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第16話 詠唱の種類をおさらいしました

 盗賊の一件があった翌朝。

 いつものように広間で私とミアが食事をしていると、両手を上げてグイっと伸びをしながらルーカスがやって来た。


 「お父様、お疲れ様です。お仕事は落ち着きましたか?」


 「ふぅ。おはようミア、エアルちゃん。うん、今ようやく片付いたところでね、これでしばらくぶりにゆっくりできそうだよ。これも全部エアルちゃんのおかげだ、本当に助かったよ」


 「いえいえ、盗賊さんたちが自ら出頭したいと言っていたのをお手伝いしただけで、私は別に何もやっていませんよ。それよりも、事前に連絡していたとはいえ、迅速に対応してくれたルーカスさんをはじめとするみなさんのおかげです」


 「はっはっは。いやぁ、相変わらずエアルちゃんは面白いことを考えるね。まあ、本人がそう言ってるんだから、そういうことにしておこうか」


 「もうお父様ったら、笑いごとではありませんよ! エアルちゃんは自分の功績をもっと周りにアピールすべきだと思います!」


 そういうわけで、悪さをしていた盗賊たちは自分たちの意思で衛兵に捕まったということで決着した。


 幸いにもガヴィーノの似顔絵などは出回っていなかったので、元首領には悪いが顔に特徴として知られている傷をつけさせてもらい、彼を『血濡れのガヴィーノ』に仕立てて衛兵へ引き渡している。

 それ以外でアジトに残った手下はガヴィーノの人情味ある人柄に陶酔している者が多い。目に余るほどの悪さをする者はいないし、今回の情報が割れる心配もほとんどないだろう。




 食事を終えた私とミアは、いつものように街の訓練場に来ていた。

 教師として私が前に立つと、ミアが姿勢を正して言葉を待つ。


 「それでは、今日は今までの復習を兼ねて詠唱の種類を説明したいと思います」


 「はい、エアル先生!」


 「では、ミアさん。ただ単に詠唱とだけ言った場合、その詠唱とはどういったものを指す言葉しょうか?」


 「そうですわね。一般に詠唱と言われているのは、何節かの言葉を繋いで紡ぎ出す呪文とでも言えばいいのでしょうか。そのほかに、詠唱を省略せずにすべて唱える完全詠唱があります。」


 「その通りです。一定の条件を揃えて詠唱すれば、魔法を使うことができます。ただし、魔法が使えることとそれが実戦で使いものになるかはまた別の話です。では、魔法を実戦で使えるようにするためには、基本的には詠唱をどのようにすればいいと言われていますか?」


 「詠唱を短くすればいいのですわ」


 「ええ、そうです。これを詠唱短縮や短縮詠唱と言います。では実際に見てみましょう」


 私は訓練場の端にある土くれに向けて手のひらをかざす。

 訓練場には複数の的が用意されており、いずれも中級魔法に耐えられる程度の耐久性があると説明を受けている。ちなみに、的にはそれぞれ魔道具によって魔力が供給されているため、仮に壊れてしまった場合でも、自動で修復される仕組みになっているとの話だ。

