回る翼の交差座標
一方そのころ。オナジミ製薬の巨大な自社ビルの地下深くに潜む秘密結社幼馴染の秘匿基地では、作戦の総括的な指揮のため、いくつものモニターとスイッチが明滅する指揮所にて幼馴染たちがモニターとにらめっこしながらのんきな話をしていた。
『闇夜烏』は秘密結社幼馴染の保有する兵器である。そのため、内容がどうであれ作戦中は一応監視するよう義務付けられているのだが……まあ、今回の任務に戦闘のリスクは見受けられまい。ゆえに、彼女たちも存外気楽にしていて、こうして監視しながらもたわいもない雑談に興じる余裕もあったわけである。
……と、突如レーダーの画面にはレッド──【正体不明】の輝点が現れ、小さからぬ音量の警告が鳴り響く。
「……ッ!確認を!」
「了解」
正統派幼馴染の声に応じてモニターに向かった銀髪クール系幼馴染が情報を読み上げる。
「方角、作戦機より2時方向。所属不明、機種不明。高度およそ1万2千フィート。対地速度700ノット以上。レーダー反応、大。……戦闘用大型回転翼機と推定」
「……一般のもので類似機は洗えますか?」報告を聞いた正統派幼馴染は思案しつつ言った。
「もうやった、けど何もないね」銀髪は平坦な調子でさらりと言った。
「やはりそうですか。となると……」正統派幼馴染は腕組みをして唸る。
「……【幼馴染兵装】、ですかね……」コンソールから顔を上げないまま普通の幼馴染が言った。
「やはり、そうなりますね……」正統派幼馴染は重々しく頷いた。
「この大きさでこの速度は異常。【幼馴染兵装】が絡んでいるのは違いないと思う」銀髪も同意した。
「では──」正統派幼馴染は立ち上がって言う。「──本作戦を【幼馴染兵装】関連作戦と認定。兵装使用を限定解除します」
『……了解』肉声より幾分ざらついた通信音声で、ヘリ上の金髪から返答があった。
「先制攻撃は許可できません。相手の出方を見るように」正統派幼馴染は通信機のほうを見やって言った。
『言われずとも、撃たれるまでは撃ちませんよ!撃たせたからといって当てさせはしませんがね!』楽しげな口調で黒髪が割り込んでくる。
「……不安はありますが、まあいいでしょう。くれぐれもこちらから仕掛けることはないように」正統派幼馴染は頷いた。
「当該機、高度一万二千フィートより降下開始、作戦機への衝突軌道に突入」
銀髪幼馴染が読み上げた。
『これより通常周波数で進路警告を行います、無駄だとは思いますが』黒髪が通信を入れる。
『それはこっちで受け持つわ、あんたは操縦に専念して』続いて金髪の通信が入る。
『……こちらOSNエアウェイズ、CFH-0025。現在800ノットで航行する不明機に警告する。貴機の進路は当機の進路に重なっている。降下を停止されたし。繰り返す、貴機は当機との衝突軌道にある。降下を停止されたし』
金髪幼馴染は黒塗りのヘリコプターの偽装名称を使って警告メッセージを送った。
「当該機、未だコースを変更せず。……ま、当然かな」銀髪幼馴染が言った。
『こっちにも応答はないわ』金髪からの通信が入る。
『こちらから進路を変えますか?』黒髪からも質問が飛んだ。
「いえ……結構です。進路は維持してください」正統派幼馴染は冷静に答える。
「衝突、10秒前──」銀髪が静かに読み上げた。
「……回避行動に専念を」正統派幼馴染は念を押すように言った。「9──」
『了解了解、誤差ミリでも避けてやりますとも』黒髪が楽しげに言う。「8──」
『ちょっと、もうすこし空間猶予取りなさいよね』金髪の声が飛ぶ。「7──」
『なぁに、こういうのはビビったほうが危ないと相場が決まってるもんですよ』黒髪が通信機の向こうで笑う。「6──」
『……本当に大丈夫なのよね?』綾乃の声が割り込む。「5──」
