第七話「出会い・壱」
俺が住んでいるのは中都だ。この国の中心地にして最も様々な民族が暮らすごった煮の町。その町並みは愁の地方都市くらいの栄え方をしているらしく町のはずれにはスラムがあり治安が最悪な箇所だ。
そんな箇所の外周を俺は歩いている。皇族と言う事が分からないように庶民と同じ服を着てビューゲのみを連れている。端から見れば兄弟のように見えるだろう。それが狙いだしそう見えてもらわないと困るけどな。
「ビューゲ、見ろよ。右側が貧民街だ。大の男ですら一人で歩いていると危険と言われている場所だ」
「こういった都市にはつきものだろう? 別に今更……」
どうやらビューゲはこういった部分を見たことがあるらしいな。俺は前世も含めて初めて見たからな。入ってみる気はないが新鮮味はある。そんなスラムに通じる道にはゴミはあれど人の姿はない。態々危ない目に合うであろうこちら側に見える位置には誰もいないか。
「それにしてもよく外出が許されたな」
ビューゲは俺にそう言ってくるが彼は思い違いをしている。
「ん? 許可なんて貰ってないぞ」
「……は?」
「そもそも俺は10歳だ。外を出歩ける訳がないだろう?」
その言葉にあっ、と言ったような表情となるビューゲ。多分10歳って事を忘れていたんだろうな。俺の口調は大人っぽいからな。勘違いされても可笑しくはないか。ジィだって「はて? ワシの思い違いか? 霊石様は20を超えておられたか……?」と最近言うようになったからな。……ジィの場合年齢のせいもあってボケて来ただけという思いもあるけどな。
「……っ! ならば急いで戻らなければ!」
「は? 何の為に出てきたと思っているんだ? 俺はもう少し街を見るぞ」
「屋敷の者が心配しているぞ!」
「大丈夫だ。書置きを残してある。“ビューゲと共に街を見てくる”とな」
「……それだと私が怒られるんだが?」
確かにそうだろうな。そうなるような書き方をしたからな。出ないと怒られちまう。母は普段温厚だが起こると怖い。特に大体そう言って怒られる時はこちらに非があるときだから反抗も出来ない。母は強しという言葉を実体験した瞬間だったな……。
「ビューゲなら戒衡可汗国という他国の王子だ。母と言えども厳しい処罰は出来ないだろう」
「おい、こちらが被害を被るような事は止めてくれ(戻ったらきちんと伝えねば……)」
さて、ビューゲが何か言っているが俺は気にしないで歩く。とは言え都市と言えど見ていて面白い物は少ない。何しろこの都市だってそこまで規模がデカいわけじゃないからな。この国の首都という事で人が集まっているにすぎないからな。
そんな風に思いつつ歩いているとスラムから誰かが出てきた。道に出た事で力尽きたのかそのまま倒れた。普通なら気にしないのが一番なのだろう。周囲の人々も余計な事に巻き込まれたくはないらしく無視して素通りしている。
「……」
「まだ子供だな。一々気にする必要はないぞ。貧民街にはこういった連中ばかりがいるからな」
「それは、分かっているつもりだ……」
だが、俺はその子供に妙に魅かれた。別に珍しいわけではない。いや、スラムの人間を実際の目で見たのは初めてだから珍しいと言えば珍しいがそう言う事ではない。どうにも目が離せない。まるで強力な磁石に引き寄せられる鉄のように俺は近づき、気づけば倒れた子供を見下ろしていた。
「……」
「……」
子供は息があるようで浅く呼吸をしながらこちらを見上げていた。その瞳には絶望で心おられた者が見せる生気がない真っ黒の闇だけが広がっている。そして害意に対する恐怖心も失われてしまっているのだろう。何故見下ろしているんだ? と言わんばかりの純粋な感情が見え隠れしている。
「霊石、一体何を……」
「ビューゲ。こいつを屋敷に連れて帰るぞ。絶対に死なせるな」
「……」
後ろから追いついてきたビューゲに俺はそう言った。その時の俺がどんな表情をしていたのかは分からない。だが、俺の顔を見たビューゲが一瞬固まり真剣な表情で頷いてくれた事は分かる。
俺は膝を付き目の前の子供に言った。
「どうやら俺はお前に何かを感じたようだ。だから助けよう。二度と貧民街で暮らす必要がないくらいの生活を保障してやる。だからお前も俺の為に忠誠を尽くせ」
そう言う俺は笑っていたんだと思う。きっと予感していたのだろう。この子供が今後俺の側近として生涯尽くす存在になると……。