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第28話 切り札を使いました

 「……一体、何もんだ?!」


 「ん、私ですか? ふむ、そうですね。ただのしがない冒険者、とでも名乗っておきましょうか」


 こちらをにらみつけてくる魔人に返答しながら、横目で周囲の状況を探る。


 魔人が落下したときの影響で、周辺一帯の地面の表層が吹き飛んだようだが、魔人自体へのダメージはほとんどないようだ。そもそも、リパルションという魔法に攻撃性能はないため、はなからそのような効果には期待していない。

 とはいえ、これでこの魔人の肉体の耐久性にも、ある程度の見当がつけられるというものだ。


 「はっ、くだらねえ冗談だなあ。てめぇがただの人間なわきゃねえだろうがっ!」


 「……まあ、あなたがどう思おうと勝手ですが、降伏しないのであればこちらからいかせてもらいますよ」


 話している間にも、異常に気づいたキング系の魔物たちが周りに集まってきていた。

 それを見て十分な戦力が揃ったと判断したのか、魔人がニヤリと口角を上げる。


 「降伏するのはてめぇの間違いじゃねえのか? おいザコども、時間を稼げ」


 「「オオォォォ!!」」


 襲いくる数多の怪物たちを前に、私は短剣に魔法を付与して中腰に構えた。


 「ウィンドブレード」


 刹那の間に無数の剣閃が走り、飛びかかってきた魔物もまだ遠くから近づこうとしていた大型の魔物も一緒くたに斬り刻まれて、周囲に血の雨を降らせていく。

 魔人の視界から外れた隙に、一気飲みした空の試験管を放りつつ、私はある魔法を発動させる。


 「アカシックレコード――――接続」


 私がいる位置を中心にして、立体的に浮かび上がる大小様々な魔法陣の数々に、魔人は目を大きく見開いた。


 「おいおい。なんだ、そりゃあ。……てめっ、まさか!」


 焦った様子で魔法の構築を急ぐ魔人だが、もうすでに手遅れだ。


 アカシックレコードとは、過去、現在、未来に至るまでのあまねく情報を記録した世界そのものの記憶のことである。

 そこにはすべての存在、あらゆる事象、一切の概念が分け隔てなく記録されており、定められた権限によって閲覧できる情報が異なってくる。


 元々神族であった私にも一定の権限が与えられていたが、ほかの神々や高位天使とは違って、引き出せる情報には多くの制限がかけられていたはずだった。ところが、妖精の森で念のために確認をしてみた結果、あるべき制限がなくなっていたのだ。

 不思議に思いよくよく調べてみれば、今の私が有している権限は最高神と同じ最上位のものになっていたというわけである。

 そこで、今回魔人と戦うにあたって、アカシックレコードの情報を片っ端から読み漁っていくと、いくつか有力な魔法が発見できた。

 それらの魔法は、本来なら神代の魔法使いが数人がかりでようやく発動できる難度の儀式形式専用魔法なのだが、今の私はアカシックレコードを経由することによって、膨大な魔力と引き換えに単独での行使さえも可能となっていた。


 私が魔法の選択を終えた直後、魔人の発動呪文を唱える声が響き渡る。


 「焼き払え! インフェルノォオオオ!!」


 激しい揺れを伴いながら地の底から紅蓮の業火が噴出し、魔人の背後で複数の巨大な火柱を噴き上げていく。

 魔人が右手のひらをこちらにかざせば、取り巻く火柱の一部が細い線のように集まり、燃え盛る火炎球体へと形状を変化させた。その熱量は通常の魔法の域を遥かに超えており、ただそこに存在しているだけで付近の死骸を焼いてしまうほどだった。


 だが、その深淵の領域に達した魔法でさえも、今の私にとっては脅威たり得ないものである。


 私が手のひらを上にすれば、そこにまばゆい光が生じた。

 そして、今回行使する儀式魔法の名でもある、かの天使の名を口にする。


 「顕現せよ。――ウリエル」


 魔法名を唱えた途端、手の上に浮かぶ小さな光が目もくらむほどに光量を増し、まるで恒星のごとき輝きを放ち始めた。


 光の正体は、ウリエルの権能により生み出した極小の疑似太陽だ。

 そのあまりの熱量によって、周辺の木々や死骸が一片の塵すら残さず焼滅し、私の眼前には見渡す限りどこまでも続く赤熱した大地だけが広がっていた。

 融解した地面は表層に出た端から蒸発しているらしく、今もあちこちで白い煙を上げている。


 「な゛っ、一体……何が?!」


 あらゆる物体が消え失せた空間で唯一生き残った魔人は、溶岩地帯に下半身を沈めたまま唖然と立ち尽くしている。

 すんでのところで展開した魔力障壁のおかげで、かろうじて持ちこたえた魔人であるが、体中の皮膚が溶けて血が滲んでおり、おそらく動くことさえままならない状態だと思われる。

 加えて、ウリエルの熱波は、インフェルノの魔法で噴き出していた極熱の火柱や圧縮された火炎球体をも焼き滅ぼし、完全に消し去ってしまったのだ。もはや、魔人に打つ手は残されていないだろう。


 私が自身の後方へ探知魔法を使うと、燃焼する多くの木々と大量の水蒸気により発生した深い霧が立ち込めているのが感じ取れた。

 ここへ来る前に、ガザムス方面にはあらかじめ多重障壁と強力な結界の防壁を築いていたのだが、ウリエルの余波はそれさえも突破して溢れてしまったようだ。ただ、幸いというべきか、保険で湖がある場所を挟んでおいたおかげで、影響は最低限に抑えられてはいるようである。

 とはいえ、これ以上時間をかけるわけにはいかないのもまた事実だ。


 私は疑似太陽を右手で掴むと、その腕を水平に振り動かす。


 「神の炎よ。――我が命に従い、形を成せ」


 振り切った右手に現出したのは、荘厳たる輝きを宿す焔の赤剣である。

 体を斜めに下げながら切っ先を後ろに向けて、剣の柄を両手で握りしめた。


 「あなたには聞きたいことが山ほどあるのですが、こちらも余裕があるわけではないので、これで終わりにさせていただきます」


 「おい、てめぇっ! なんだそいつは?! なんだその神性は?! あり得ねぇ、あり得るわけがねえぇぇ!! ……なぜまだそんなもんがこの時代に――」


 「――――はぁ!!」


 私が赤剣を一閃すれば、寸前で張られた魔力障壁ごと魔人の体が両断されて、上半身だけがゆっくりと地面へ落ちていく。

 ところが、影響はそれだけにとどまらない。

 私の前方では、斬撃が通過した軌跡を残すかのように、地面から立ち昇る煙や赤らんだ空さえも真っ二つに切り離され、色を失った空白の境界だけが薄っすらと彼方へ延びていたのだ。


 今見えた現象が、高温によって偶然生じた錯覚なのか、はたまた現実に起きた出来事なのかは定かではない。

 ただ、一つだけ確かなことは、私の目には紛れもなく、そのたった一度の斬撃によって、世界が斬り裂かれる光景が映っていたということである。




 ぐらりと落下した魔人の上半身は空中で崩れていき、地面に落ちる前に灰燼と化して消えていった。

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