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第22話 新手が襲来しました

 立膝をついて肩で息をしているミアに歩み寄り、私は手を差し出した。


 「ミアさんお疲れ様です。それにおめでとうございます、ついに成功しましたね。見事な魔力制御と素晴らしい複合魔法でした!」


 「え、エアルちゃん? …………はいっ、はい! ありがとうございます!! 私、やれたのですよね?!」


 「ええ、もちろんやれましたよ。こんなに優秀な弟子を持てて、私も師として鼻が高い限りです」


 私が優しくほほ笑むと、ミアはギュッと抱きついてきた。

 咄嗟のことに反応できず、思い切り首を絞められてしまう。


 「やった! やったのですわ!! エアルちゃん、本当の本当にありがとうございます!!」


 「ちょっ、ミアさん苦しい……!」




 そんな感じで勝利の喜びを分かち合ったあと、私はミアに回復薬である丸薬を渡してからディルクのそばに近寄っていく。

 傍目から見ても重傷とわかるほど痛ましい姿をしたディルクであるが、ゴブリンの上位種由来の生命力は伊達ではなく、ここまでしても致命傷とまではいっていないようだった。


 ディルクは歩いてくる私の姿を見て、諦めたように目をつむる。


 「殺スナラ、サッサト殺スガイイ。覚悟ナド、疾ウノ昔ニ出来テ――」


 私は手に持った皮袋を逆さにして、中の液体をディルクの顔にぶちまけた。

 目を閉じていたディルクは、突然の出来事に目をむいてきょとんとしている。


 私は中身を半分ほど残した皮袋を自分の足元に置いて、腰に手を当てた。


 「あなたは私を快楽殺人者か何かだと思っているのですか? 手心まで加えて弟子に稽古をつけてくれたんですから、そのお礼をするのは当然というものです」


 「……殺サナイノカ?」


 「だからそう言ってるんです。まあ、死にたいというのなら話は別ですが……」


 「ソレハ勘弁シテクレ」


 「では、私たちがここを去るまではそこでおとなしくしていることですね。それと、この皮袋はこのまま置いておくので、中身は自由にしてもらって結構ですよ」


 「……スマナイ」


 後ろを振り向いた私は、背中越しにディルクの感謝の言葉を聞き届けて、ミアのもとへと戻った。


 「それでは帰りましょうか。魔法の試し撃ちに出かけたはずが、ちょっとした遠征みたいになってしまいましたね」


 「確かにそうですね。遠くまでお付き合いいただいてありがとうございます」


 「いえいえ。今回の出来事がミアさんにとって――」


 私は言いかけた言葉を呑んで、ミアの向こう側に視線を移す。

 つられて振り向こうとするミアを咄嗟に後方へ押し退けると、短剣を抜きながら叫んだ。


 「ミア、冒険者を連れてすぐにここから離れなさい!」


 私が短剣を勢いよく振り上げるのと同時に、上空から高速で接近してきた物体と刃が打ち合わさった。

 激しい火花とともに強い衝撃波が発生し、倒れかけていた周囲の木々を薙ぎ倒していく。


 短剣とせり合うのは鋼色の大剣だ。

 その大剣を握るのは、同じく鋼鉄の鎧に身を包んだ大柄な魔物の騎士であり、その膂力はすさまじいものである。

 飛来したときの勢いもあってか、受け止める側となったこちらの体が地中に沈み込んでいく。私は足元の地面を魔力障壁で補強しつつ、鍔迫り合う短剣を強引に振り切った。


 「はあっ!!」


 「……ほう!」


 弾き飛ばされた騎士は、空中を緩やかに降下して地響きを立てながら着地すると、赤黒い外套をバサリと翻して立ち上がった。

 よく見れば、鎧や大剣のあちこちに、外套の色に似た古い返り血と思わしき跡が付着している。

 黒く染みついたこれらの血痕は、決してその辺にいる魔物が気まぐれに被害をもたらして偶然ついてしまったものではない。過去にいくつもの戦場を渡り歩き、何百何千と敵を屠ってこなければつかないような歴戦の猛者たる証である。


