に答えた。

 「そう、ならわかるわね!!!」

 「指示ははっきりおっしゃってください」

 「まったくもう、頭硬いわね!!!主砲よ主砲!使うわよっっ!!!」

 「わかりました。ではそのように──」副艦長はそう答え、砲雷長の方へ合図を出そうとし──


 「砲雷長ぅっ!!主砲、いけるわね!!」


 艦長のデカい声に遮られ、何も言わずに元の方向へと向き直った。


 「もちろんだ!いつでもいけるさ!」砲雷長が答える。

 「ならばよしっ!!!」艦長は頷いた。


 「一番っ、二番っっ、三番んんっっ!!全主砲、砲弾装填、弾種、対空CF拡散弾んんっっ!!時限、15秒ぉぉぉぉっっっ!!!」

 「全主砲、対空CF拡散弾!15秒!」砲雷長が復唱する。

 「全主砲、設定よし、装填よし!」副砲雷長が報告する。

 「全主砲、敵機に照準合わーせ!!!」

 「敵機照準合わせ!!」

 「敵機照準合わせ、よし!」

 「よしっっ!!」


 艦長は大きく息を吸う。副長はしっかり栓をした耳を上から手で押さえた。


 「全っっ砲ぅぅっ!!!斉っっ射ぁぁぁぁっっっ!!──ッッッ()ぇぇぇぇぇぇぇぇぃぃぃぃぃっっっ!!!!」


 まさしく轟音と評すべき号令一下にコンマ数秒遅れ、【あらかわ】の主砲──濃縮CF加速式203mm砲は、三連装三基九門のすべての砲口から激しい炎を噴出させ、巨大な砲弾を夜空に撃ち出した。


 「はぁーっはっはっはっはー!!!特殊対空砲弾三基九門全砲ぉぉっ!一っっ斉ぇぇぇぃ射ぁぁぁぁぁっっ!!!死んだぁ!死んだわね!今度こそ!死んだ死んだ死んだわねぇぇ!!!あっは、あっはっはっはっはぁぁーっっ!!」


 砲声よりやかましく艦橋の内を響き渡る笑い声に鼓膜を蹂躙され、月給の半分をつぎ込んだ超高級耳栓の役立たずっぷりを内心で罵りながら、副艦長はAIのはじき出した弾道予測の数値を見る。

 「敵機、急加速!!」オペレーターの少女が叫ぶ。「このままでは危害半径(RoD)から抜けてしまいますっ!!」

 「ッッッちぃっ!あれは──【黒翼翔(レイヴンダイヴ)】っっ!!」艦長が叫ぶ。「CF機関による強引な超音速突破!!あの機体が幼馴染兵装(CFウェポン)である理由っっ!!」

