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003 逆恨み?

 ……ここかな。


 冒険者たちの姿を型取っていた追跡魔法の光は、僕が目標の居場所を認識できたので、お役御免とばかりに僕の手のひらに戻ってきて吸い込まれるように消えた。

 ここで気配を消した僕は、自分の周囲を取り巻く淡い光に魔力を送るのを止めて、無音で宿屋の近くまで進んだ。


 そっと見上げると、間違いなくこの石造りの宿屋の2階から彼ら4人と少女の気配がする。

 魔法を使える今の僕なら全ての感度が高いので、簡単に周辺の気配を察知できるからね。

 ぶつかった少女も一緒に居てくれて良かったと思いながら、僕は一度宿屋から少し離れた。


 その離れた場所で、サッと自身に隠身の魔法を使う。

 魔法の効果によって、僕の全身がぼんやりと淡く発光している。


 実はこの魔法は特別で、結構な量の魔力を使うけど……おかげで僕はこの世界から無の存在となれるんだ。

 使っている僕が言うのも何だけど、本当にズルいよこの魔法。

 今じゃ使える人間は居ない程の禁忌の魔法だから仕方ないんだけど。


 僕はこの状態のまま、宿屋の表玄関の扉を普通に開いた。


 隠身の魔法を使っていると、僕が宿屋の扉を開いたことも、建物の中に入ってきた事すら誰も気が付けないんだ。

 無だからね。

 僕が着ている服ごと姿が見えなくなり、僕がたてる物音や匂いや気配も一切感じなくなり認識されなくなる凄い魔法。


 でも……王宮のような、魔法を感知してレジストするような機能を備えた場所や、見破れる魔法やアイテムや装備や特性があれば簡単に看破されるけどね。

 それが無いなら今の僕は無敵だ。

 そして当然だけど、街中の宿屋にはそんな超高価な備えは無い。


 そんな状態の僕が、宿屋の中に足を踏み入れる。

 1階の奥には食堂があるようで、深夜なのに宿屋の従業員か主人かは分からない髭面の男が1人、小さな魔石照明に照らされながら朝食の仕込み作業をしている様子が見える。


 朝食のパンを焼いてるのかな?

 僕は鼻の穴を広げてスンスンと匂いを嗅ぐと、美味しそうなパン生地の焼かれる匂いが入口近くまで広がってきているのが分かった。

 唾液が増えるような匂いに釣られて、お腹からグゥと小さな音が鳴る。


 そんな中、僕は食堂の端にある2階への木の階段を昇り、4人と少女が居る部屋の前に到着。

 そして、ドアノブを掴んでゆっくり扉を引いて開ける。

 鍵は掛かっていないようだね。

 不用心だと思ったけど、彼らほどの実力者なら鍵は不要なのだろう。


 木製の扉は古く、僕が扉を引くとギギィと蝶番から錆びた音が出たけど、今の僕が発する音は僕以外には無い事になるからね。


 そして、この1室で5人全員が寝ていているのが見えた。

 僕はそっと中へと進んでから扉を閉める。

 別に音を立ててもいいんだけどね。

 この部屋は照明が全て落とされているので暗い。

 パンの匂いではなく人の匂いと5人の呼吸の音が充満していた。


 うん、大丈夫そうだね。

 僕がここまで侵入しても、誰も目を覚まさない。


 一応気付かれた時の準備もあるんだけど、使わなくても良さそうだね。

 どうやら彼らは、僕の存在に気付くアイテムや特別な能力は持ち合わしていないみたい。

 これなら早く済みそうだなぁ。


 まず僕は、4人の内の一番細身の男。

 恐らくこのパーティの中で後衛のシーフの役割をこなすのであろう彼に近づき、窓際の彼の手元に置いてあるナイフを無造作に取りあげた。


 茶色くて分厚い皮の柄からナイフ本体を抜き取り、短い刀身を窓から差し込まれている月光に照らす。

 加護付きの良いナイフだね。

 初めて持った小さな僕の手にも馴染むし、手入れも怠っていないようだ。


 僕はそのナイフを手にしたまま、一番体が大きくて筋肉質な男が寝ているベットへと近づく。

 床に乱雑に置いてある装備や壁にたて掛けた大きな盾から察するに、前衛の戦士で壁役かな?