『大丈夫だって!心配したって意味ないですからね!』平然とした黒髪の声。「4──」
「……こちらからは何もできませんが、よろしくお願いしますよ」正統派幼馴染が言う。「3──」
『……ま、なるようになるわよね』諦めたように金髪が言う。「2──」
「す、すいません!遅れましたぁ!」うぃーん、という音とともに空いた扉から少女が駆け込んでくる。「1──」
「んッ──」正統派幼馴染はモニターから振り返り、少女のほうを見る。
「これはまた──」呆れたように地味系幼馴染がつぶやく。
「今、どういう状況で──」駆け込んできた少女──おっとり系幼馴染は息を切らせながら聞いた。
「0──」銀髪が冷静に読み上げる。
──その刹那。否、より正確に言うならば、彼女が「ゼロ」を告げるため口を開こうとしたその瞬間に──漆黒の機体は、急激に跳ねた。
ヘリコプターとは思えぬ鋭角の回避機動で衝突を避けた二機のヘリコプターは、無茶な機動のツケを払うがごとき減速で気流を大いに乱し、フラフラと揺れながら緩い旋回でお互いの頭を突き合わせようとする。
「ほぅら見ましたか、ワタシの超絶的テクニック!」黒髪が興奮したように叫ぶ。
「……ッはぁぁ……」金髪が大きな息を吐いてシートにもたれかかる。
「……BHFO、ねぇ……」綾乃はすれ違う際に読み取った機体のロゴマークを呟いた。
「……ああ、やっぱそうなの」金髪は面倒くさそうに言うと、通信機の耳を片手で抑えながら電波越しに正統派幼馴染を呼び出す。「聞こえてるわね?相手はタケウマどもだってさ」
『ええ……』通信機越しの声。頷くような気配があった。
「なによ、タケウマって……」綾乃は首をかしげる。
「それより誰も褒めてくれないのが悲しいですよワタシは」黒髪が言う。
「うっさいわね、みんなしてグダグダ言うんじゃないわよ」金髪が頭を振った。
「ええー、ちょっとくらい褒めてくれてもいいじゃないですかー」黒髪は不満げである。
「あーはいはい、すごかったわねーはいはいはい」金髪はやる気なさそうに褒める。
「はー、まあそれで納得しておきますよ」黒髪は操縦系統をせわしなく動かしながら言う。
「……そんで?なんなのあいつら」綾乃は操縦席の間から首を突っ込んだ。
『竹馬の友機構』通信機越しに正統派幼馴染が言う。『我々とは違う思想を持つ──敵対的組織です!』
「来るわよ!」金髪が短く警告した。闇夜烏とすれ違った銀色の巨大ヘリは、すでに態勢を立て直し、その腹からのぞいた太い回転式多砲身機関砲の銃口をぴたりと黒塗りのヘリに向けている。
「撃ってくださいよ」黒髪は気負いなく言う。「そうすれば─こっちも撃てるッ!」
瞬間。黒髪の手は、素早く二つのスティックを倒す。
──そして。黒光りするガトリング砲の筒先から最初の火箭が吐き出されるのと、黒き烏が闇夜にその身を躍らせるのとは、まったくの同時であった。
回転りはじめた砲身が河のごとき火箭を垂れ流すその上を、闇夜に飛ぶ狂った烏は飛び越していく。
「発砲確認ッ!」金髪がヘッドセットを抑えながら悲鳴のような声で叫ぶ。
『敵幼馴染兵装の兵装使用を確認しました!!』正統派幼馴染がノイズ交じりの声を響かせる。「これより対CFウェポン作戦は積極的攻撃段階に移行、攻撃兵装の使用を許可します!!」
「ほい来たぁ!」黒髪が高らかに笑い、計器盤の末端に張り付いた赤いボタンを叩き込む。「燃えろレンコン!CFロケット、全弾ぶっ放せーーッ!!」
「えっ!?こんな位置から撃っても当たるわけッ──!!」綾乃はフレームに直結された手すりを掴んで姿勢を保ちながら、黒髪の行動に驚きの声をあげた。
「甘いですねえ綾乃さん!CFウェポンの真価はここからですよ!」
黒髪がそう笑うが早いか、機体の両翼にぶら下がった二つの巨大レンコンから吹きあがる炎と共に放り出された十数発の弾頭は、激しいの炎を撒き散らしながら急激に方向を変えた。