 「2,1、ッ対空砲弾、炸裂っ、今ぁ!」砲雷長が叫ぶ。

 「ちっくしょぉぉう!!」艦長が目の前の通信機を殴りつける。


 黒塗りゆえに烏に例えられる異形のヘリコプターは、背後のプロペラが生む推力によって急加速、【あらかわ】の特殊対空砲弾の危害半径よりからくも逃れた。

 空中で炸裂した対空砲弾から拡散する爆炎は、その圧を以て超音速で離脱する黒き烏の背を叩いたに過ぎない。


 「次弾装填っっ!!急いでぇぇっっ!」腕を振るった艦長が檄を飛ばす。「機動(マニューバ)のデータは取れたわねっっ!補正しなさい!!」

 「了解っっ!!」砲雷長がコンソールの画面を叩きつけるようにデータを入力する。

 「全主砲、副砲、敵機速度を補正し再照準せよ!」副艦長が命令する。

 「主砲補正完了!」砲雷長が叫ぶ。

 「副砲、完了です!」副砲雷長も追随した。


 「よしっ!全砲、敵機照準んんっっ!」

 「艦長!」オペレーターが声をあげた。

 「なによ!言いなさいっっ!!」彼女は応える。

 「敵機、艦首方向で飛行を維持しています!このままでは後部の二番、三番主砲以下舷側副砲群、敵機照準できませんっ!」


 「ならば回頭せよっ!進路(サン)(ヒト)(マル)!取舵三十度に合わせ、三番、四番スラスターをアイドルに、一番、二番スラスター推力最大!急速回頭ぉぉっっ!!」


 「取舵三十度!」操舵員が復唱し、舵を切る。

 「三番、四番アイドル!一番、二番全開!」機関員が左舷推力装置の出力を切り、右舷側の推力を最高にする。

 空中に浮かぶ排水量9000トンの巨体は急激に傾き、旋回し始めた。


 「右舷全副砲、撃ち方はじめぃぃっっ!」艦長が叫ぶ。

 「ダメです、艦首に追従されます!」オペレーターが叫ぶ。

 「一番砲、艦首に指向せよっっ!」艦長は命じた。「進路方向へ発砲し、移動を阻害するっっ!!二番、三番は右舷に指向したまま待機っっ!!」

 「一番砲艦首指向、了解!」

 「急速旋回を維持!進路は(フタ)(ナナ)(マル)へ変更!」

 「一番砲、指向完了!」

 「よぉぉしっ!阻害射、ッ()ぇぇぇっっ!!」


 艦首の動きを追う黒いヘリコプターの進路を塞ぐように発射された対空砲弾は、狙い通り【闇夜烏】の眼前で炸裂、艦首への追従を外すことに成功する。


 「っしゃぁぁぁい!!戻ぉぉせぃっっ!!面舵に当て、十五度!三番四番スラスター、推力全開へ!一番二番、アイドルへ!全主砲、副砲、照準合わぁぁせぃっっ!!」艦長は矢継ぎ早に指示を出す。

 「主砲照準合わせ、よしっ!」

 「よぉぉしっ!!!全主砲、斉っっ射ぁぁぁぁっっ!!!ッッッ()ぇぇぇぇっっっ!!!」

 急激すぎる回頭のもたらした傾斜から自動補助翼(オートエルロン)の動作によって回復しながら、【あらかわ】は左舷にむけて主砲を斉射した。轟音が市街の闇をつんざく。


 「対空砲弾、炸裂十秒前っっ!」砲雷長が叫ぶ。「9、8、7、なにぃっ!?」


  彼女のカウントダウンを遮り、砲弾はまだ対象に届きすらしない空中で次々と爆発した。

 「設定ミスかっ!?」砲雷長は焦ったように叫ぶ。

 「違います!」オペレーターが声をあげる。「迎撃です!砲弾が撃ちぬかれましたっ!!」

 「なんだとぉっ!!!」砲雷長は驚きの声をあげた。

 「慌てるなぁぁぁっっ!!!」艦長が叱咤する。「次弾装填!当たるまで撃てぇぇっっ!!」

 「じ、次弾装填っっ!!」砲雷長は応える。

 「敵機、依然艦首方向を維持ですっ!」オペレーターが報告する。


 「一番主砲は艦首へ!二番、三番は左舷へ指向せよ!」通信機の台を叩きながら艦長が吼える。「右旋回を行う!進路(マル)(ゴー)(マル)!面舵30度!両舷スラスター、推力調整!」

 「右旋回、よし!」操舵員が舵輪を回す。

 「一番砲、阻害射行きます!」

 「二番、三番指向完了!」

 「戻ぉぉぉせぇぃっっ!!当て舵を取れぇぇっっ!!主砲、照準合わぁぁぁせっっ!!」

 「艦長!敵機、急上昇しましたっ!まもなく主砲の仰角外へ出ますぅっ!」オペレーターの報告。

 「こちらも上昇を行うっっ!!艦首昇降舵(トリムカナード)及び艦尾昇降舵(エレベータ)、角度取れ!艦首部垂直推力機関(バーチカルスラスター)緊急作動!アップトリム45ぉっ!全機関推力一杯ぃぃっ!……っすぅ、っっっィよぉぉそろぉぉぉぉっっっ!!!!」

 「アップトリム45、よぉぉそろぉぉ!」


 肉厚なナイフのような艦首のわきに生えた艦首昇降舵(トリムカナード)及び艦首真下に設置された下向きのスラスターが作動し、【あらかわ】の9000t超の巨体は急激に艦首を空に向けた。

