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手首にアンクレットを

作者: 葵 ルリナ


 土曜の昼は最近、ホカ弁だ。


 金曜の夜、会社帰りの祐二と自由が丘駅前で待ち合わせ。

居酒屋ダイニングで幸せの味が体に染み込むと同時に、ジントニックが脳をホルマリン漬けみたいにするのが癖になる。

 彩佳は今年27歳。

 実年齢より若く見られるせいなのか、渋谷に買い物に行ったら、変なスカウトにあうことが多い。どんなスカウトかというと、それはイロイロ・・・。

 1カット3万って言われてもよくわからないし、顔のないアタシが豚のように転がるだけで何が面白いのかわからない。


 午後10時、祐二に腰を回されて、緩い坂道をゆっくり下るのも、もう何度目だろう。薄暗い夜道も黒のハイヒールが踵を虐めたって、祐二と一緒ならば平気だ。

 夫が海外に単身赴任に行ってもう1年が経とうとしている。初めは寂しくて、なんとなく覗いた出会い系サイト。運命的に祐二と繋がって、毎日癒された。最初はメールだけでもときめいていた。しばらくしてチャットをするようになって、リアルに近くて楽しかった。でも直ぐに声が聞きたくなっていた。

 そんな祐二も単身赴任で東京に来ていた。お互い東京に住んでいると分かり、自然な流れで逢うようになった。

 祐二は大企業のエリート社員。東京本社に大抜擢されて単身上京してきたらしい。祐二の奥さんはお嬢様で、実家は芦屋にあるらしく、ついては来なかった。だけど、奥さんの実家が会社に圧力をかけられるほど力があり、祐二は逆らえない。


(バレたらやばくない?)

(たぶん、生きては帰れないかも。)

(クビ?)

(まだいいよ。一生、飼い殺しかもね。)

(イヤだ・・・。)

 思わず、祐二の頬に顔を埋めた。

 男のクセに毛穴が小さくて白い肌。メンズモデルみたいな肌が彩佳は、好きだ。

「祐二のほっぺ、つるつるしているね。」

「営業職は顔が命だから。」

「若いからね。」

(ぷっ。)

 祐二は少し吹いた。

 男は汗で湿ったシーツをゆっくりと剥がした。

 少し水滴が残っている雨上りの水仙のような女の肌に、唇をふわりと滑らせる。

「彩佳もすべすべしていて、気持ちいいよ・・・。」

 私は恥ずかしくなって、目を逸らしてしまうけど、塊は熱くなり体温が急に上がったみたいになる。

(モットツヨクシテ、モットオクマデホシイノ)

(コワレチャイタイ)

私はいつも言葉にならない声で叫ぶだけだ。

(可愛い声だね・・・)

(いつも良い匂いするね・・・)

(彩佳の・・美味しいよ・・・)

 祐二はいつも五感すべてで愛してくれる。

 時間も空間も判らなくなるくらい・・・。

 ゆっくりと、二人は少し薄汚れたシーツの冷たい海に溶けて沈んでいく。

 薔薇色になった人形は身体をくねらせ、ご主人様を上から見下ろして少し浮いた。

 もっと深い闇へ・・・落ちていきたい。

 誰にも見つからない場所で二人だけの貝殻の部屋。

 人形は泣いたりしないけど、ただの女はとっても脆く弱い。

 痛みは全身を突きぬけ、私をゆっくりと壊すだけだ。

 汚されたオーラが無防備にさせ、何かが浸食してくるような感触に私はいつも耐えられないでいた。


「一緒に死のう・・・。」

 私は鍛えられた祐二の腕をぎゅっと掴んだ。

「馬鹿なこと言うな・・・自分を大切にしないとだめだろ。」

 紅い間接照明に照らされた、少し怒ったような横顔

「死ぬの怖い・・・?」

「馬鹿・・・。」

 祐二の唇は私の口を乱暴に塞ぐ。

 こんな会話は日常だった。 苦しい気持ちは日に日に増していく。このままいって、どうなるんだろう。私たちはいつか別れが来て、ただの日常に戻るだけだろうか。


(離れられる?)

(離れる?)

「祐二と別れるくらいなら、私死ねるよ。」

 隣で微かな溜息が聞こえた。

「祐二がいない生活なんて死んでいるのと一緒だから。」

 香水の匂いは全部肢体に染み込み、言霊と一緒に消えていた。

 私の肌からはもう祐二の匂いしかしなくなっていた。

 もう5時間くらい何も食べていない。

 朝に怯えながら、祐二は私の首筋を噛んだ。永遠を探すように。 

軽い痛みと、いつもの赤紫色の印。愛のしるし・・・。

遠くで漆黒の鳥が鳴き始めた。二輪車と「カタン」と金属が擦れた音。闇を照らし始める合図だ。

 カラカラの肢体は横たわったまま、動けない。


 好きだけじゃだめなの?

 この体はもう祐二だけのものなのに。

 朝の空気の匂いが心に突き刺さる。

「別れようなんて言ってないだろ。」

 わかっている。

 祐二はそんな事言ったことはない。ただ不安なだけだ。祐二のいない明日が来るのが怖いだけだ。私だけを愛してくれているのだろうか・・・。

 本当は・・・?

 それを考えるだけで、気がふれそうだ

「彩佳を失うなんて、考えられないから。」

「君は永遠に俺のものだよ。」

「本当に死にたいの?」

 祐二は悲しそうな目で、優しい口元で、幼い子供のように小さく蹲った女の首に、静かに青白い手を置いた。

違うわ。

 死にたいんじゃないの。生も死も全部、私のものにしたかっただけ。あなたが息を引き取る時は、きっと大病院の病室で、家族に囲まれているだろうから。私は決して、そこにはいない。

 ごめんね。

 欲張りだね。

 全部欲しがったら、一つも手のひらに残っていないね。

 子供の頃に集めていた団栗みたいだ。入れても、入れても、小さなぽっけじゃ、零れ落ちるから。

不意に祐二の髪の毛が首筋に刺さり、くすぐったくて、私は少し笑った。

「ね、お昼はとんかつ弁当にしよっか・・・。」

 満足そうな笑みを浮かべて、祐二は静かに目を閉じた。

 太陽も星座も時に残酷だ。

 今信じられるものは、繋がれた指と指の体温だけ。

 今日も、私達はお日様と一緒に、夢の中に落ちていく。



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