道中解雇したおっさんが怖いことになってた
メリバ要素が強いかもしれません
タイトルと内容が微妙に剥離してるかもしれないようなしてないような
1、独りよがり
魔王と対峙する前、勇者は生まれて初めて我儘を言った。
「おっさん、此処でお別れしよう」
逆立った短髪、釣り上がった気の強そうな目。
勇者は今日で18になる。誕生日を二人で祝う夜、それが最後の時間だった。
「……は」
寝耳に水といった拍子で、おっさんと言われた中年の騎士は勇者に聞き返す。
「趣味の悪い冗談はよせよ」
「おれは本気だ」
「…」
嫌な無言だ。勇者は俯いている。野営の篝火は闇で黒々としており、不吉さが増す。
「もうすぐあいつらと対峙するんだろうが、この状況でなんで俺を解雇しようとしてんだよ、正気か?」
怒りが混じる。
騎士の言うことは最もだ。未知数の敵に挑む直前に戦力を減らすなど自殺行為に等しい。
「おれ、あんたより強くなったんだ」
ポツリと溢した一言に、騎士の身体が強張る。
「一昨日さ、この辺りの獣と戦ったときおっさん、酷い怪我したよね」
「それがなんだよ、もう完治しただろうが」
「おれ、あいつのこと倒せた。でもおっさんは倒せなかった」
「…」
「もう分かってるだろ、おれたちが今から戦わなきゃいけないやつ、あいつらよりずっと強い」
「…」
「血がいっぱい出て、止まんなくて、あんたが死んじゃうかと思ったんだ。」
「…甘いこと言ってんじゃねえぞ」
子供の癇癪だと思っているんだろう。諫めるような口振りだ。
勇者は口ごもる。
「青臭いガキが駄々こねるんじゃねえ。ただでさえお前は不安定なんだ。見てやれる大人がいねえとまずいだろうが」
「親みたいなこと言うなよ」
「親だろうが、俺が何年お前の面倒見てると思ってんだ」
「でももう俺に勝てないだろ!」
パッ、と。騎士は顔を見上げる、事実だ。言い返せない。
「お前、」
目を見開く騎士から目を逸らし、勇者はつよく唇を噛んだ。目の前の男のプライドに傷を与えるくせ、言った自分が苦しんでいる。
「足手まといなんだよ」
手が震えていた。
「このままだとあんた、絶対死んじゃうんだ」
「来るな、こっちに、おれと一緒に死ぬな」
悲鳴だった。
騎士は何かを言おうとし、止まる。
鈍い痺れが身体を襲い、崩れ落ちた。
電撃を受け倒れ伏す騎士に、目の前の勇者は俯く。鼻をすする音、涙まじりの枯れた声が漏れた。子供と変わらない。声変わりをしたばかりの声。
____そういえばこいつ、1番初めに覚えたの雷魔法だったな。
あの時もこんな風に泣いてたっけか。雷が苦手なくせ魔法で使えるようになっちまって、慣れるのに時間掛かったよなあ。
勇者の手が小さな結晶を握っている。
転移結晶、座標もあらかじめ設定されているようだった。
____こいつ、元から俺をこうするつもりで、
騎士は動けない。少し止んでいた、激しい怒りが蘇る。
獰猛な唸り声を上げた。土が付くのも気にせず暴れ回り、騎士は勇者を睨みつける。
怯えた子供の顔だった。
騎士の怒りが急に停滞する。どうしても怒鳴る気になれなくなってしまった。
勇者はしゃがみ、強く握った結晶を彼の胸元に当てた。
眩しい光がやんわりと周りを包み、抵抗する騎士の意識が薄れていく。
真っ白な視界の中、小さな、かすれた声がふと、耳元に囁く。
世界が平和だったらさ、あんたのこと、お父さんって呼んでみたかったな
父親みたいと慕うくせ、俺を一人で置いていくのか。
呪いをかけられた気分だった。
2、呪い
勇者に結晶を叩き込まれ、泥と土と汗でぐちゃぐちゃになった騎士はそのまま王宮に転移させられた。
それきりだ。起きてすぐ王の元に向かったが、その頃にはもう全てが終わっていた。
宮殿で勇者の勝利を告げる鳩が鳴いた。それと同時に付近の哨戒兵から、対象の場で大きな爆発が起きたとの連絡があった。魔王城は跡形もなくなったと。
魔王は封印され、世界は平和に満ちた。
人々は無邪気に喜び、外はパレードの狂騒に満ちている。
しかし勇者の消息は不明だ。騎士は何度も王に捜索を依頼した。