 そうして私が強敵と見定めた騎士は、右手に持つ大剣を軽々と頭上近くに持ち上げると、体を斜めにして切っ先をこちらに向ける珍しい構えを取った。

 とはいえ、得物が大剣だと考えればこそ珍しく感じるだけで、この騎士の体格はそこに倒れているディルクより二回り以上大きいのだ。私から見て大剣だと思っているものでも、彼からすれば片手剣程度の大きさでしかないのかもしれない。


 騎士は構えを取ったまま、近くで倒れているディルクを見下ろした。


 「そこにいるのは剛腕カ。……フン、たかが女子供の人間を相手に負け、さらに情けまでかけられるとハ。貴様は我が隊の恥ダ」


 「……グゥ」


 騎士がそう吐き捨てるとディルクは悔しそうに唸り声を漏らした。


 私が相手方の動きに警戒していると、後ろからミアが声をかけてくる。

 騎士から迸る圧倒的な威圧を肌に感じているためか、その声には震えが含まれており、恐怖を顔に張りつけているだろう姿が容易に想像できる。

 それでも勇気を振り絞り、抗おうと必死にこらえているはずだ。


 「え、エアルちゃん。……私も、そのあまりお役には立てないかもしれませんが、私も一緒に戦わせて――」


 「ミア! 役に立てないとわかっているのなら、さっさとすっこんでいてください。実力不足の足手まといは、ただの邪魔にしかなりません!!」


 「エアルちゃん……? あの、私、そんなつもりじゃ――」


 「私の言葉が聞こえなかったのですかっ?! あなたはいらないと言ったのです!! 言いつけ一つもろくに守れない弟子の顔など金輪際見たくありません! とっととここから消えなさい!!」


 私が怒鳴りつけると、「うっうっ」と嗚咽を漏らす声が聞こえてくる。それから少しして、背後で何かを引きずるような音がゆっくりと遠ざかっていった。

 おそらくミアが女冒険者を支えて歩き出したのだろう。


 だが、当然目の前の騎士がそれを簡単に許すはずもない。

 騎士が左手を上げると、木々の間から下位の獣系の魔物に騎乗したゴブリンの部隊が現れた。


 「行け、騎兵隊ヨ! 侵入者を取り逃がすナ!!」


 「ひっ!!」


 後ろでミアが悲鳴をあげるも、私はあえて放置したまま騎士から視線を逸らずに時機を窺う。そうして、ゴブリンライダーの大部分が視界の端を抜けていったタイミングで左手を後方にかざした。


 「マルチプルマジック・ファイアアロー」


 多重詠唱によって撃ち出された夥しい数の火の矢が、ミアと女冒険者を除く私の背後にあるすべてのものを焼き貫いた。

 ちょうどミアたちが抜けたところで、無数の火種によって広範囲に燃え盛る炎の壁が完成し、追行しようとしていたゴブリンたちの行く手を塞いだ。


 「ちっ、小賢しい真似ヲッ! ほかの部隊と連携を取って必ず討ち取るのダ! 我もすぐに合流すル!!」


 「おやおや、まさかとは思いますが、もう勝ったおつもりですか? 少々気が早いのではないでしょうか?」


 「ぬかセ。多少は魔法が使えるようだが、所詮人間が使う魔法など我には――」


 「ツインアイシクルランス」


 迫りくる騎士に向けて、私は飛び退きつつ呪文を唱える。

 発現したのは、一般的な成人男性の胴周りほどの太さがある二本の鋭い氷柱だ。

 そのうち、頭部を狙う一本を騎士は大剣で打ち払ったが、同時に撃ち出したもう一本の氷柱が腹部に直撃して吹き飛んでいく。


 騎士が起き上がるまでの隙に試験管を取り出した私は、コルク栓を親指で弾いて一気に中身を飲み干した。


 「さてと、ちゃんと逃げていてくれればいいのですが……」


 地面を踏み砕く勢いで駆けてくる騎士に対して、私は短剣を構えながら思考を巡らす。

 この騎士――ゴブリンロードをいかにして出し抜き、この森から脱出しようか、と。

6月は隔日投稿になります。

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