 全身が筋肉質で多くの戦傷があって……数多の修羅場をくぐってきた感じがして、とても強そうだね。


 男は普通のベットが小さく見える程の巨体で、太い右脚をベットの外にはみ出しながらグーグーと大きないびきを立てている。

 他の人たちは、よくこんなウルサイ音の同じ部屋の中で寝れるなぁと感心してしまう程。


 じゃあ、寝息が五月蠅いからこの男からにしよう。


 僕は力を籠めやすいようにナイフを逆手に持ち替え、両手で柄を強くギュッと持つ。

 そして大きく振りかぶり、その男の喉にナイフを突き刺した。

 ナイフの切れ味が良いので、非力な僕でもサクッと無防備な喉に刺さり、ナイフの先端が喉の奥の首の骨を掠りながら首を貫通してベットシーツまで届く。


 刃物で人を刺した時の感触は、相変わらず独特だなぁ。


 僕は、ナイフを刺したのと同時に男にも隠身の魔法をかけていて、周囲から男の存在そのものを消している。

 ただ……僕が男を攻撃をした事により、男からは僕の存在を認知可能になっていた。


 男は喉と口から勢いよく血を噴き出しながらも、瞬時に両目を見開いて僕を見定め、大きな右手の拳で素早く殴りかかってきた。


 この男は明確に僕への反撃を試みている。

 流石だね。

 判断も良く、間違いなく一流の戦士だ。


 反撃と同時に大きな物音を立てて、周囲の仲間に自分の危機と警告も発しているし……素晴らしいね。

 やっぱり、物語に出てくるような人達はこうでないと。


 ただ……男の渾身の一振りは、僕自身に纏っていた自動魔法で瞬時に肉体と反射を強化された僕にヒョイと避けられて空を切る。

 生身の僕がまともに喰らえばひとたまりもないだろうけど。


 僕が刺したナイフは喉から抜けなかったので、首に刺さったままなのに凄い。

 まるで野生の猛獣のよう。


 それから、男は自分の行動で寝ている仲間が誰も反応を示さない事に驚いていた。

 自分が隠身の魔法を掛けられている事には気が付いていない。


 まぁ当然か。

 知っているはずないもんね、この類の魔法は。


 ……ん?


 男は致命傷を喰らってゴボッと口から血を吐きながらも、左手で懐から何かを取り出そうとしているな。

 あれは目覚めの粉かな?

 自分の回復は後回しか。

 状況判断も素晴らしいし素早い。


 でも、目覚められると面倒だから……僕はパチンと指を鳴らして発動させた収集魔法で、彼が部屋中に振りまこうとしていた目覚めの粉を袋ごと没収する。

 別に指は鳴らさなくても魔法は使えるんだけど、こういう時に使う魔法と同時に指を鳴らすのは癖が出ている。

 悪い癖だね。


 男は自分の左手から粉が消えた事に驚き、僕の顔を見る。

 僕は自分の手にある粉をピラピラと彼に見せた。

 魔法で強化された今の僕は、彼よりも数段素早いし反応速度も高いので彼の行動を先読みして奪えるんだ。


 そして、致命傷を受けている男が口から更に大量の血を吐き、急速に弱っていくのが分かる。

 そりゃ喉をグサリとやられてるから当然だよね。


 「駄目だよ、あなたたち。僕からチンピラを奪おうとしちゃ。ね?」


 僕は、力が抜けて動けなくなった男の耳元で優しくそう伝える。

 男の目は瞬く間にうつろになり、全身からは力を無くし始めた。

 なので僕が両手でチョンと男の体を押すと、首や口から血を吹き流しながら寝ていたベットにずしんと仰向けに倒れて息絶える。


 最後に、うつろな瞳を僕に向けて口をパクパクしていたけど、ナイフで喉を潰されていたから返事を聞けなかったなぁ。

 と思いながら、刺さったままのナイフを上下に揺らしながら抜き取った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 次は……えっと、先にもう1人の彼にしようかな?

