第3話 ご招待にあずかりました
「エアルちゃん、何か気になることでもありましたか?」
ミアに声をかけられて私はハッと意識を戻した。
どうやら思考に沈んでいたせいで会話が途切れてしまったようだ。
「すみません、少し考えごとをしていました」
「何か悩みがあるならお姉さんに言ってごらんなさい。相談に乗りますから」
「……はい、ありがとうございます。実は――」
そこで私は、私自身があの森にいた経緯や、先程までの質問のわけを話すことにした。
もちろん自分が神族であることは隠し、その部分は記憶喪失ということで誤魔化してである。
私の話を聞いたミアは沈痛な面持ちでうなずいた。
「なるほど、そういう理由があったのですね。ええ、おおよその事情はお察ししますとも。――やはり名を馳せた冒険者で……壮絶な戦いの果てに、ですか」
最後のほうはボソボソとして聞き取れなかったが、納得はしてもらえたようだ。
何か勘違いが起こっているような気がしないでもないが、とりあえず話を進めることにする。
「たぶん森の中で不注意に転んでしまったか、枝にでもぶつかって記憶が飛んでしまったんだと思います。なので、これからどうしていいかもわからなくて」
「でしたら、うちにいらしてはいかかでしょうか? ちょうど歓迎しようと考えていたところですし、空き部屋も大量にあるので遠慮は必要ありませんよ。……ああっ! それならいっそのこと、お父様に頼んで養子として引き取り、私の妹にでもしてしまえば――」
「ミアさん!? ミアさんちょっと落ち着いて!」
「――ミーアお嬢様、少しよろしいでしょうか?」
暴走を始めたミアを私が必死に止めようとしている間に馬車がガザムスに到着したらしい。コホンと一つ咳ばらいをしたミアは、乱れた衣服を素早く整えると凛とした表情で馬車から降りた。
この辺りはさすがご令嬢だなぁ、と感心して眺めているうちに、衛兵と話を終えたミアが馬車の中に戻ってきた。
「エアルちゃんの通行許可も取ってきました。ようこそガザムスへ。領主の娘として歓迎しますわ」
「こちらこそよろしくお願いします」
ニコッと笑って差し伸べてきた手を取り、私もほほ笑み返すのだった。
◇
ガザムスは商業都市というだけあって活気に溢れた街のようだ。
人やものが頻繁に行き交い、通りの左右には様々な店がひしめき合っている。
その道の中央を私とミアを乗せた馬車が悠々と進んでいく。
人々は馬車の存在に気づくと歓声をあげ、ミアは窓から手を振ってそれに応えている。
「ミアさんはずいぶん人気なんですね」
「ふふ、驚きましたか? もしかしてエアルちゃん嫉妬しちゃってたりして」
なんて、冗談を言っているうちに馬車は人通りの多い道を抜けて、街並みを見渡せるような小高い丘に敷かれた坂道を登っていく。
その頂上にある大きな屋敷の玄関前には、大勢の使用人たちがズラッと並んでおり、馬車が着くなり盛大に出迎えてくれた。
「「「ミーアお嬢様、お帰りなさいませ」」」
「ミーアお帰り」
「お父様!」
腕を広げた壮年の紳士にミアが抱きつく。
男はミアを抱きしめると頭を優しく撫でた。
「話は聞いたよ。本当に無事でよかった。……そちらのお嬢さんがミアを助けてくれた子かな?」
「はい、お父様。彼女の名前はエアル。私が森の近くの街道でレッサーウルフに襲われたときに偶然通りかかって、危ういところを助けてくれました」
「エアルです。よろしくお願いします」
「エアルか。うん、いい名前だね。私はルーカスだ。一応ここの領主ということになっている」
ルーカスはそう言って自分の紹介をしてから、深く頭を下げて礼を伝えてきた。貴族だというのに、素性の知れない私を見下す素振りは一切なく、物腰も柔らかで非常に謙虚な男だった。
ちなみにエアルという名は、誤ってエリアルという本名を言いかけたときに寸前で気づいて、なんとか誤魔化そうと必死に取り繕った結果である。
できればそこには触れないでほしいところだ……。
「お父様はガザムスの立派な領主です。そんなことを言っていると、またお母様に叱られてしまいますよ?」
「ははっ、そうだったね。こりゃあ失敗したなあ。そんなわけだからエアルちゃんも内緒にしてくれると助かるよ」
シーッと、人差し指を口に当てる素振りをするルーカス。
おそらく私が貴族の前だからと緊張しないように振舞ってくれているのだろう。
こうして同じ人間として接していると、今まで私が見てきた人間とはだいぶ印象が変わってくるな。もし、また天界に戻れるようなら、たまには身分を隠して下界に降りてみるのもいいかもしれない。
「ご配慮ありがとうございます。こういう温かい雰囲気はいいものですね」
「ありゃ、見透かされてしまったか。エアルちゃんはしっかり者だね。……おっと、恩人を立たせたままというのは失礼だったね。どうぞ中へ。積もる話はそれからしようじゃないか」
ルーカスに案内されて屋敷の中へと入っていく。
広くゆったりとした客間を与えられた私は、しばらくそこでくつろいでいた。
そうしているうちに夕飯刻になって呼ばれたため、豪勢な食事が用意された広間の椅子に腰をかけるのだった。