 宜候ようそろ……すなわち「直進」の号令と共に高度を上げた【あらかわ】は、左舷砲射程内に【闇夜烏】をとらえ、仰角を調整する。


 「左砲ぉぉぉぉ戦んんっっっ!!全主砲ぉぉぉっっっ、斉っっっ射ぁぁぁぁぁぃぃぃっっっ!!!」雷鳴じみた号令の下、【あらかわ】の艦体に搭載された三基の主砲は火を吹き、弾を発射する──はずであった。


 壮絶な爆発が、【あらかわ】艦首部を襲う。


 「か、艦長っっ!!一番砲、膅発(とうはつ)です!」


 「各部、被害を報告せよっっ!!!」オペレーターの報告を受け、艦長は艦内放送のマイクに大音声を叩きつけた。


 膅発(とうはつ)──膅内爆発(とうないばくはつ)とは、発射される前の弾丸が砲、あるいは銃の中で爆発してしまうことである。

 対CF兵装級の威力をもつ砲弾が大砲の中で炸裂するその威力は、単に砲弾が直撃するよりもはるかに高い。

 危険な状態である。


 混乱に揺れるブリッジに二番砲、三番砲から無事に発射された砲弾が空中で炸裂する光が次々と飛び込み、乗員の顔を一瞬だけ赤く染める。爆発した一番砲からは黒煙が噴き出している。

 「砲雷長ぅっっ!!」艦長は呼びつけた少女を見る。

 「は、はい艦長!なんです!?」彼女は混乱を隠せない様子で応える。

 「二、三番砲の炸裂は時間通りっっ?」艦長は聞いた。

 「は、はい……早発です!」気圧された様子の砲雷長が答える。


 「……そう。やりやがったわねっっ!!」艦長は咆えた。

 「ま、まさか……!砲口の中の弾を撃ち抜いたとでもっ!?」副艦長はずり落ちた眼鏡をあげながら艦長に詰め寄る。

 「それ以外に理由があるかなぁぁっっ!?」艦長は通信台を叩く。「わたしのフネに、整備不良なんてないのよっっ!!」

 「で、ですが!!そんなことができるはず……っ!!」

 「忘れたのっっ!!副長っっ!!相手は!!あの!!秘密結社幼馴染(狂人集団)一番ヤバい連中(最精鋭)よっっっ!」艦長が吼える。

 「……わかりました、艦長。ならばどうしますか」副艦長は冷静になるように努め、聞く。

 「そんなの、決まってるじゃないのっっ!!」艦長は艦橋(ブリッジ)の乗員全員を見回す。「再度問うっっ!!各部、被害状況はぁっ!!」

 「砲熕兵装、膅発した一番砲以外損害なし!」

 「雷撃兵装、艦首発射管全損!」

 「対空兵装、損害軽微です!」

 「主機関出力、一番から四番まで問題ありません!」

 「艦首部動翼、油圧喪失!動きません!」

 「CF浮遊機関、損害なし!」


 「よぉぉし!巡洋艦【あらかわ】、異常なぁぁぁしっ!!戦闘を続行するぅっっっっ!!」


 けして軽くはない損害報告を聞いてなお、艦長はそう断言し、続行を命じる。

 そのカリスマ性こそが、彼女をして【あらかわ】乗員らに親しませしめる要因であり、一等巡洋艦【あらかわ】が「世界一うるさい艦」と幼馴染空軍(C.F.A.F.)の構成員らから畏れられると同時に愛される要因でもあったのである。


 「もはや出し惜しみなどしている場合ではなぁぁいっっ!!」艦長は通信機の乗った台の天板を勢いよく叩く。度重なる暴行に晒された台はついにみしりと悲鳴を上げ、大きくへこんだ。

 「なぁぜならばぁぁっ!!有り弾すべて撃ち尽くして帰るよりもぉぉぉっ!!」彼女は大きく息を吸う。副長は耳をふさいだ。「ッッッ(フネ)沈めて帰らない方が怒られるに決まってるからだバッッッカヤロォォォォォッッッ!!!」