王は冷静だった。
「あの爆発の中で、あの少年が生きていると思うか」
今にも狂乱しかねない騎士を嗜めるように、なるべく深刻なダメージを与える言葉を踏まないように、王は極めて慎重に声を発した。
「しかし、」
「城付近に魔王派の残党が居るかも知れぬ。其方に探索を依頼しよう」
騎士は一切の他の何にも目をくれず、ただ勇者がいるかも知れない場所へ向かう。
同僚は腫れ物を触るかのように接した。
彼の痛みも分かる、しかしその身に有り余る動揺と憔悴は、騎士としてあまりいいものではない。
少し休んだ方が、
隊長、あまりにも顔色が、
疲れてるのでは、
騎士には何も聞こえなかった。彼の脳裏にはあの別れ際の呪いだけがあった。
3、ゆるせない
拍子抜けのように、勇者だった子供はあっさりと見つかった。
ひどい火傷塗れで転がっているのを、近くの集落が保護していたのだそうだ。
あの爆発に巻き込まれた村の子供なのだと思っていたと、長は捜索班に語った。
ベッドに力の入らない身体が寝そべっている。
包帯で覆われ、少し焦げ目はついているが、髪と目の、ほんのりと輝くような色はまだそこにあった。
回復魔術の紋様が体に張り巡らされ、そのうち意識も取り戻すらしい。
身体には手足がなかった。
爆発の影響で壊死しており、もう手遅れの状況だったらしい。呪術医が切り落としたのだそうだ。
騎士は寝息を立てるベッドの達磨を見つめる。一言も喋らない。
周りのものは気遣い、テントを出ていった。
医者と、子供と騎士。三人だけが残っている。
「頭も大きく損傷している。お前が望むこいつの人格が目覚めた時残っているかはわからない。それでも起こすか?」
起こす、騎士は言った。
口の悪いくせ、お人好しの勇者はよく人を救った。
この村もそうだった。
蔓延する奇病を治療するため、騎士の静止も聞かずに薬草を探し回った。
冷徹な判断のできない子供だった。
そしてその優しさは、近しい男の心を今もなお蝕んでいる。
「二人きりにしてくれ」
騎士の願いを医師は断る。
「今のお前はこいつを殺しかねん」
剣呑な目をしている。
呪術医は鋭く、正直な男だ。
医師は二人の間に何が起きたのかは知らないが、何かがあったのは分かるらしい。
「少し頭を冷やせ」
返事はなかった。
騎士は子供を見つめている。
もう少し安静にさせておくべきだという医師の諫言を退け、騎士は王宮に子供を連れ帰った。
赤子のように布に包まれた姿に、年老いた王は息を吐く。無事で何より、とは言い難い姿だった。
「外に出せる姿ではないな」
生きていたとして、この状態のまま祀り上げるわけにもいくまい。王は冷静だった。
「俺が」
「俺が面倒見ます」
「金もいい、場所もいい、俺がこいつを世話します」
この子供をどうすべきか、自問していた王の目に跪き、俯く騎士の表情は見えない。
旅に出る当初の、男の豪胆な明るさはすっかり失われていた。
4、うそつき
随分長い夢を見ていた気がする。
揺蕩う感覚が身体を離れ、緩んだ頭が現実を取り戻していく。
柔らかいベッドの感触と共に、少年は意識を取り戻した。
(ここ、どこだろ)
まだ、少し整理を必要としている頭が動く。
動こうとして、ぴりりと体の節が痛む。何だか動きづらい。手を伸ばそうとして、気づいた。肘から先がない。足も腿から先がない。動けない。
身体の変化に戸惑い、思考がぐるぐると回る。何かを思い出しそうで思い出せない。頭の中の、絶妙なところに霧があるようだ。
ふと、一つだけ思い出す。これだけは忘れちゃいけないと、脳が告げている。
____そうだ、おれ、大切なひとと喧嘩しちゃったんだ、謝んなきゃ
____でも、誰だっけ、そいつ、どんなやつだっけ
戸の開く音がした。足音。
誰かがベッドに歩み寄る。少年は首をもたげ、そっちを見た。包帯に覆われ、視界が悪い。
上手く喉から声が出ない。どうやるんだっけ?長いこと使ってなかった気がする。
「だれ?」
おれ、こんな情けない声だったっけ。赤ちゃんみたい。大丈夫かな?
