第12話 盗賊の拠点を襲撃しました
「パラライズミスト」
私が呪文を唱えると、薄く黄色味がかった霧が洞窟の奥へゆっくりと流れ込んでいく。
それからしばらくの間は、時折回復薬を口にしながら魔法を維持し続け、洞窟内に霧が充満するのを待つことにした。
霧が十分に行き渡ったのを確認してから、洞窟の中へと足を踏み入れる。
洞窟内は広く、奥のほうは地中深くまで続いているものの、そこかしこに置いてある松明のおかげでそれなりに明るいのため、灯りに困ることはなかった。
通路の途中で所々に倒れている盗賊たちの横を通りながら、盗賊の首領がいると思われる洞窟の奥で一番広そうな空間を目指してテクテクと歩いていく。
「これで、手下と一緒にやられていてくれれば楽なんですがね」
パラライズミストの魔法で発生した霧には毒素があり、呼吸などで体内に取り込んでしまった相手を麻痺状態にするのだ。
この魔法は普通の毒物とは異なり、魔法抵抗力が低い相手にはより強い効力を発揮するため、ご覧の有様になったというわけである。
目的の場所に辿り着いて扉を開けると、顔にいくつか目立つ傷跡のある強面の風貌の男が、部屋の中央で仁王立ちして待ち構えていた。
「よお、ずいぶん好き勝手してくれたじゃあねぇかぁ」
「あなたが頭領のガヴィーノさんですか?」
「おうよ。オメェはここになんの目的で来た? 金か? 名声か?」
「いえ、最近あなた方が暴れ過ぎのようなので懲らしめにきました。もし投降してくれるなら、命まで取るつもりはないので、一緒に来ていただけませんか?」
私の言葉を聞くなり、ガヴィーノは毒気を抜かれたような顔をする。そして豪快に笑い始めた。
「ガハハハッ! 面白れぇこと言うじゃねえか。まさかオメェみてぇなバケモンに、『懲らしめにきた』なんて言われる日が来るとはなあ!」
「ご理解いただけているようで何よりです。……それよりそこのお二方、ガヴィーノさんの結論がまだ出ていないので、殺気を出さないでもらえませんか?」
「……おい、出てこい」
ガヴィーノが指示すると、物陰から二人の男が出てきた。
一人は短刀を、一人は細身の剣を持っており、これまでの気配の消し方から今の立ち姿に至るまで、熟練の戦士であることが窺える。
少なくとも、この三人はただの盗賊ではないのだろう。
「お頭、こいつは危険です。お早いご決断を」
「んなもん、わぁてるよ。ちと待ちな」
ガヴィーノは先程までの緩い雰囲気とは一変して、鋭い眼光を向けてくる。
私が少しでも隙を見せれば、その腰に差しているおよそ盗賊には似つかわしくない直剣を抜き放って、瞬く間に斬り伏せてくるだろう。
「では、そろそろ結論を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「オメェが提案してくれたのは悪くねえ話だ。どうやらこっちの事情を知ってる風でもなさそうだしなあ。……だがよお!」
言うなり、ガヴィーノは直剣を抜きながら接近してくる。
その歩法は直線的な速さを重視しているというよりも、こちらの出方に合わせて柔軟に対応できるような動きである。
そして、どうやらほかの二人とも何かしらの方法で連携を図っていたようで、私は一度に三人を相手取らなくてはならない状況に追い込まれていた。
二重詠唱が知られていないこの世界では、これがこの場面で一番有効な戦術と言えるだろう。
とはいえ、私にとっては全く問題にならない。
「こんな強ぇ奴と戦うチャンスがあるのに挑まなねぇなんて、剣士の名が廃るってもんじゃねえかあ!!」
私は正面で吼えるガヴィーノに向かって駆け出すとともに、魔法で作った火の矢を左右の男たちへ放つ。
「ツインファイアアロー」
「「ぐあっ!」」
「……む?」
ガヴィーノが直剣を横に振るのに合わせて、姿勢を低くして懐に潜り込もうとしていた私は、咄嗟に後方へ飛び退いた。
向き直ると、直剣と短剣の二本を振り抜くガヴィーノの姿があった。
「ほう、二刀流ですか」
「今のを躱すたあ、さすがだな」
左手で持った短剣の切っ先を私に向けて右手の直剣を担ぐような構えを取ったガヴィーノは、豪快な性格とは反対にじりじりと間合いを詰めてくる。
対する私はその場でじっと待ち構えていた。
ほかの二人はすでに先程の魔法で無力化したため、焦る必要はないのだ。
しばらくはそうして対峙していた私たちだが、私が動く気配がないことを悟ったガヴィーノは、先に攻撃を仕掛けるのを決意したようだ。
聖属性の魔力を持つ私に影響はないが、ここの空気はパラライズミストの毒素で満たされており、しかも私という強者と対峙することで気力を消耗し続けているガヴィーノのほうが、時間をかけるほど不利になるのは明らかだった。
先に打って出るほかないと言い換えてもいいかもしれない。
「いくぞぉおお!」
「アイスニードル」
私が呪文を唱えた瞬間、今まさにガヴィーノが踏み出そうとしていた先の地表が瞬く間に凍りつき、そこに生じた氷の膜が無数の針状となって隆起する。
踏み下ろした左足を突然現れた氷の棘で串刺しにされたガヴィーノは、ぐらりとバランスを崩した。
その隙を逃さず短剣を打ち払った私に向けてガヴィーノが直剣を振り下ろそうとするが、右手が動くのと同時に手首に蹴りを打ち込んだため、力が入らずに取り落としてしまう。
そうして、両方の武器を失って尻もちをついたガヴィーノの喉元へと剣先を突きつける。
「ではこれで私の勝ちですね。おとなしく投降してください」