 「墜とす!墜とすぞ!墜として帰るぞ!あンのクソヘリを!あンンのクソ女をッ!!クソ操縦士も!クソスナイパーも!全員まとめて()ッッッたき墜とすぞぉぉぉぉっっっ!!!」天板のへこんだ通信台をさらに叩く。

 「言え!全員言えッッ!!墜とすッッ!!叩き墜とすッッ!!!言えぇぇぇッッッ!!!叩き墜とぉぉぉすぅっっっ!!!」

 『叩き墜とすっっ!!』

 「声がちいさぁぁい!!!!」

 『()ッッたき墜とォォォォすッッッ!!!!!!!』


 「よろっしいぃぃぃッッ!!!」もはや新手のオブジェのようにひん曲がった通信台をひときわ強く殴打し、彼女は咆える。


 「艦尾部雷撃ハッチ全開放っっ!!全自動ホーミング設定でありったけ放り出せぇっっ!!!副砲、主砲、とにかく撃てぇぇっ!!!砲身が焼けるまで、すべて焼けてもだっっ!あるものは撃て、なくても撃てッッ、いいから撃てぇぇッ!!!」

 「雷装甲板、ハッチ解放完了!残存空中魚雷すべて射出します!!」

 「自立攻性ドローン、射出っ!」

 「副砲ファイアレート、制限を解除し最速にしますっ!!」


 「よろぉぉしっっ!!撃てッ!」

 「二番、三番主砲、発射準備よし!」

 「敵機速度情報を補正し、照準せよっっ!!!」

 「照準よぉし!」

 「照準よぉぉしっっ!!二番、三番、交互撃ちぃぃぃ方ぁぁぁぁ!」


 事ここに及んで、艦長は全砲斉射による一瞬の面制圧ではなく、主砲の交互撃ち方による間断ない空域の制圧を選択した。

 より発砲間隔を狭めた副砲群とのコンビネーションで、より確実に撃墜する構えである。


 夜空に乱れ咲く最小さまざまな爆炎の花の間を縫い、赤い光に鈍くその艶消しの身を明らせながら、黒き烏は飛び続ける。

 めまぐるしく旋回する二つの主砲塔と舷側に並ぶ副砲群が、ムカデの如くうごめきながら火を噴いては火箭を空に吐く。

 永遠に続くかと思うほど、調和のとれた一対の舞踊のごとき時間。

 しかし、それは終わらねばならなかった。

 猛き巡洋艦は既に手負い、攻撃の苛烈さも後先考えぬがゆえ。

 黒きヘリには時間がない。人々が目覚めるころには、着いていなけらばならぬゆえに。

 両者、目的は違えど考えることはただ一つ。

 早く、決着せねばならぬ。


 熾烈な砲煙弾雨をかいくぐった黒いヘリコプターが急激な加速で【あらかわ】を飛び越し、鋭いターンで副砲弾を回避しながら腹を見せる。

 追従して旋回した二番、三番主砲が仰角を取り、砲口がぴたりと黒き烏を狙う。


 瞬間。


 【あらかわ】乗員には見えるはずもない、【闇夜烏】のハッチの中。鋲打ちのデッキの上に腹ばいになった綾乃は、バイポッドに支えられた狙撃銃を手に、長いスコープの中を覗いている。


