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002 僕のチンピラ

 僕は、今日もチンピラをしながら街を闊歩している。

 チンピラの服装は毎日同じ。


 今日は晴れているけど、雨が降ろうがチンピラは変わらない。

 突然のスコールで全身ずぶ濡れになりながらもチンピラだ。


 5日程前にスコールに遭った時は、モヒカン兄弟のモヒカンが大雨に濡れて立たなくなって、2人とも両手の平で濡れたモヒカンを挟み込むように支えていた後ろ姿が面白かったね。


 そして、今日もみんなと街をブラブラ歩いていると、チンピラにはチンピラとしての仕事がやってくる。

 先頭を歩くスキンヘッドのリーダーに、前から走ってきた小さな女の子がぶつかってきたんだ。


 少女はリーダーの足にぶつかって倒れた。

 僕がその子を見ると、額に大粒の汗をかいて肩を揺らしながら『ハァハァ』と口を開いて大きく呼吸している。

 とても急いでいたみたいだね。


 年齢は10歳くらいかな?

 ぶつかった衝撃で倒れていた身なりの良い少女はゆっくりと起き上がり、ぶつかったリーダに頭を下げて謝っていた。


 ただ、ここで許したらチンピラじゃあ無い。

 リーダーはここぞとばかりにチンピラパワーを高め、周囲一帯にめいいっぱいのチンピラを見せつける。


 流石はリーダーだ。

 今日もイカしたチンピラっぷりを発揮し、大声でチンピラをしている。

 そうすると、少女は疲れからか逃げられずに怯えて泣くしかない。

 これがチンピラだ。


 しかし、チンピラの栄光は長くは続かない。


 という訳で、どこからともなく強そうな冒険者一行が現れる。

 まぁ街には冒険者はいっぱいるし、普通なら彼らは偶然通りかかった感じに見えると思う。

 でも僕から見れば、少女が彼らと出会うのは運命と言い切ってもいい。


 冒険者一行は、男3女1の4人パーティでかなりの手練れのようだね。

 装備だけでなく、立ち居振る舞いを見ても相当高いレベルに見える。


 そんな冒険者の4人は、スキンヘッドの額に血管を浮かび上がらせてチンピラをしているリーダーを無視して、疲れて涙目の少女に怪我が無いか確認をしていた。

 少女は、冒険者4人の内の1人の若い女性の腰に抱きついて泣き、女性は少女を受け入れて頭を撫でて慰めている。


 そうして残りの強そうな男の冒険者3人が、僕を含めたチンピラ4人と対峙した。


 ここからは簡単だ。

 僕らはいつものチンピラだからね。


 まず、彼らにチンピラ行為の邪魔をされた上、無視までされて怒り心頭な先頭のリーダーが、大声を出す前に顎にパンチ1発を貰い簡単に意識を刈り取られた。

 白目をむいて倒れたリーダーを見て、モヒカン兄弟2人がそれを見て逆上。


 でも、2秒後にはリーダーと同じように路上にバタンと倒れるのだ。


 うん。

 これが概ね正しいザ・チンピラだね。

 そして、この相手は強すぎる。

 新入りの僕がチンピラとして見てきた中で、一番綺麗で簡単に僕以外の3人を倒した。


 しかし、その光景に見入っている場合ではない。

 僕もチンピラだからね。

 ここからは最後の1人として残された僕の仕事。

 3人の様子を見て、いつもより気合が入る。


 「ひいいいい……あっ、たっ、助けて下さいっ!?」


 僕は腰を抜かして地面にへたり込み、後ずさりしながら懸命に助けを乞う。

 石畳の小道にお尻をズリズリと擦り、手足をバタつかせて乾いた砂を軽く巻き上げる。


 僕は自分で巻き上げた砂の匂いをほのかに感じながら自分の役割を果たすと、彼らは僕を無視して助けた少女を連れて慰めながら街へと消えていった。

 これがチンピラだ。


 チンピラに理屈は無い。

 チンピラだからね。

 こうしてチンピラは色んな物語に端役として関わっていく。

 僕はそこが気に入っているんだ。

 チンピラのチンピラたるゆえん。


 …………。


 彼らが去った後、僕は両手や服に付いた細かな砂をパンパンと叩き落とし、徐々に遠ざかる彼らの背中を見ながら考えていた。

 困ったことになったなぁと。

 はぁ……


 ……実は、一番下っ端で弱いチンピラの僕でも気に入らない点と言うか、見逃せない点があるんだよね。


 ああ違うよ?