 その中でも、比較的火に強いとされる土で作られた的を標的にする。


 「火よ、集え、形を成し、敵を穿て。ファイアアロー」


 手のひらの前方で魔力が燃焼を伴いながら渦巻くように集まり、それはやがて一本の矢の形へと集束していく。

 私は荒れ狂う火の魔力の方向性を定めると、抑制していた力を土くれ目がけて解き放つ。

 次の瞬間、唸るような轟音とともに火の矢が土くれへと炸裂し、強い光が辺りを照らしていった。


 黒煙が晴れると、土くれがあった場所は跡形もなく消滅していた。


 ……少し、言い訳を考えるとよう。

 久方ぶりに詠唱して加減を間違えたとはいえ、今のは初級魔法である。

 的は中級魔法までなら耐えられると言われていた。

 つまり、これは断じて私のせいではないはずだ。


 そう心の中で自分を納得させたあと、私は努めて平静を装って振り向いた。

 隣には、ぽかんと口を開けた状態で固まっているミアがいる。


 「えー、このように詠唱を短縮することによって――」


 「エアルちゃんっ! ちょっと待ちなさい、何が『このように』ですかっ! 的がきれいさっぱりなくなってますわよ!」


 「……偶然脆くなっていたのでしょう。まあ、よくある――」


 「ありませんわ!」


 冷静にツッコまれてしまった。




 そのあと必死の誤魔化しにより、なんとか追及を逃れることに成功した私は引き続き教鞭を執ることになった。

 ……というか、もう早く帰りたい。


 「詠唱というのは詩を詠むように唱えるのが普通だと思います。しかし、短縮を考える場合には、私が先程やったときのように、いくつかの要素に分けた必要最低限の言葉だけを唱えるのが最終目標となります」


 そこでミアが手を挙げる。


 「一つ質問がありますわ。詠唱というのは大地や空気などに含まれる大いなる力を借りるためのものだとほかの先生からは教わってきました。あまり言葉を省略し過ぎると効果が弱くなるのではないですか?」


 「いい質問です。確かに詠唱をすることによって、大自然から助力を得ることは可能です。ただ、あくまで魔法の元となる魔力は術者自身のものであり、大自然が手を貸してくれているのは魔法を構築する工程に過ぎないのです。要は、術者が魔法を行使するさいに足りない技術を補ってくれている感じですね」


 詠唱と自然環境との繋がりや関係性などについては、確かに普通の人間では気づきにくいかもしれない。


 「そうだったのですか。詠唱をしっかりすると魔法の威力が上がるので、てっきり詠唱そのものが本来魔法に必要な工程だと思っておりました」


 「まあ、そう思うのも無理ありませんね。この事実からどのようなことがわかるかと言うと、魔法の本質を理解した者や真理に辿り着いた者が扱う詠唱破棄や無詠唱は、完全詠唱した魔法と同等の力を発揮するということです」


 「ふむふむ、やはり魔法とは奥が深いものですね」


 「さて、授業を先に進めるとしましょうか。詠唱の種類を今一度おさらいすると、詠唱をすべて唱えるのが『完全詠唱』、詠唱を短くする技術が『詠唱短縮』となります。そしてこのほかに、発動呪文のみを唱えるのが『詠唱破棄』。呪文そのものを唱えないのが『無詠唱』。この辺りはミアさんもご存知のところだと思います。そしてこのほかにもう一つ、今ミアさんが二重詠唱を覚えるのに必須の技術があります。それが、この『簡易詠唱』と呼ばれる詠唱の簡略化です」


 そう説明しながら私は的のほうへ体を向けると、再び手のひらをかざす。

 今度は始めから詠唱しないので、威力の調整に問題はないはずだ。


 隣でミアが不安そうな顔をしているが無視する。


 「ダブルマジック・ファイアアロー」


 詠唱とともに、かざした左手の左右に二つの火球が現れると、それらは渦巻きながら玉の中心へと集束していく。

 そして二本の火の矢となったそれを、私は同時に射出する。


 放たれた火の矢は狙い違わず的の中央を貫き、後ろの地面へ突き立った。


 「これが簡易詠唱です。特定の言葉を発動呪文の頭につけることで、使いたい魔法の強みを損なわずに詠唱時間を大幅に短くすることができます。詠唱破棄などができない場合には必須の技術と言えますね。当然、魔力消費が多くなるなどの欠点もありますが……まあ、その辺は追い追い学んでいくとしましょう」


 「すごいですわ! 簡易詠唱を覚えるだけで、これまでの魔法使いのイメージがガラリと変わりますもの」


 「驚いているだけではいけませんよ。これからミアさんには、今の簡易詠唱を覚えてもらわないといけないのですから」


 「ええ、もちろんですの! くぅーっ、燃えてきましたわ!!」

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