第21話 特訓の成果を見せてもらいました
前方で仁王立ちしている筋骨隆々の巨大ゴブリンを見上げていた私は、顎に手を添えたまま合点がいったとばかりに大きくうなずいた。
「なるほどなるほど、そうきましたか。この高潔なゴブリンジェネラルさんは決闘をご所望のようですね。いい機会ですし、どうでしょう? 今回もミアさんが戦ってみてはいかがですか?」
「エアルちゃん、無茶を言わないでください。さっきの恐ろしい威力の素振りにしてもそうですが、どう考えてもこの大きなゴブリンは私の手に負えるような相手には思えません!」
「フン、コノ小娘ノ方ガ幾ラカ利口ダナ。タカガ女子供ヲ相手ニ、一対一ノ戦ヲ望ムナド、戦士ノ恥ダ。二人一遍ニカカッテクレバヨカロウ」
ミアの言葉になぜかゴブリンジェネラルも同調しているが、それこそ失礼な話ではないだろうか?
戦士の誇り云々を語る前に、しっかりと相手の実力を見極めてから判断してほしいものだ。
「ゴブリンジェネラルさん、どうやら私はあなたを過大評価していたみたいです。見損ないましたよ、相手の実力を外見だけで決めつけるなんて」
「ム? 一体何ヲ言ッテ――」
そこで私は抑えていた魔力をわずかに開放する。
すると、溢れる魔力の影響だけで周囲の草木が傾き、私を中心にして発生した暴風が渦を巻くように吹き荒れていく。
一番近くにいた女冒険者は小さな悲鳴をあげながら大きく仰け反り、周りにいるゴブリンたちは頭を押さえてただただ震え慄いている。
一歩ずつ近づきながら私が目つきを鋭くすると、ゴブリンジェネラルは後ずさりながらその凶悪な顔を恐怖に歪めていき、頬にたらりと汗を流したあと、突然思い出したように慌てて両手を前に出した。
「マ、待テ! ワカッタ! ワカッタカラ、ソノ魔力ヲ鎮メテクレ!!」
「――全く、わかればいいのですよ。わかれば」
私が威圧に使っていた魔力を弱めると、ゴブリンジェネラルは全身の力が抜けたらしく、腰から崩れて地面にへたり込んだ。
ふと、隣のミアを見ると、こちらを見る目に怯えを含んでいるものの、しっかりと視線を合わせてくれてはいた。
私は少しばかりの安堵感を覚えて小さく息をつく。
「……まあ、これも致し方ないことですしね。こうなってしまった以上、今のうちに経験してもらわなくてはならないのですから」
「……エアルちゃん? それはどういう――」
ミアが疑問を言い終える前に、先程の衝撃から立ち直ったゴブリンジェネラルが話しかけてきた。
「ヨシ。ナラ、ソコノ小娘。オマエニ勝負ヲ挑マセテモラオウ」
「で、ですから、私には無理ですよぉ」
「ミアさん」
私は怖気るミアを安心させるため、鼓舞するために彼女の手をそっと握った。
「いいですかミアさん、あなたは私の一番弟子です。もっと自信を持ちなさい! たとえゴブリンの将軍格を相手にしても、一騎打ちで敗れてしまうようなヤワな育て方はしていません!!」
「エアル先生……!」
そうして私の目を見てうなずくミアの瞳には、強い意志の光が戻っていた。
優しく背中を押して送り出すと、しっかりとした足取りで前に立ったミアが名乗りをあげる。
「私はガザムス領主の娘、ミーア・クロヴァーラと申します! ゴブリンの将軍さん、いざ尋常に勝負願います!!」
「ギャッギャッギャッ! コレハコレハ、面白イ人間ドモダ。我ハ、ゴブリンジェネラルガ一人、剛腕ノディルク」
口上を述べながら左手で足元の直槍を抜いたディルクが、背負っていた大盾を片腕の腕力のみで頭上へ振り上げると、そのまま正面の地面に突き立てた。
こちらまで伝わる大きな揺れに見舞われて、身を伏せていた周りのゴブリンたちが悲鳴をあげて体を縮こめる。
