第17話 妖精の森に行きました
ミアに詠唱の授業をした午後、いつものように採取依頼を受けた私はガザムスから東方面に続く街道に来ていた。
ここは私がこの世界で目覚め、初めてミアに出会った場所でもある。
森に近づくと、木々の奥からふわふわと浮かぶ小さな人影が寄ってきた。
『女神サマ、女神サマ。コンニチハ』
「こんにちは、妖精さん。しかし、何度も言っていますけど、私は正式な神様ではありませんからね」
森を歩きながら私は妖精に言うものの、当の妖精たちはキャハハと笑いながら周りをくるくると飛び回ってはしゃいでいる。
これはまたダメそうだ。
『女神サマ、女神サマ。今日ハ人間ノ友達ガ来テルヨ?』
『『来テル、来テル』』
「ああ、この間言っていた『いい人』ですか。どんな方なのか楽しみですね」
私がこの妖精たちと出会ったのは今から数日ほど前になるが、それより以前から妖精と親しくしている人間がいるのだという。
前世も含め、精霊……特に妖精に気に入られる人間は珍しい。
どういう人なのか、私としても興味がある。
しばらく森を進むと、大きな泉とその近くに巨木がある開けた空間に出た。
巨木の周囲にはたくさんの種類の妖精が集まっている。
太い枝の上に座って話している妖精たちの中に見知った人間がいたため、私は近寄って声をかけた。
「おや、イアンさんではありませんか。先日ぶりですね」
「え、エアルちゃんだったよね? どうしてここに」
『イアン、イアン。女神サマダヨ、女神サマ』
『女神サマ、コンニチハーッ!』
「女神様?! えっと、エアルちゃんが? ……へっ?」
目を白黒させたイアンが、声をかけてきた妖精に手を振り返す私と隣で紹介してくれた妖精をせわしなく交互に見てくる。
しばらくの間はその様子を眺めていた私と妖精たちであったが、このままにしておくのもさすがにかわいそうなので、簡単に事情を説明してあげることにした。
◇
「――というわけで、私は神性を与えられただけであって、神々が持つとされる特別な権能も権限もないのです」
「にわかには信じがたい話だけど、この子たちを知ってしまうとね」
『女神サマハ、女神サマダヨ?』
「やかましい妖精ですね、そろそろ退治しますよ?」
『キャーッ! 女神サマガ、オコッター!』
『『オコッタ、オコッタ!!』』
「――うぐぅ、このっ!」
からかわれる私を見てイアンが笑っている。
頭に血が上って立ちかけた私は、イアンと目が合うと深くため息をついてから座り直した。
「はあ、あなたはよく妖精さんに付き合ってられますね。私にはとても無理です。ある意味尊敬しますよ」
「あはは。エアル……様に言われるなんて光栄だなあ」
「様はいりませんよ。様付け以外ならこれまでのエアルちゃんでもエアルさんでも構わないので、なんとでもお呼びください」
「じゃあ、そんなエアルちゃんに、一つだけ聞いてもいいかな?」
「ええまあ、答えられる範囲であれば」
「……最近の魔物の異常発生について、何か知ってたりするの?」
真剣な表情で聞いてくるイアンに、私は軽くうなずく。
「そうですね、あなたになら話してもいいでしょう。魔物の異常発生は私としても看過できない問題です。今日はそれに対抗する手段の確認と協力をお願いするため、ここに来たというわけです」
私の腰に抱きついて、体をすり寄せてくる妖精の頭を撫でる。
妖精は目を細めてふにゃりと顔を緩ませた。
「おそらく、魔物を止めるためには、妖精さんたちの協力が必要不可欠でしょう。まあ、あなたは安心して待っていてください。仮に魔物が街に攻め入るようなことがあっても私のほうでなんとかしますから」
私が安心されるためにそう言うも、なんの反応も返ってこない。
不思議に思ってイアンのほうを向くと、彼はまっすぐに私を見ていた。
「僕も協力するよ。何か手伝えることがあればなんでも言ってほしい」
「だからあなたはおとなしく待っていれば――って、ああ! あなたはそういう人でした! うぐっ、話すんじゃありませんでした。また失敗です!!」
頭を抱える私を見てイアンが笑う。
笑っているイアンを見て、今度は妖精たちがキャッキャッと笑いながら飛び回る。
なんという屈辱。
という具合にうなだれていた私は、目の前の光景からふとあることを思いついて小さく呟いた。
「そうです。こうなればいっそイアンさんにも協力してもらえばいいのでは?」
「エアルちゃん?」
「わかりましたイアンさん! あなたの意気込みを買って、協力をお願いします。まずは精霊魔法を覚えましょう!!」
「……精霊魔法? よくわからないけど、その魔法を覚えれば協力できるってことだね。よし、やろう」
そう言ってイアンが突き出したこぶしに、私もこぶしを合わせた。
これはもしかすると、思わぬ戦力が加わったのかもしれない。