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第31話 過去との違いに気づきました

 魔人を討ち倒した私であるが、アカシックレコードへの接続とウリエルの行使によって魔力切れ寸前となり、体を動かせなくなっていた。

 力の入らない足で倒れるように両膝をついて、そのまま休むことにしたのだ。


 ポケットをまさぐると試験管が割れていたので、代わりに丸薬を取り出して口に含む。


 「はあ……。もっと消耗の少ない魔法を探さないといけませんね。……さすがに疲れました」


 いくら大量の回復薬や強力な魔法といった手段があったとしても、使い手が私一人では限度が出てくる。今回は相手の魔人が単独で動いていたので事なきを得たが、次はどうなるかわからない。

 いずれにしろ、こうして表立って魔族と直接的に敵対してしまった以上、使える手駒を増やすのは急務であるし、どこか落ち着ける場所も探さなくてはならない。


 「やはり、この地を離れて、どこかに身を潜めるのが妥当な選択ですかね……」




 そんなことを考えながら座り込んでいると、森のほうから何者かが近づいてくる気配を感じた。

 緩慢な動作で後ろを振り向くと、そこには息を切らした様子のミアがいた。


 「ミア、さん? どうして、ここに……」


 私と視線が合ったミアは、顔を引きつらせて一歩後ずさる。


 とはいえ、まあそれも当然の反応だろうな、と私は思う。


 そもそも生き物とは、自分の力が及ばない存在に対して恐れを抱くものだ。

 今でこそ、人々は神や天使を敬い信仰の対象にしているが、畏怖という言葉があるように、畏敬の対象として崇められるか、恐怖の対象として恐れられるかは紙一重だといえる。


 それどころか同じ人間同士であろうと、肌の色や体の形、筋力や知力の差で、迫害・友好・恭順・排斥・服従と、様々に態度を変えるものだ。

 為政者であればなおのこと、私のような存在を放置して、自由気ままに超常の力を振るわれたとあってはたまったものではないだろう。

 そう考えれば、ミア個人として、領主の娘という立場からしても、私に恐怖心を抱いたところでなんらおかしなことはないのだ。


 そうやって私が一人納得していたところで、ミアは予想外の行動に出た。


 慌てて止めに入る妖精たちの制止を振り切ると、あろうことか森からこちら側に進み出て、まだ高温に晒されている焦土の大地に足を踏み入れたのだ。


 ジューっと焼け焦げる音が鳴り、靴裏から煙が立つ。

 ミアは苦しげに顔をしかめるも、それでも歩みを止めずに進んでくる。


 「ちょっ! ミアさん、何をやっているんですか!?」


 「……回復薬を、持ってきました」


 足裏を高温で焼かれて、踏み出すたびに激痛が走っているはずなのに、ミアは無理に作っただろう笑顔を向けてきた。


 「……私には、力がありません。兵士や冒険者の方々に戦いを任せ、お父様や妖精のみなさんに守られ、こうしてエアルちゃんに街を救ってもらって――」


 ミアはこぶしをグッと握りしめる。

 爪が食い込んで滲んだ血が滴り落ちていく。


 「……なのに、私は怖いと思ってしまったのです。魔人が現れたときは、大事な場面で動けず、ここに来るときには、あまつさえ、私たちの代わりに戦ってくれているはずのエアルちゃんに対して、恐怖を感じてしまいました」


 ミアの頬を涙が伝って零れ落ちる。


 「……自分でも最低だと思います。だって、怖いと感じるのは疑うのと同義ではありませんか。命の恩人であり、魔法の先生であり、大切な友人でもあるエアルちゃんを疑うなんてもってのほかです。ところが信じたいと思う一方で、どうしても恐れてしまう自分がいる、私はそんな自分を許せなかった」


 つらつらと語るミアの声は悲痛な響きを帯びていた。


 「ですが、今エアルちゃんと改めて対面して、何もかも完璧にこなしているように見えたエアルちゃんでさえも、私たちと同じように傷つき、悲しむのだとわかったのです」


 「……私が傷ついている、と?」


 「おかしな話ですよね。そんな姿を見て、安心してしまうなんて……」


 そう語りながらすぐそばまで近づいてきたミアは、私の背中に手を回してギュッと抱きついてきた。


 「ごめんなさいエアルちゃん。もう迷ったりしません、疑ったりしません。ですからどうか、こうしてそばにいることをお許しください。まだまだ弱く守られてばかりで、何もできない私ではありますが、苦しいときこそ寄り添わせてください。その辛い気持ちを私にも分けてください」


 ミアに抱きしめられて、私の瞼から自然と涙が溢れてくる。


 そこでようやく気がついた。

 目覚めたときから前世の記憶があり、見た目などに多少の違いはあれ、自分の心は、魂は、かつてと変わらないのだと思っていた。いや、そう思い込んでいた。

 ――だが、違ったのだ。

 いくら表面上は気丈に振舞えたとしても、それは自分の心に蓋をして誤魔化しているだけでしかなかった。私は、この体で生きている今の私は、一人で生きていけるほど強くはないのだろう。


 されるがまま抱きしめられていた私は、ミアの背中にそっと腕を回して抱き返す。


 「……私は今、そんなにひどい顔をしていますか?」


 「――ええ、ええ」


 「そう、でしたか。……ではお言葉に甘えて、もう少しの間、胸をお借りしても?」


 「はいっ、もちろんですわ!」


 私はミアの胸に顔をうずめると、感情の赴くまま嗚咽を漏らして泣き崩れた。

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