第23話 決意を新たに臨みます(side:ミーア)
side:ミーア
原生林の奥地でゴブリンの騎兵に取り囲まれてしまった私と女性の冒険者は、エアルちゃんの魔法のおかげで窮地を脱し、なんとか無事に平原まで逃げ果せることができました。
そこで休んでいた最初に助けを求めてきた男性の冒険者と合流をして、市門の衛兵にざっくりと事情を説明してから冒険者組合を訪れたのです。
私と冒険者の両名から詳しい状況を聞いた組合職員は大慌てで支部長を呼び、急いで救助隊と討伐隊の募集をかけようと話が進んでいたときでした。
入口の両扉が勢いよく開き、お父様がやって来たのです。
「ミアっ! ああ、無事に戻ってきてくれて本当によかった!! うん、ケガもなさそうだね」
「お父様!! それよりもエアルちゃんがっ! エアルちゃんが私たちを逃がすためにまだ原生林の中に残っているんです。それで今、どうにか救助隊を編成しようと支部長とお話を――」
「そのことなんだが、救助隊も討伐隊も必要ないよ。それを伝えるためにここに来たんだ」
「……お父様?」
私は最初、お父様が言っている言葉の意味がわかりませんでした。
ですが、今改めてお父様の言葉の意味を一つ一つ冷静に考えていけば、その理由は簡単に思い浮かびます。
「そうでしたか! お父様、エアルちゃんはもう屋敷に戻ってきているのですね! それならそうと先に言ってくだされば――」
「違うんだミア。エアルちゃんが戻ってきたという報告はまだ受けてはいないよ。ただ、エアルちゃんは最初からこうなることを予期していたんだ。だから、『万一、私が戻らないことがあっても、すぐには手を出さないように』との言伝を支部長に取り次ごうと思ってね」
「お父様、それはどういう――」
「すまないミア、今は理由を話せないんだ。……支部長、行きましょう」
「はいよ。いいのかね?」
「ええ、詳しくは奥でご説明を――」
お父様と支部長が奥の部屋に入っていく様子を茫然と見ながら、私はただただ途方に暮れるしかありませんでした。
そのあとは何をするでもなく、私はお父様と屋敷に戻るしかありませんでした。
屋敷に着いてしばらくは、玄関近くのソファーに座ってエアルちゃんが帰ってくるのを待っていましたが、一向に現れる気配はありません。
そのまま夕飯の時間になってしまい、使用人の説得を受けてやむなく広間でお父様と食事を取っていると、服や髪を濡らして全身ボロボロの状態になったエアルちゃんが広間に姿を見せました。
居ても立っても居られず私が駆け寄ろうとすると、エアルちゃんは立ち止まって冷ややかな目を私に向けてくるのです。
「え、エアル……ちゃん? その、心配して――」
「……ルーカスさん、お話があります」
「あ……ああ、今行くよ」
突然の出来事で一瞬呆気に取られてしまいましたが、私は急いで椅子から立ち上がると、私を無視して立ち去ろうとするエアルちゃんの前に立ち塞がります。
「エアルちゃん、私――」
「邪魔しないでもらえますか? 私はあなたに用はありませんので」
「そんな……」
突き放すような辛辣な一言を受けて、私はその場に崩れてしまいました。
ゴブリンと戦っていたときは状況が状況でしたし、ああいう言い方をされたのは納得がいきます。
ですが、なぜ屋敷に戻った今、そのような物言いをされるのでしょうか?
なぜ? どうして? 何か私の行動に原因が?
そんな疑問が頭の中に渦巻いて、私の思考は止まってしまいました。
動けずにへたり込む私へ気遣うような視線を向けながら、お父様が横を通っていくのがぼんやりと視界の端に見えます。
私は立ち上がる気力すらもなくなり、顔を押さえてすすり泣くことしかできませんでした。
そして、その日以降、エアルちゃんが私とまともに口を聞いてくれることはありませんでした。
◇
原生林でゴブリンジェネラルと邂逅してから約一週間が経ったころ、ガザムスの北門の前では、周辺地域から集められた大勢の冒険者や兵士たちが協力をして大規模な防衛線を敷いていました。
それは数日前、北方へ調査に出ていたA級冒険者パーティーが、大量の魔物がガザムス近くに集結しつつあると報告したのがきっかけでした。
スタンピードが起こるのではないかと危惧したお父様と冒険者組合の支部長が周辺地域に応援を要請して、こうしてたくさんの方々が集まってくれたわけです。
スタンピードとは、異常発生した大量の魔物の集団が一斉に暴走する現象で、仮にその通り道に人の村や街があっても、それらを呑み込んで進み続けるという非常に恐ろしいものです。最悪の場合では、過去に小さな国が一つ滅びたという記録が残っています。
今回の防衛戦には私も魔法使いの部隊に志願していて、後方支援で参加する予定です。
緊張に顔をこわばらせている私に、お父様が優しく声をかけてくれます。
「大丈夫だよ、ミア。私たちはこの日に備えて色々と準備をしてきたんだ。どんな魔物を相手にしたって負けやしないさ」
「……ええ、そうですわね」
お父様が見つめる視線の先には、多くの冒険者と大量に積まれた備品の数々があります。
「それに実はね。……ミアには内緒にするように言われているんだけど、裏ではエアルちゃんも協力をしてくれていて、これだけの量の高品質な回復薬や装備を揃えられたのも、ほとんどがエアルちゃんのおかげなんだ。だからミアが心配することなんて何もないんだよ」
そう言うと、お父様は口に人差し指を当てて「今の話はここだけの秘密だからね」とウインクをした。
それを聞いて私は安堵感を覚えました。
エアルちゃんに嫌われたわけではなかったのだと。
とはいえ、あそこまでとげとげしい態度を取らなくてもいいとは思いますが。
私は一度目をつむって迷いを吹っ切ると、まっすぐに前を見つめます。
「わかりました。私もエアルちゃんに負けないようにがんばってきますわ!」
「それでこそ私の自慢の娘だ。堂々と胸を張って行ってきなさい」
「はい! お父様もお気をつけて」
こうして私は、ガザムス防衛線に臨むのでした。