 チンピラの気に入らない点じゃあない。

 チンピラはチンピラとして完成しているからね。

 チンピラとは不変の個我だ。

 これからも変わる必要は無い。


 ここは人通りの多い路上で、道の両側には商店も多く出ている。

 そして、少女を助けた彼らの姿は人ごみにまみれて僕の視界から消えていた。


 僕は路上に倒れているチンピラ仲間の3人を邪魔にならない道の端まで移動させて、綺麗に眠らされている彼らが目を覚ますのを起こさずに道の端に小さく座って待つ。

 僕が座っている、石とレンガで出来た古い建物と建物の隙間からは、ほのかに小便の匂いがした。


 話を戻そう……僕が見逃せないのは、少女を助けた彼ら。


 ああ、違うよ?

 僕はチンピラに絡まれていた少女を助けた彼らが正義の味方であろうが極悪非道者であろうが、そんな事はどうでもいいんだ。

 チンピラには無関係だからね。


 例えば、彼らが少女を助けなかったとしても、他に助けようとした人が現れたはずだし、助け人が現れなかったらそれでもいい。

 リーダーがチンピラをして適当に泣かせて終わりだ。


 ただね……今回のように彼らが少女を助けたことによって発生した、大きな物語に繋がるスイッチが入った事が許せないんだ。

 そうなると、僕たちチンピラはチンピラじゃあ無くなってしまうからね。


 どういう事かって?

 ……分からない?


 僕は多くの有名な物語を知っているけど、大きな物語っていうのは先に進めば進むほどチンピラが完全に居なくなるでしょ。

 分かる?

 ゼロだよゼロ。


 チンピラは物語の初めか、もしくは物語の中盤に強くなった主人公への噛ませ犬として出てくる程度だ。

 僕はそれでいいと思っている。

 だってチンピラはチンピラだしね。


 しかし、物語の最後なんて酷いものなんだよ。

 正義の勇者が悪の親玉を倒して役割を果たすと、なぜか街からチンピラや悪者までもが全員消し去られてしまう。


 彼らが歩みを進めてしまうと、僕たちがチンピラじゃあ無くなるというよりは、この世界からチンピラそのものが居なくなるの。

 そんなの許せないでしょ?


 えっ?

 チンピラが物語の終盤に出てくる場合もある?


