第六話「雨の中の一時」
さて、側近を得る事に成功したが俺がやる事は何時もと変わらない。何しろ今の俺は10歳だ。出来る事なんて限られているしやろうとしても出来ない事ばかりだ。
だから俺は家の書物を読み漁る。皇族の屋敷と言う事もあっておいてある書物は幅広く、そして深いものばかりだ。体を鍛える事もしているが生憎と今日は雨だ。家の中で大人しくしているつもりだ。
そして俺がそんなだから側近となったビューゲも同じように書物を読んでいる。父はビューゲに書物を読む事を許可していた為彼は愁などの書物を読みふけっている。それにしても彼の読了スピードは以上だ。見開き1ページを読み終えるのに数秒しかかかっていない。それでいて頭にきちんと記録されているようなので驚きだ。俺だってそこまで早く読めないし記憶は出来ない。羨ましいとも思うがそんなに早く読めば今頃ここの書物は全て読み終えているだろう。そうなれば暇な時間となってしまう。
「そう言えばビューゲはどうやって大臥を越えてやってきたんだ?」
ふと、気になる事を聞いてみる。前にジィに聞いた時は大臥が邪魔をして使者が殺されていると言っていたからな。使者ならともかくビューゲがどうやって超えて来たのか気になるところだ。すると彼はなんともなさげに言ってのけた。
「各モンゴル部族の合間を縫ってきた。彼らだって縄張りのギリギリを横断する我らを攻撃して他の部族を刺激したくなかっただろうからな」
随分と派手且つ巧妙に動いたようだ。確かにそれなら何とか行くかもしれないが失敗した時は悲惨だろうな。何しろ縄張りを通らないで動くんだ。挑発的行動ととられても可笑しくはない。襲撃を受けた可能性だってある。それを潜り抜けてここに居るんだから凄いとしか言いようがないな。
「ならば帰国する時もその様に帰るのか」
「勿論進路は変更するがな。同じ道を通るのは危険だからな」
そりゃ一度目は許されても二度目は……、ってなるだろうからな。それに大臥だって馬鹿ではないだろう。臣従する部族を通じてビューゲの事は伝わっている可能性が高い。そうなれば大臥は戒衡可汗国か加泰帝国に攻めてくるだろう。個人的には挟撃出来る可能性が高い加泰帝国を狙ってくるだろうな。利点としては挟撃の可能性が高い事だろう。
加泰帝国の敵は多い。愁に大臥、更には今は従属しているが虎視眈々と反乱の機会をうかがう諸民族。流石に反乱をする事は無いと思うが愁と一緒に大臥が攻めてくるだけも危険だ。
ジィによれば愁の兵力は40万。大臥が12万だ。対する加泰帝国は15万。愁が攻めてくるだけでこちらは詰む。とは言え彼らとて侵攻は苦労するだろう。何しろ加泰帝国は国という割に道路整備が行われていない。中心地である中都と東都を結ぶ道以外だと愁と通じている南都でしかきちんとした道はない。何しろ加泰帝国は遊牧民族だ。一定箇所に留まるのは国の運営を担う者達のみで後は広大な北の大地を移動している。余計な道は邪魔でしかないだろう。
そんな訳で文明らしい文明は南側に集中している。これらすべてを落とすことだって愁には難しいだろう。大臥なんて領土内に入れるかすら分からない。何しろ間にはモンゴル諸部族がうじゃうじゃといるからな。
では戒衡可汗国に攻めれば良いと思うかもしれないがそうすれば加泰帝国が背後を付く。愁は強大だが動きは鈍いからな。一度動けば手に負えないがそれまでにたくさんの戦果を加泰帝国は上げられる。だが、戒衡可汗国が態々加泰帝国が攻められている時に背後を付いてくれるかは分からない。何しろビューゲの話によれば戒衡可汗国の兵力は10万。更に西には定期的に攻めてくるカル=ハーンがいる。攻める余裕はないだろう。
「もし俺が戒衡可汗国に行くことがあれば俺もその手を使うかもしれないな」
「大臥が味方にでもならない限りそれが一番安全な道だからな」
因みに、俺とビューゲは側近というより友人と言う感じで気さくに話せるようになった。一定の気を使えばそれ以上は不要と言ってきたので俺も同じような回答をしてこうしてため口で話すようになった。
「さて、ほんの続きを読む前に明日、雨が止んだら少し付き合え」
「何処かいくのか?」
「ああ、本当は教育予定だったんだが見ての通り雨だからな。態々濡れてまで行く必要はないからな」
そう言って一度区切った俺はにやりと笑みを浮かべて言った。
「町の様子を見に行くぞ」