第9話 回復薬を作成しました
「ルーカスさん、今、少しだけよろしいですか?」
裏庭の一部を整地した翌日。
私は裏庭の狭い範囲にびっしりと植わっている薬草の一部を摘んで、何種類かの回復薬を調合してからルーカスの私室を訪ねていた。
ノックしてからしばらくすると、髪をぼさぼさにして目の下にクマを作ったルーカスが扉を開けた。
「――ああ、エアルちゃんか。散らかってるけど、いいかい?」
「ええ、構いませんよ」
「ではどうぞ。その辺にくつろいでいてくれたまえ」
「はい、お邪魔します」
部屋に入ってすぐ目に留まるのは、事務机に山積みにされた書類の束だ。
見るに、どうやら不眠不休でことに当たっているらしい。
近場のソファに座って部屋の中を眺めていると、テーブルに紅茶の入ったカップを置いたルーカスが向かいのソファに腰かけた。
「いやあ、汚くて悪いね。年頃のお嬢さんをお迎えする部屋ではないだろう?」
「いえいえ、それだけルーカスさんががんばっているという証拠ですよ。それよりお土産を持ってきていまして……先にお渡ししておいたほうがよさそうですね」
「……お土産というと、それかな?」
ルーカスが視線を向けたのは、私がテーブルの端に置いていたグラスだ。
中には薄い黄緑色の液体が少量入っている。
「はい。飲むと疲労が抜けると思いますよ。まあ、話で聞くよりも実際に体感してみてください」
「栄養剤か何かかな? なんにせよ、エアルちゃんがせっかく持ってきてくれたものだからね。ありがたくいただくとしよう」
グイっと呷ったルーカスは、一瞬間を置いて目を丸くする。
「こりゃあ、すごい……! いや、すごいなんてものじゃないっ!! まるでなんらかの魔法で身体が癒されているかのようじゃないか!」
「ふふ、喜んでいただけたようで何よりです。今飲んでいただいたのが体力回復薬というもので、こちらがその固形タイプ。そして、これが魔力回復薬でして――」
「待て待て! 裏庭を借りて何かしているんだろうとは思っていたが、もしかしてそれを作っていたのかね?」
「はい。今後のことを考えると、備えておいて損はないと思いますよ」
私の言葉を聞いて、ルーカスは目つきを険しくする。
「……やはり、君もそう思うかい?」
「ええ。今回のことは、間違いなく人為的な手を加えられています」
そう肯定しながら紅茶を口に運ぶ。
私がそう思ったのにはいくつかの理由がある。
まず、自然に魔物が発生や繁殖をするにしても、その数が増えすぎている点だ。
それだけでは決定的なものとは言えないが、それに被害件数を照らし合わせるとおかしな部分がいくつも出てくる。
その一つが発生した魔物の種類と被害の規模の矛盾だ。
例えば、数体のゴブリンが人の集落を襲った場合、知能の低いゴブリンはある程度の抵抗を受けただけでは止まらず、自らの身の危険を顧みずに襲い続けるだろう。
今回被害にあったという集落は、ちょうどそのときに冒険者は疎か戦える者すらほとんどおらず、魔物たちにとっては恰好の的だったはずだ。であるにもかかわらず、ゴブリンたちは途中で何かに呼ばれたかのように動きを止めて、一斉に集落から退いていったという。
知能の低い魔物とは思えない明らかにおかしな行動。
となれば、そこになんらかの意図が介入しているのは間違いないはずだ。
「私としても今回のことについては探りを入れてみるつもりです。ルーカスさんにお願いしたいのは、この液体の回復薬を入れられる容器を大量に用意しておいてもらいたいということです」
「なら、こういうのはどうかね?」
ルーカスがテーブルに置いたのは、小ぶりの水袋と細長いガラスでできた小瓶だった。
「これは試験管といってね。私が魔術の実験をするときによく使うものなんだ」
「ええ、ちょうどいいサイズで、持ち運びにも便利そうです。……自分用に何本かいただいても?」
「もちろんだとも。あとは……そうだな、試験管が入れやすいポケットの付いた服でも用意させようか?」
そう言われて、自分が着ている服に目を向けると、最初にこの家に来たときに見繕ってくれた可愛らしい女の子用の服のままだったことに気づいた。
私は苦笑しつつうなずいた。
「はい、お願いします」
◇
「ふむふむ、こんなものもあるんですね」
昼過ぎになって冒険者組合に行った私は、何枚もの依頼書が貼ってある大型のボードとにらみ合っていた。
そうして眺め始めてしばらく経つと、対象の場所が南西方面となっている依頼書を発見する。
「なになに、『街道付近で、餓狼を名乗る盗賊団が現れ被害が多発しています』と、『首領の名前は血濡れのガヴィーノだと判明し、これを討伐または生け捕りにした場合は、通常の達成報酬に加えて以下の報奨金をお支払いします』ですか。なるほど、ルーカスが頭を抱えていたのはこのことですね」
依頼書を見つけるまではいいものの、冒険者見習いでは当然だが盗賊団の討伐依頼など受けられない。とはいえ、内容さえわかってしまえば依頼を受けなくても討伐自体は勝手にできる。
そうして私がいつもの採取依頼をついでに受けてギルドを出ようとすると、一人の冒険者が声をかけてきた。
「君! エアルちゃんだったよね。もしよかったら、この前の塗り薬を売ってくれないかな?」
この人は確か、昨日負傷者を治療したときに周りにいた冒険者の一人だ。
折よく在庫に余裕ができたことだし、少しぐらい分けても問題はない。
ただ、周りの目もあることだし、タダで渡すというのもよくないだろう
「では、銀貨一枚でどうでしょう?」
「ほ、ほんとにそれだけでいいの?」
「もちろんです。お気持ち代ということで」
「助かるよ。じゃあこれで……。うん、ありがとう」
笑顔で手を振って立ち去る冒険者の少年。
ふむ、いいことをするというのは気分がいいものだな。