 僕はナイフ片手に、男が眠るベットへと近づく。


 昼間の振る舞いから見ても、好青年に見える彼がこのパーティのリーダーだね。

 魔法戦士かな?


 彼はとても強いし、とても素晴らしい星の下に産まれているのが手に取るように分かった。

 やっぱり昼間見た通り、彼には星の子の勇者の資質が備わっている。

 装備品も文句なし。


 ……ふう。

 危ない危ない。

 このまま放っておけば、確実に彼中心で大きな物語が進み、僕たちチンピラが消滅してしまうところだったね。


 経験上、この手の相手は一発で仕留めないと思わぬ反撃を喰らいかねないけど、僕としては、彼にはチンピラの存在そのものを消されそうになった恨みがある。

 反撃を喰らわないまま終わらせる手はいくつもあるが、さて、どうしたものかな……?


 そんな僕が視線を移して目に入ったのは彼の隣でスヤスヤ寝ている女。

 賢者だね。

 そして、どう見ても勇者の男とこの女はカップルだ。


 女の顔は、世間一般的には可愛いとされていると思う。

 寝顔でさえ綺麗に整っているね。


 ただ、残念なことに僕の男性としての機能は完全に沈黙していて勃起すらしたことが無い。

 あらゆる薬や魔法でもなぜか治せなかったんだ。

 でも僕はそれで構わない。

 今はチンピラとして生きる事が出来ればそれで満足だしね。


 もし僕が男として機能するのなら色々考えられるけど、興味も無いしなぁ……あっそうだ。


 まず……僕は窓際のベットで寝ているシーフの彼に隠身の魔法をかけて、自分の右手の手のひらに魔力を凝縮させた。

 相当眩しい光を放つけど、隠身の魔法で誰にも気付かれない。


 少し経つと……僕の手のひらに凝縮された魔力はドロリとした黒い液体に変化し、禍々しい力を得る。

 作った僕でも嫌な感じがする程。

 そして、僕はその黒い液体をこぼさないように彼の口へ運び飲ませる。


 手のひらの黒い液体は、生き物のようにウネウネと動き始めて彼の口の中へニュルリと滑り込んでいく。

 すると……寝ていた彼がパチッと目を覚ました。

 ただ……明らかに普通ではない。


 目蓋を開くと、白目も黒目も無くなり真っ黒になった瞳を僕に向かって輝かせ、僕の意思のみで動く生きた人形になった。

 ふう。成功だね。


 彼が操りの魔法をレジストする装備していなくて良かった。

 レジストされていたら瞬殺すところだったし。


 彼にはちょっと待っててと伝え、女にも隠身の魔法をかけて同じく生成した黒い魔力の滴を飲ませる。

 彼女もレジスト装備やレジスト能力は無し。


 これで僕の操り人形2体が完成した。

 星の子の勇者と長年連れ添ってきた事で鍛えられた2人の強い魂は、僕の強力な魔法で完全に封印されている。


 「じゃあ、君たち2人はそこのベットで愛し合ってね」


 僕が2人に口頭でそう伝えると、2人は僕の命令通り裸になりシーフが寝ていたベットで無言で愛し合い始めた。


 やっぱり無意識でも、愛し合うって裸になってキスから始めるんだなぁ。

 多くの魔力を消費したけど、2人の本能的な行動を見ると魔力を使った甲斐があったなぁと思う。


 そんな事を思いながら……とりあえず、浮遊魔法で布のベットシーツを浮かせて天井から吊り下げて簡易的な目隠しの仕切りを作り、愛し合っている2人の姿を隠す。


 それから僕はリーダーの魔法剣を手に取り、リーダーの体にある細工を施してから……隠身の魔法を浴びたリーダーの肩を少しの魔力を込めた指でトントンと叩いて起こした。