「素晴ラシイ師弟関係ヲ見セテモラエタ。ダガ、軽ンジラレタママデハ、誇リアルゴブリンノ将ノ名ガ廃ルト言ウモノ。ソコデ、ドウダロウカ? 小娘、貴様ニ最初ノ一撃ヲ、クレテヤロウデハナイカ」
「ミアさん、せっかくディルクさんが気前よくこう言ってくれたのです。遠慮せずに今持てる最高の一撃を見せつけてやりなさい!」
「はい、わかりました! それでは……いきます!!」
十分に魔力を高めて目を閉じたミアが両手を左右に広げた。
手のひらの先に集まる魔力が、不定形の小さな塊となって揺らめいている。
「デュアルマジック――」
簡易詠唱により、魔法の方向性が定められて形を成した。
右手には煌々と燃え上がる火炎、左手には渦巻く小規模の嵐。
その二つの異なる魔法をゆっくりと近づけていき、両手でそっと包み込むようにして、一つの魔法へと束ねていく。
「……くっ」
わずかに魔力の波が乱れ、一瞬だがミアの表情に焦りの色が浮かぶ。
そもそも今やろうとしていることは、これまで成功したことのない魔法である。
当然、失敗することも予想できたはずだが、ミアは無理を承知の上でこの魔法を行使しようとしている。
つまり、目の前のゴブリンジェネラルという存在は、今のミアにとってそれだけの危険を冒してでも対処しなくてはならない相手だということだ。
だが私は、ミアならこの魔法を成功させられると確信している。
技量が足りていないということはない。
だとするなら、この追い詰められた状況下で実力を発揮できれば必ずやものにできるはずなのだ。
そうして見守っていると、先程まで反発していた火と風の異なる属性の魔法が少しずつ混ざり合っていき、一つの球状の形へと圧縮されていく。
ミアは完成した球体を慎重に前方へと動かし、まっすぐ伸ばした両の手のひらをディルクにかざした。
たった今まで自分の脅威になり得なかったはずの魔法が、未知の技術によって新たな魔法として構築し直され、その矛先がおのれに向けられている。
そのことを察したディルクは、自らの直感に従って躊躇なく槍を投げ捨てると、両手で大盾を握りしめた。
その直後、同時詠唱により次なる領域へと昇華されたミアの複合魔法が撃ち放たれる。
「ファイアトルネード!!」
一か所に抑え込まれていた魔力が瞬く間に膨れ上がり、現れた火炎の竜巻が赤い螺旋をいくつも描きながら、ディルクの大盾へと押し寄せていく。
行く手を塞ぐように殺到した火炎の渦は、否応なしにディルクの巨体を大盾ごとまる呑みにしてしまう。ところが、それでもなお止まる気配を見せない紅蓮の烈風は、勢いを衰えることなく直線状に大地を抉りながら突き進んでいくと、森の中央に風穴をあけるようにして吹き抜けていった。
その被害は、魔法の標的となったミアの正面だけにとどまらない。
ミアの視界に入る範囲のほとんどの木々がへし折れ、引火して燃え盛っている。
だがやはり一番は、火炎の竜巻が直接通過したあとの大地だろう。
直前まで地面があった場所は、半円状にくり抜かれたかのように融解しており、跡形もなく焼失した空白の空間そのものが、この魔法の恐るべき破壊力を如実に物語っていた。
まるで大規模な災害を彷彿させる傷跡を残して魔法が消えると、ミアはその場に両膝をついた。
「はあ、はあ。……やったの、ですか?」
ミアが視線を向けた先に私も目を向ければ、黒く焦げついた地面にほんのりと赤みを帯びた大きな金属片が見える。
ほとんど原形の残っていない大盾の残骸をどかして姿を見せたのは、全身にひどい火傷を負ったディルクであった。
身を焦がすほどの熱気で止血はされたらしく、ススだらけの黒い体でディルクは大の字に寝転がった。
血反吐をはきながらも、自らを下した勝利者へと賛辞の言葉を送る。
「…………降参、ダ。……強キ、モノ……ヨ」




