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第25話 現れた黒幕(side:ミーア)

 side:ミーア



 ファイアトルネードで大量の魔力を消費した私は、近くの兵士から魔力回復薬の皮袋を受け取って少しだけ口にすると、目を丸くして手にした袋を見つめます。


 「……さすがはエアルちゃん特製の回復薬ですね。たったこれだけで半分近くも魔力が回復しましたわ」


 その呟きに、手渡してくれた兵士の方も同意してくれます。


 「ええ、その気持ちはわかります。私どもも最初に領主様からお話を伺ったさいには、ご説明されたほどの効能があることに疑いを持っていましたから。しかし、実際に口にしてみると、あのときご説明にあったことが寸分違わぬ事実だったのだと思い知らされました」


 「そうでしょうね。エアルちゃんは常識の枠に収まらないお方なのですから」


 「ミーア様は、その……エアル様という方をご存知なのですか? いや、冒険者たちに配ったときなのですが、エアル様の回復薬だと聞くなり疑いもなく受け取り始めたので少し気になりまして。何やら『聖女様の霊薬』や『女神様の聖薬』だのと口々に言っていましたが、もしや有名な薬師様だったりするのですか?」


 「いえ、エアルちゃんは冒険者ですよ。おそらく、この街に来る前からすでに名の知れた冒険者だったのでしょうね。この卓越した調薬技術は、そのころに習得したものなのだと思います」


 今聞いた内容から、エアルちゃんが冒険者たちから高い信頼を得ていることが窺えます。

 私と一緒に冒険者組合に行ったときには、もう動き始めていたということなのですね。

 こうして事実を知れば知るほど、エアルちゃんの準備の周到さに驚くばかりです。


 「……ミーア様。また何体かファイアストームを突破した個体が現れたようです。お願いしてもいいですか?」


 「ええ、この回復薬さえあれば何度だっていけますわ! いくらでも相手をして差し上げましょう!!」


 市壁付近に後退していた一般兵や冒険者たちは、回復薬の効果でほぼ万全の状態まで回復しています。

 四肢が欠損したり命を落としてしまわない限りは、体力回復薬を服用して時間を置けばなんとかなるのだそうです。


 魔法使いたちは三列になって交替をしながら、ファイアストームの壁を維持することで、下位および中位の魔物を寄せつけません。

 今最前線で戦っている上位勢の兵士や冒険者の方々には、あらかじめ丸薬を飲んで長期戦に備えてもらっています。弱った相手や厄介な個体がいたり、仮に前線を抜けてしまう魔物がいたとしても、私が優先して討ち取っているので市壁に近寄ることすら困難なはずです。


 こうして私たちは大きな被害を受けないまま、戦線を保持していったのです。





 開戦から一時間ほどが過ぎた辺りから、最前線で戦っている兵士や冒険者の方々にも疲労の色が見えてきました。


 決して魔法使いたちが手を抜いたり、油断をしたというわけではありません。

 そうは言っても、ファイアストームという大掛かりな儀式魔法を維持し続けるだけでも多大な集中力を要するため、状況に応じて波状攻撃と飽和攻撃を切り替えつつ対処しています。


 魔物側もいつまでも無謀な突撃だけを繰り返すのではなく、手を変え品を変え、考え得る限りの様々な手段でこちらの護りを突破しようとしてきます。

 飛行能力がある魔物が上空の熱気が薄い箇所を通り抜けようとしたり、火耐性を持つ魔物やメイジ系の補助を受けた魔物たちを盾にして炎や地中を突き進んできたりと、危機的状況になることも少なからずありました。

 そして、そういった作戦の合間も、常に一定数を犠牲にしながら突撃を継続することで、こちらの消耗を狙ってくるのです。


 たとえ種族は違くても、今現在仲間であるはずの魔物を平然と犠牲にしてしまう狂気的な行為に、私は恐怖を抱かずにはいられません。

 エアルちゃんの回復薬なしに、まともな方法でスタンピードを止める手段なんてあるのでしょうか?