大きな男の人が入ってきた。誰だっけ?背が高くて大きい。
あれ、全然髭手入れしてないじゃん。ぼさぼさだ。ちょっと整えてる方がかっこいいのに
____あれ?なんでおれこの人のこと知ってるんだろ。
あったことあるんだっけ、
男の人は返事せずにじっと見てる。怖い顔して。おれのことぎっとにらんで、何にもいわない。嫌いになっちゃったのかな
なんか、この人に嫌われるって思うのやけにこわいな。なんかやな気分。
「おれがわかるか」
声がガラガラだ。水分取ってないのかな。急に心配になった。すごく疲れてるみたいだ。
「おじさん?」
だって見るからにおじさんだし。名前わかんないし。
でも、俺がそういった瞬間おじさんはひどく傷ついたみたいだった。そう呼ばれるの、あんまり好きじゃないのかな
唐突に、大きな指が少年の頬を伝う。下手な触りかただった。どこか懐かしい感触で、くすぐったさに身を竦ませる。確かめるように、男は目覚めた顔に何度も触れた。
「おじさん」
親に褒められる子供のように、子供は自身を撫でる手に頭を寄せる。
「おじさん、おれのなんだったの」
初めて会った気がしないし、怖いと思ったけど優しいし。
もしかしておれのお父さんなのかな?
_____そうだ。
肯定の声。
お前は怪我して暫く入院してたんだ。目が覚めて良かった。
勇者だった子供の心身から、誰にも、当人にすら気付かれないようゆっくりとその肩書きを剥がしていく。
意味のない嘘でしかないそれを、男はつらつらと口にしていった。
「じゃあおじさん、おれのお父さん?」
「そうだ」
「そうなんだ」
「そうだ」
「おじさんって他人みたいに呼んでごめんね」
「気にするな」
「ごめんね」
「謝らなくて良い」
でも、
子供はポツリとこぼす
「なんだかもっと、たくさん謝らないといけない気がするんだ」
「何にだ」
「いろんなこと おじ…お父さんに謝んなきゃって思ってる。思い出せないけど、けど、お父さんのことすごく傷つけちゃった気がするんだ」
また、ごつい手のひらが頭を撫でた。気持ちがいい。前はあんまりこう言うことしてくれなかったのにな。
「悪い夢を見ただけだよ」
____優しい声色だった。相変わらず目は険しかったけど、なんとなく、おれには怒ってないように感じた。
「一緒に帰ろう。おいで」
手足がないから、抱き上げて連れて行くらしい。
宙ぶらりんになった浮遊感から逃れ、子供は男にしがみつく。あつい、心臓の音。鼓動、脈動。
昔、この音を聞いた気がした。手を伝うように、耳に届く近さで。
それを聞いた時、父は何か言っていた気がする。汗だらけで、泥でぐちゃぐちゃで、こっちを睨み付けていて、
怒鳴り声が聞こえる。親が子供を叱るようで、悲しそうな、怒っているような、それで、おれは、ぼろぼろ泣きながら石を握りしめて、
「ヒューイ」
全てを遮るように、男は子供の名前を呼んだ。初めて呼んだ。慈しむように呼んだ。
「お前の名前だよ、また覚えよう。色んなことを教えるから」
「おとうさん」
「また俺と親子になろう。何も知らなくていい。何も思い出さなくていい。ずっと忘れたままでいい。」
「…うん」
子供は、それを受け入れた。自分が掛けた呪いに気がつかないまま。
広い肩に顎を乗せ、小さくあくびをする。
「眠くなってきちゃった」
「寝ればいいさ。家に着いたら起こすから」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
包帯越しに、額に唇をつける。
「愛してるよ、俺のヒューイ」
ベッドにはもう誰もいない。がらんどうの部屋に風が吹き込んでいる。
勇者の死が確認されたと、街の号外が嘆いていた。
遺体はないが、葬式は行われる。盛大に見送られるのだろう。
鮮やかなパレードの紙吹雪が舞う。
たぶん、ほんとに勇者は死んだんだろう。
こじんまりとした子供が笑っている。
ここにいるのは幸せそうな、がんじがらめの親子だけだ。