第19話 負傷した冒険者がいました
ウィンドエッジはクロヴァーラ家の書庫にあった本にも記載されていたので、この世界でも一般的な魔法で間違いないはずだ。
一度頭の中で情報を精査してから、私はミアに説明をする。
「ミアさん、落ち着いてください。今のはウィンドエッジという魔法です。刃物の先端に風の刃を作――」
「そんなことは私も知っていますわ! いいですかエアルちゃん。ウィンドエッジというのは本来、『わずかに足りない武器の間合いを補う』のと属性を付与するために使うものなのですよ」
「ええ、ですから私は短剣の切っ先に風の刃を――」
「違いますっ! 今のをどう見たら『わずかに足りない間合い』の距離だと言えるのですか?! 武器の刃よりも範囲の広いエッジ系の魔法なんて聞いたこともないですわ!」
そこまで言われてようやく気がついた。
前世では当たり前のように今の使い方をしていたが、この世界の常識に照らし合わせて考えてみると、確かに規格外の性能だと言えるだろう。
どう言い訳しようかと私が考えていると、ミアは諦めたようにため息をついてからこちらを見返してきた。
「もはやこれ以上は言いませんわ。エアルちゃんに常識を説くだけ無駄なのは、生徒である私が一番わかっていますもの」
なんともひどい言われようではあるが、追及されないというのはありがたい。
理解ある生徒を持てて私としても喜ばしい限りだ。
「とは言っても、このまま終わるというのは私としては後味が悪いです。代わりと言ってはなんですが、エアルちゃんにはこのあとも簡易詠唱の練習に付き合ってもらいますよ」
「ええ、もちろんです。今日は私もそのつもりでいましたので。それではとことんやるとしましょう!」
◇
三回目のゴブリンの小集団との戦闘を終えた私たちは、近くあった少し大きめの岩を椅子代わりにして休んでいた。
最初の群れ以降は十体以下の小さな集団しかおらず、戦闘自体も私が直接手を出さずに終わるものもあり、ミアの訓練にはちょうどいいものとなっていた。
「魔法を使うタイミングが最初に比べてだいぶよくなりましたね。それだけでなく先程のわざと威力の低い無詠唱の突風で足止めをしたのは、的確な判断だったと思いますよ」
「ふふ、ありがとうございます。エアル先生が後ろにいるから、安心していろんな方法を試せるんです」
「そう言ってもらえると教師冥利に尽きますね」
私たちがそんな雑談を交わしていると、遠くから冒険者らしき人影が近づいて来るのが見えた。
私が視線を移すのを見て、ミアも後ろを振り向く。
「あの人は何をしているのでしょう? 走っているように見えますけど」
「ふむ、どうやらケガをしているみたいですね。森のほうから逃げてきたようにも見えますが」
私がそう伝えるなり、ミアは勢いよく岩から飛び出して、フラフラと走る冒険者のほうへと駆け寄っていく。
「あ、こら。ミアさん待ちなさい」
私は周囲を警戒しながら、いつでもミアを庇える距離を確保しつつ慎重に近づいていく。
「あっ! その、大丈夫でしょうか?」
倒れかけた冒険者の男をぎりぎりで抱きとめて、ミアが心配そうに尋ねる。
そっと地面に下ろされた男は、息も絶え絶えにミアの腕を掴むと、決死の形相でか細い声をあげた。
「たいりょ、の、ご、ゴブリンが……あいつら、俺の仲間を……。頼む。た、助けをよん――」
「冒険者さん?! 冒険者さんっ!」
そこで力尽きてしまったらしく、男はがくりと首を横に倒した。
「え、エアルちゃん、どうしましょう。どうすれば……」
「落ち着いてください、ミアさん。一度街に戻って救援を――」
「そんな時間はありませんわ! 私たちで助けに行きましょう。それなら、もしかしたらまだ彼らを救えるかもしれません」
ミアの言葉に私は首を横に振る。
確かにそれなら助けられる確率は上がるが、あまりにも危険が高過ぎる。
そもそも冒険者が魔物と戦うのは彼ら自身の意思によるものだ。
命の危険と隣り合わせの職業なのは自分自身が一番わかっていることであり、冒険者組合に登録するさいに何度も忠告される事項でもあるらしい。
だからこそ、そんなリスクを私たちが負う必要などないのだ。
それを説明しようとするも、がっしりと私の肩を掴んだミアは強い意志の籠った眼差しを向けてきた。
「――エアルちゃんなら彼らを救える、そうでしょう?」
「その可能性はあるかもしれませんが、なんの情報もないままではあまりにも危険が――」
「それでもっ! それでもです! 私は……私は絶対に彼らを見捨てたりはしません! 私はガザムス領主の娘、ミーア・クロヴァーラです。領民に求められたのならば、どんな方法を使ってでも絶対に助け出します!! それでも、今の私に彼らを救えるほどの力がないのはわかっています。……ですから、ですからエアルちゃんどうか、どうか非力な私に力を貸してください!!」
それは必死の懇願だった。
ミアのそんな表情を見たのは初めてだったが、彼女からは言葉通りどんな手を使ってでも冒険者たちを助け出そうとする覚悟をありありと感じ取れた。
たとえここで私が断ったとしても、ミアは無謀にも森の中へと向かってしまうことだろう。
だとして、私がそれを許容することなどあるだろうか?
――ない。そんなことは断じてあり得ない。
この世界で初めて親しくなった友人の死を、このエリアルが許すはずなど絶対にないのだ。
私はミアと目を合わせると、力強くうなずいた。
「――わかりました。ミアさんのその強い覚悟にお応えして、あなたに力をお貸しします。エアルの名において、あなたを絶対に守り抜くと誓いましょう」
「ありがとうございます、エアルちゃん。ふふ、そう言ってもらえるのはとてもうれしいです。でも、あくまで私たちが助けるべきなのは、森で待っている冒険者の方々ですからね?」
「これは一本取られてしまいました。確かにミアさんの言う通りですね」
普段はどこか抜けたところのあるミアだが、まさかここまで芯がしっかりしていたとは……。
いや、単に私が人を見る目がなかっただけなのだろう。
ならばこそ、彼女の決意と同じくして私も腹を括らねばなるまい。
私は地面に寝かせられている男のそばに膝をつくと、傷口に回復薬をかけて数滴を口に含ませるようにしてから立ち上がった。
「では行くとしましょう。目標は原生林にいる冒険者たちの救出です」