 ああ、それは違うんだよ。

 よくある間違いだね。


 それはチンピラじゃなくて、チンピラ風なだけなんだよ。

 チンピラ風なのはチンピラとは別物だからね。

 チンピラとは違うから、チンピラ風なんだ。


 ハッピーエンドで彼らの物語が締めくくられるのは構わないけど、僕が大好きなチンピラがこの世界から居なくなるのだけは許せない。

 そんなの駄目だよ。


 なので、僕がチンピラを守らなくちゃ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 深夜。

 僕は自宅の安いベットの上で、僕が使役している手のひらサイズの小さな使い魔に肩をゆすられて起こされて目を覚ます。


 僕の魔力で産んだ彼らは、全身が真っ黒の使い魔。

 消費魔力が小さな割には使い勝手が抜群なんだ。


 時間通り起こされた僕は目を擦り大きなあくびをしながら魔石照明を点灯させて、寝る前にベットの脇に用意していた特製のチンピラかつらを装着する。

 額に剃り込みが入った、特製のオールバックリーゼントかつらだ。


 それから普段着ているのとは全く違う、世紀末感が溢れる銀色のトゲトゲが沢山付いた黒の皮ジャケットを素肌の上から羽織る。

 更に、分厚くて細かな細工が施されたシルバーネックレスを首に巻き付けた。


 そして、ビリッビリに破れた黒の皮パンツを履く。

 最後に黒の厚底ブーツを履くと、僕の心の中にある最高のチンピラの完成だ。


 これらの装備品は全て、妖精界に隠れ住んでいる伝説の鍛冶師でもあるデュリッヒーという名のドワーフを強制召喚して頼んで作ってもらった逸品。

 カツラから足先まで全ての装備品は、身に付けた者の身体のサイズに合わせて自動で大きさが変更され、身に付けているだけで様々な最上級加護が得られる。


 自己修復機能や防御力にも優れていて……実際のことろ、以前の冥王を倒した勇者が身に纏っていた最高クラスの装備品と同等レベルらしい。

 作った本人からそう言われても、僕は比較した事無いからピンとこないんだけどね。


 ただ……僕は普段のチンピラの時はこの服を着れない。

 チンピラは弱いのが決まりだし魔法を使っちゃ駄目だからね。

 チンピラに加護なんてもってのほかだ。


 なので、こうしてチンピラじゃない時に着るようにしている訳だね。

 そして、この服のセットは見た目がとても気に入っているんだ。

 だから、着るだけで深夜で眠くて重たい目蓋が軽くなり目が覚めた。


 最後に、一応鏡の前で全身をチェックする……よし、これで準備万端だね。

 近くで僕の様子を見ていた全身が黒い使い魔も、僕の姿を見て白い歯を見せてニッコリだ。

 親指を立てている。


 僕の今の恰好はチンピラだけど、今は1人だしチンピラじゃあ無いからね。

 チンピラは、チンピラとして活動する時以外はチンピラじゃなくてもいいんだ。

 だから、こうして魔法も使えるし使い魔を召喚出来る。


 僕が今住んでいる1人暮らしのこの古い長屋は、チンピラらしい狭い家。

 部屋を歩けば所々で古い木の床がギシギシ音を立てるし、強い風が吹けば窓がガタガタ揺れる。


 住みにくいと思うでしょ?

 でも、僕は気に入ってるんだ。

 チンピラが帰ってくるチンピラらしい住まいだからね。

 最低限の補修もしたし、家での僕は多様な魔法が使えるから困る事は無い。


 この家はリーダに紹介してもらったんだ。

 大家さんがリーダーの知り合いで、近所にはリーダーやモヒカン兄弟らチンピラ仲間も住んでいる。


 リーダーもモヒカン兄弟も実家暮らしだ。

 小さな頃から同じ家に住んでいる。

 そして、チンピラは近所の人には悪さはしない。

 むしろ優しいし挨拶も交わす。

 それがチンピラだ。


 僕は完璧な服装で、そっと家を抜け出しスタスタと人通りの無い暗い深夜の夜道を歩く。


 毎日のように通る歩き馴れた道だけど、昼と夜では全く別の道になると思う。

 深夜って眠いんだけど、なんだか少しだけワクワクするんだよね。

 何でだろう?


 そうしてすれ違う人の居ないまま20分ほど歩くと、今日僕が冒険者に助けを乞うた場所に着いた。

 ここだったね……ふぅ。


 僕は深呼吸した後、石畳の道路に屈んで両手に強く魔力を込める。

 そうして、鮮やかな魔力光を放ちつつ高濃度の魔力が必要な追跡魔法を発動。


 僕の両手から発出した、無数の追跡魔法の淡い光がチンピラ姿の僕の全身を包んだ後、その光は周辺一帯に散らばった。

 そして、四方に散った光の1粒1粒が、この場から影を無くすように眩しく輝き、全方位から僕が居る一帯を照らす。


 冥界の追跡魔法。

 この魔法の名前はなんだったっけ?

 ……出てこないな……忘れた。


 僕はこの魔法で4人組と少女の痕跡を探り追跡を始めた。

 人通りが多い道なので通常の追跡方法なら追うのは困難だけど、冥界の魔法の光は意思があるように、僕の目的を理解して分散している。


 そして、時間を遡って昼間少女を助けた冒険者パーティのメンバーを上手く捉えて、その姿を細かな光が縁取った。

 そうそう。

 僕が探していた5人。


 光が縁取った姿は、僕が昼間見た冒険者と少女で間違いないようだ。

 それから、その光の冒険者4人組は少女の光と共に歩きはじめる。


 僕は人型に変化した光に先導されて彼らの足取りを追いかけるように進むと、1軒の宿屋へと案内された。

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