「誘導弾!?ロケットじゃなくてミサイルじゃないの!?」綾乃は目を剥いて操縦席の間に首を突っ込んだ。
「細かいですねえ!あんまり気にすると髪の色が抜けますよぉ!」
「どういう理屈よ、もう……」綾乃は首を操縦席の間から引っこ抜いて座りなおした。
漆黒のレンコンから吐き出されたCF誘導式ロケット弾の群れは、白い雲の帯を引いて闇夜を翔け、月明かりを反射してきらめく銀色のヘリめがけ突進していく。
──と、闇夜烏の攻撃になすすべもないかのように見えた銀色のヘリだったが、その機体の側面から……いや、側面に装着された円筒から突如火が吹き上がり、黒い弾が飛び出す。
発射された弾は夜空に舞い上がり、銀色の機体に殺到するロケット弾めがけて飛翔した。
激突。
眩い閃光を放ち、両機の放った誘導式ロケット弾は夜空の華と消える。
「ヒュウ、迎撃弾ですか!大したものですが、連発はできないはずです!次弾で墜としてやりましょう!」黒髪が楽しげに笑う。
「……いや、ロケット弾は今あんたが撃ち尽くしたでしょうが」金髪は額に手を当てながら苦々しげに言った。「もっと弾を節約しなさいよ」
「はっはっは、これは失礼!ですがまだこの機には武装があると見ました!それでどうにかなるでしょう!」
「……まあ、あるけどさ……」金髪は溜息をついた。「火器管制はあたしがやるから、あんたは撃つんじゃないわよ」
「ええー、撃たせてくださいよぉ……」黒髪はぼやいた。「まあいいや、操縦は任せてください!」
「そうしなさいな」金髪は頷いた。「んで、綾乃!」
「ん、なに?」呼ばれた綾乃が反応する。
「後ろにいろいろ積んであるから適当に引っ張り出して撃ってなさい」
「適当な指示ねぇ……」綾乃は肩をすくめた。「ま、いいわ。わかった」
沈みかけの月明かりを反射して薄く灰色に光る爆発の残滓の中を縫って飛ぶ両機は、大回りの機動を経て再度相対し、薄い火箭をばらばらと交わす。
綾乃は機体側面のハッチから身を乗り出し、機体後部のラックに吊るされていたライフルらしき銃を適当に撃って弾を浪費していた。
「ちょっと綾乃、まじめに撃ちなさいよ」金髪がたしなめる。
「撃ってるわよ。でもあのヘリ装甲かなんかしてるんじゃないの?当たっても弾かれるんだけど」
「さすがはCFウェポンですねえ!そのライフルでも13ミリ相当の威力があるはずなんですが……抜けませんか!」操縦桿を倒してガトリング砲の弾雨を避けながら、黒髪が笑う。
「じゃあこいつにもあるの、そういうやつ?」綾乃は機体のフレームをぺちぺち叩きながら聞いた。
「ないわよ」金髪が端的に答える。「そんなもん積む予算も、なにもかもね」
「予算じゃあしかたないですねえ!」黒髪が笑った。
「……まあ、そのかわり武装はたっぷり積んである、はずよ……?」金髪はトリガーを引いて機体下部から飛び出した電動旋回機銃をばらまく。弾き飛ばされた薬莢が夜空を舞い、発砲炎で一瞬赤く輝いては落下し、黒くなって眼下の市街と一体化していく。「……ッち、本当に12.7mmじゃ抜けないじゃない。どんだけつぎ込んで作ってるのよまったく」
「なんかいい感じのやつないの?」綾乃は執拗に敵ヘリのローターブレードを狙って撃ち、姿勢制御を邪魔しつつ聞く。「ぶち抜かないとらちが明かないわよ」
「あー、あるんじゃない?そのライフル以外にも後ろにいろいろ吊ってあるでしょ」金髪は操縦席から振り向いて指さす。「そのロケランとかさ」
「え、これ?」綾乃はラックに掛けられた長い筒を手に取った。「ロケットって装甲相手に使うもんだっけ?」
「そうよ?戦車にぶつけるって、聞いたことない?」金髪は隣の黒髪に指示を出す。「ハッチからロケラン撃つからあっちに腹向けて」