 それでも私はこの戦いに勝機を見出しています。

 スタンピードといえども、無尽蔵に魔物がいるわけではないのですから。




 このままいけば勝てる、人々がそう希望を持ち始めたころでした。

 どこからか溢れてきた黒き闇が、上空まで延びていた火炎竜巻の防壁の一角をまるでぱくりと丸呑みするかのように、ファイアストームの一部を押し潰してしまう光景が視界に飛び込んできたのです。


 闇に満たされた空間をよく見てみれば、溶けて煮えたぎっている赤い地面の上を歩く人影が確認できます。

 息苦しさを感じるような濃密な魔力を持つ何者かが近づいて来る中、隣の兵士がぽつりと呟きました。


 「ミーア様、もしかすると……あれは魔人なのではないですか?」


 「……魔人、ですか?」


 ついさっきまでファイアストームがあった灼熱の大地を悠々と歩いて姿を見せたのは、頭部の左右に二本の捻じれた角がある男性でした。

 紳士服に身を包んでいて、黒くツヤのある毛皮の外套を羽織っています。


 魔人は周りで戦っている魔物たちを一瞥すると、乱暴に頭を掻き毟りました。


 「カーーッ! ったく、使えなねぇ奴らだなぁ!! チンタラチンタラやりやがって。いつまで経っても終わらねぇからわざわざ来てみりゃあよぉ、なんだこのザマは?! …………ま、所詮は能無しの獣ってことかぁ?!」


 「ザ、ザギオラ様ッ!? 今少しお待ちヲ! すぐにこ奴らを始末して――」


 「んだてめぇは!? ウザってー。人間ともどもくたばれや!」


 ザギオラと呼ばれた魔人は、ゴブリンロードの言葉を無視して右腕を左方向に引き絞るような体勢を取りました。

 同時にザギオラから迸る魔力が急速に高まり、黒炎を帯びるように体の周りで揺らめき出します。


 魔力の変化を感じて顔を青ざめさせた魔物たちが一斉に振り向く中、無防備になったその背中を兵士や冒険者たちがすれ違いざまに斬り裂いて、そのまま次々にザギオラへ向かって飛びかかっていきます。

 初めに跳び出した冒険者の剣が頭上に迫ろうかという瞬間、ザギオラは右手に魔法を乗せながら裏拳を振り抜きました。


 「ブリザードォオオ!!」


 ザギオラが腕を振るのに併せて強烈な冷気が発せられると、周辺にいる人間や魔物が見る見るうちに氷漬けにされてしまいます。


 あまりにも恐ろしい光景を前にして、言葉を失い立ち尽くしてしまった私に、隣の兵士が呼びかけてくれました。


 「ミーア様、お早く魔法の援護を!!」


 「は、はい! すぐに準備しますわ! デュアルマジック――」


 「遅せぇ」


 私が両手を広げて簡易詠唱を始めた瞬間、まだ遠方にいたはずのザギオラが突然目の前に現れたのです。


 「――なっ!?」


 「んなとろい魔法、撃たせるわきゃねぇだろ。ウスノロがっ!!」


 ザギオラの蹴りが迫るのを見て、私は思わず目をギュッとつむって死を覚悟しました。

 ところが、待てども痛みどころか、何かが起きた様子もありません。

 恐る恐る目を開けると、そこにはザギオラと対峙するお父様の後ろ姿があったのです。


 「大事な愛娘に手出しはさせないよ! ――タイムアクセル」


 お父様はザギオラとの距離を一気に詰めて左の貫ろ手を突き出すと、紙一重で避けて反撃に出ようとするザギオラを手刀で牽制しつつ、流れるような動きで目にも留まらぬ速さの拳打を立て続けに繰り出していきます。

 たまらず後ろに飛び退くザギオラに向けて、お父様は右手を伸ばすと二本指で指すような構えを取ります。


 「ライトニングバレット」


 「ぬおっ!?」


 高速で射出されるいくつもの雷撃を矢継ぎ早に浴びせられ、ザギオラの周囲に白煙が立ち込めていきます。

 一切の隙も与えない怒涛の連続魔法のあとには、紫電の軌跡と白い煙だけが薄っすらと残っていました。


 少しして煙が晴れると、薄黒く焦げた腕を体の前面で交差させていたザギオラが防御の構えを解いてお父様を睨みつけます。


 「クソがっ! やりやがったなてめぇ!」


 怒りをあらわにしたザギオラが両の手のひらを上向きにすると、そこに常識では考えられないくらい大量の魔力が瞬時に集束していきます。すると、手のひらからこの世のものとは思えないほど禍々しくどす黒い炎が燃え上がり始めたのです。


 「ツインヘルファイア」


 そこから先の展開は、まさしく一瞬の出来事でした。

 両手の黒炎を投げつけようと上体を前に傾けたザギオラの懐に、小さな人影が入り込むのが見えたかと思った直後。信じがたいことに、ザギオラの体が上空へ打ち上げられていったのです。

 次の瞬間には、いつの間にか跳び上がっていた小さな人影によってザギオラが空の彼方へと弾き飛ばされていき、人影もそのあとを追うように飛び去っていきました。


 見覚えのある小さな背中を思い浮かべて、私はぽつりと呟きます。


 「今のってまさか、エアルちゃん……?」

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