 「ん? エリーゼ。もう朝か?」

 「あ、違います。でも、おはようございます」


 僕の声に敏感に反応した彼は、一瞬で戦闘モードに気配を変えた。


 「何だ貴様は……う、動けない。何だ? ……し、縛られているのか?」

 「いえ、縛ってないけど」

 「……お前は昼間のチンピラか。何の用だ?」

 「何の用って、あなた…僕が困るんだよね!! あなたが活躍してチンピラを無くされちゃさぁ」

 「……はぁ?」


 「だから、今日僕たちと絡んで少女を救ったあなた達がこのまま活躍したら、僕たちチンピラが困るんですって」

 「何を言って……まさかお前ら、この王女様に向けられた刺客なのか……?」

 「違う違う。だから、この女の子が街外れの街道で暗殺されそうになって、命からがら街の中に逃げ込んできた王族の王女だろうが関係無いよ。僕には無関係。しつこいなぁ」

 「………」


 どうやら、彼らが部屋に鍵をかけないでいたのは、のこのことやってきた刺客を捕らえる為だったようだ。

 そういえば、道中それっぽい5人が居たね。

 僕と目的が似ていて競合しそうだったから、サッと消したんだった。


 そして、彼は僕と会話をしながら相変わらずベットから立ち上がろうともがいている。

 僕は、彼の体に掛けられている白のベットシーツをバサッとめくり上げて、ベット脇の照明を灯した。


 「ううう、うわああああああああああ!!」

 「ああ。あなたが僕の邪魔をしないように両手足を切り取っておいたよ。魔法で傷口だけを治したから痛みは無いでしょ? だって……あなた凄い星の元に産まれてるし、対策は万全にしておかないと」


 僕が手にしている、切れ味抜群の彼の魔法剣で鮮やかに切り取った両手足の切り口から流れた血が、彼のベットと寝間着を真っ赤に染めていた。

 そして、ベットの下には彼の両手足そのものが血にまみれて無造作に転がっている。


 彼は室内の鏡に写った両手足の無い自分の姿に驚きの声をあげたが、すぐに置かれている現状を理解して動きだしているのが分かった。

 頭の切り替えが早いね、流石。


 すると、彼は瞬時に回復魔法を唱え、全身が黄金色に光を放ち……彼の両手足が元に戻……るはずが……なぜか戻らない。

 超高度な完全回復魔法を使用しても、自分の体に変化が無い事に驚いている。

 まぁ魔法を使う前に、魔力を吸収したからね。


 「流石だね。回復の魔法は使えないように一度魔力を全て吸い取ったはずなのに……今の技はどうやったんだろ? 分からないなぁ?」

 「……ぐっ」

 「でも、おかげで魔力を吸い取って僕の魔力を回復出来て助かった。結構使ったから残り少なかったしね」

 「……魔力を吸い取る? そ、そんな魔法聞いた事無いぞ……貴様何者だ……」

 「だから、昼間見たでしょ? 僕はこの街のチンピラだって」

 「………」


 彼は何とか腰元にあるアイテムボックスからアイテムを取り出そうとするが、手も足も無いし、どうしようもできなくれもがいているだけだ。


 「そこのアイテムも全部没収して、魔力回復系のものは僕が使ったよ。僕には必要無いけど、便利だねその収納ボックス」

 「………」


 彼はギリリと奥歯を噛みしめ、恨めしそうな目で僕を見てくる。

 そうやって睨みたいのは僕なのにね。

 逆恨みかな?

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