「はぁい」黒髪は操縦桿を弄り、急な角度でヘリに尻尾を振らせる。「綾乃さん、バックファイアで中を焼かないでくださいよ~」
「わかってるわ、大丈夫」綾乃はスコープを覗いて敵ヘリのローター基部に狙いを定める。「いい?」
「いつでもどうぞ~」黒髪は頷いた。
「じゃ、撃つわ」
綾乃は照準の定まったロケランの引き金を引く。激しい光が周囲を照らし、炎を曳いたロケット弾が筒先から飛び出すのと同時、尾部から噴き出したバックブラストがハッチを抜けていく。
噴炎を散らすロケット弾はまっすぐに敵ヘリめがけ突進する。
迎撃弾は読み通り使い果たされていたのか、取られるのは迎撃ではなく回避の挙動。
しかし──
「させないわよ、っと──」金髪の操る旋回機銃から吐き出された弾丸の雨がローターを滅多打ちにし、機動力を奪う。
そして、高速のロケット弾が弾雨をぬって飛翔し、ローター基部へと直撃。
炸裂──。噴炎よりもはるかに巨大な火の玉が、一瞬にして巨大な銀色のヘリを呑む。
巨体を支える計八枚の二重反転ローターは無残にも曲がり、吹き飛んだ。
いかな超兵器と言えどもヘリコプターはヘリコプター。羽根を失った鳥は、地に墜ちるのみ。
羽根を失ったローターから黒煙を吹いたまま高速で落下していった銀色のヘリは、眼下の路上に激突、爆発炎上し四散した。
「……ねえ、大丈夫?私殺人罪とかで警察に追われない?」ふと正気に戻った綾乃が聞いた。
「平気平気、その辺はどうとでもなるし……それに、これくらいじゃ死なないわよ、連中。自分に当てはめて考えてみなさいな?」金髪は軽い調子で首を振った。
「あー、なるほどね……」綾乃は頷いた。この程度では死にそうもない、ということは確かに納得できそうな気がしたのだ。
「では、航路を戻しますよ」黒髪が言う。
『戦闘の終了を確認。お疲れさまでした』通信機越しに正統派幼馴染が言う。『遅刻者の折檻は済みましたので指揮に戻ります』
『うう、ひどいですよぉ、ボス……わたしアラートが鳴ったから急いで飛んできただけなのに……』わざとらしい泣き声まじりに言うのは、おっとり系だったりおどおど系だったりする腹黒系幼馴染である。
『いいからあなたは座ってなさい』正統派幼馴染が言う。
『うう~、いくらわたしが交渉謀事なんでもござれの敏腕交渉人美少女幼馴染だからってその扱いは酷いっても……』
ぶつり。
『失礼、こちらから妨害電波が出ていたので遮断しておきました』正統派幼馴染が取り澄ましたように言う。『あの交渉しか能のないアホウにはラジコン遊びでもさせておきますのでご安心ください』
「うんまあ、いいけどね……」綾乃はぼやいた。
「そうね、何度も襲撃してくるなんてことはないでしょうし」金髪も疲れたように言う。
「おっと、そいつはフラグですよぉ!」黒髪は変わらず楽しそうにしている。
「何よフラグって、そんなわけ……」
『前方、一時方向、距離およそ3000に不明機あり。機体規模は巡洋艦級と推定』冷静な銀髪の声が、金髪の言葉を遮る。
「職人芸ってやつですか?」黒髪がからかうように言った。
「うっさいわね!」金髪は不機嫌そうに言ってトリガーに手を掛けた。「どうせ撃ってくるんでしょ!それならすぐに撃つわよ!」
『言うまでもないかもしれませんが、相手が撃つまでは控えてくださいね』通信機がノイズ交じりの声を届ける。
「わーかってるってーの」不機嫌そうな金髪の返答。
と、突如通信機にノイズが走る。本部からの通信に混ざるそれとは違う、異質な音声の乱れ──
『へろーへろー、こちらは幼馴染空軍第26空中艦隊、第一戦隊旗艦、一等空中巡洋艦【あらかわ】である。当艦の前方を飛行中の不明機に問う。貴機の作戦目的を応えられよ。返答なくば破壊行為を行うものとみなし、治安維持のため撃墜する。繰り返す、こちらは……』
無線に割り込んだ声は、少女の声でそう告げるのだった。