 ──目が合った。彼女は砲口内部の暗がりの中、薬室に収められ発射の時を待つ三発の砲弾を目視し、気負いなく引き金を引く。

 それは一発で十分だ。三連装砲塔のド真ん中を射抜けば、残りの二発は遅れて誘爆する。

 起こしたボルトを勢いよく引き、デカい薬莢を飛び出させて床に転がしながら再度ボルトを前進させ、次弾を薬室に送り込む。

 再度構え──撃つ。

 目標は隣の砲塔から上がる黒煙に隠された砲塔。

 【あらかわ】の最後の主砲塔。

 闇の中でさえなお黒い黒煙を裂いて、銅色(あかがね)に輝く銃弾は、超高速の渦を巻いて砲口の中へと飛び込んだ。




 ──二度、三度の爆発が艦体を襲う。

 強烈な衝撃が艦橋を揺さぶり、固定されていないものが派手に吹っ飛ぶ。

 「くぅっ……!!二番、三番砲塔、膅発です!」コンソールにしがみ付いたオペレータが声をあげる。

 「被害状況はっっ!」二本の足で自らの小柄な体躯を支えきった艦長が、短く問う。

 「二番、三番砲全損!」砲雷長が答える。

 「全推力系統、制御に問題発生!」

 「各部動翼、油圧漏れ多数!」

 「CFタンクに亀裂発生!漏洩も確認されました!」


 「副砲はぁっっ!!!」

 「自動化副砲塔、およそ半数から応答ありません!」


 「くそぉっ!!全残存副砲は可能な限り前方へ指向、とにかく撃てっっ!!全機関、上限まで出力を高めろぉぉっっ!!進路は(フタ)(ナナ)(マル)!敵機に正面を向けろぉぉっっっ!」

 「了解ぃっっ!!」舵輪が回る。深く傷ついた艦は、随所から黒煙を噴き出しながら緩慢な動作で艦首を黒いヘリに向けていく。


 ──と。【あらかわ】の中央艦上構造物の真下で、新たに爆発が起きる。

 すさまじい衝撃に、艦体がぎちぎちと悲鳴を上げた。


 「なにっっっ、攻撃かぁぁっっ!!??」艦長は叫ぶ。

 「違いますっ!」オペレータが答える。「艦中央部で誘爆が発生した模様ですっ!」

 「主機関の操作ラインが応答しませんっ!操作不能ですっ!」

 「後部動翼、操作ライン断絶っ!!」


 「──ッッッくッッッッそぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」艦長はそう咆え、ねじ曲がった天板に乗った通信機のマイクを掴んで強引に持ち上げ、スイッチを入れる。


 「総員に告ぐぅっっ!!!退艦せよぉぉっっ!!!繰り返すぅっ!!!総員ッッッ!!!退艦んんんっっっっ!!!」


 「救命短艇(カッター)下ろせっっ、急いでっっ!!」艦長は艦内通信を切り、艦橋要員(ブリッジクルー)をせかす。

 「艦長っ!機関要員、総員脱出完了です!」

 「厨房要員、医務要員もですっ!」

 「火器管制室、脱出完了だっ!!」

 「よろっしぃっっ!!艦橋要員、脱出を開始せよっっ!!」

 「艦橋要員、脱出開始しなさい!!」

 『了解っ!!』


 整然と艦橋を飛び出していくオペレーターや操舵手の背を見て、艦長は副艦長に問うた。

 「副長、残りは?」

 「全乗員の生体(バイタル)タグ反応、艦外へ出ています」

 「そう、ならば我々も脱出を開始するわよ」

 「ええ」

 

 短艇置場に集合した全乗員に迎えられ、二人及び機関長、砲雷長の指揮の下、四隻のカッターは静かに【あらかわ】より離艦した。


 幾度もの小爆発を引き起こし始めた【あらかわ】の艦体は、黒煙を曳いて緩やかな上昇を続けながら、ゆっくりと傾いていく。 


 「我らが艦にぃぃぃっっっ!!敬っっっ礼ぃぃぃっっっ!!!」

 沈みゆく艦の爆音すらも貫通して響き渡る号令の下、幼馴染空軍(C.F.A.F.)第26空中艦隊に所属する第一戦隊の旗艦を務める一等空中巡洋艦【あらかわ】乗員、艦長以下265名は、一糸乱れぬ敬礼を、なおも爆発する【あらかわ】に向けたのであった。

 ひときわ大きな爆発が起こる。艦尾のスラスターがめちゃくちゃな火を噴き出し、止まる。

 緩やかな上昇を維持していた【あらかわ】の9000t級の艦体は、ゆっくりと落下へ転じる。

 そして、火だるまとなって急速に沈んでいった。


 黒煙の漂う空に、四機のカッターが飛んでいる。

 彼方の空には、黒いヘリコプターが勝ち誇るように旋回していた。

 その姿は、さながら戦場を飛び回り、死体を啄む烏の如く。

 カッターに揺られる【あらかわ】乗員たちは、不吉なものを見るような目で、見えなくなるまでそれを目で追っていた。



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