ポリシーイスティックな衝動!
「カレに接触して何分たったァ? ア・リ・スゥ。ローズたん、もぅ待てなァ〜い」
アタシが崇めてる闇組織の“いちおう”上司、ローズの甘ったるい声、携帯から聞こえてきた。
レースやらリボンやらがいっぱいの服。それ着てる40代の姿。思い浮かべちゃったアタシ、喉の奥に込み上げたナニカを慌てて呑み込む。
アタシはすぐさま電源オフった。
そ、アタシの名前はアリス・ヴァスカヴィル。
もちろん偽名。
20××年の夏、アタシ16歳で。新種ウイルスの数少ない感染者になった。
で。
常軌を逸した力と殺人衝動を得たかわりに、ヒトの心を忘れちゃったんだ。
まッ、日本政府はそんなウイルスなんて存在しないって言い張ってて——佃煮ができるほどの死体、目の当たりにしても——断固として認めなかった。
ありがとッ!! 助かってるッッ!!
アタシ、殺りやすい!!! ……まあ、そんな感じってわけ。
研ぎ澄まされた雑踏の奥、ヒール鳴らして流れてるとツインテールが長すぎて、身体に当たってちょっとウザったい。
そろそろ切ろっかな〜って、手の中で銃弾——アメ玉——転がしながら、制服姿でチュッパチャップス舐めながら、獲物んとこ戻る。
木更津 蒼、20代男性。しょうゆ顔でわりとイケメン。バルーンアートを作るお仕事してて。ここんとこ、ハウジングセンターのイベント会場飾り付けてる。
っていうのは、仮の姿。
アタシ、知ってる。この人は、闇組織を探ってる新種ウイルスの研究員だって。
「おかえり。そう言えば、今日はどうしてここに?」
凛とした声。タバコを片手にスーツ姿。長身でスラリとした感じもやっぱり、カッコイイ。
「ちょっと、蒼に会いたくなって。キミがここにいるの知ってるのは、アタシだけでしょッ?」
冗談を交わせるくらいには、親しくなってから死体にするのが、アタシのポリシー。
一層“ヒトらしくない”のが、たまんないでしょッ?
「ア、そうなんだ。ボクに何か用でもあった?」
「大したことじゃないし。用事入っちゃったし。もう帰るー」
アタシ、クルッと背中を向ける。
振り向き様に相手の瞳を見つめながら撃ち抜くのも、アタシのポリシー。特に理由はないけど。
アタシ、直ぐに振り向くつもりだった。
が、3秒遅れた。
「ボクを殺しに来たんじゃなかったの?」って、蒼がはっきり言ったのが聞こえたから。
蒼の瞳の中には、確かに恐怖があった。
けれど。
アタシが蒼に銃口を向けた次の瞬間、蒼は、アタシのこと抱き締めるみたいに両手を広げて。そして——、カレ、笑ったの。
甘ったるく。
バアアァァアァァン!
大きな銃声が鳴って。
アタシ、衝撃を腕に感じながら、ずっと、——この笑顔の意味——考えてた。
蹴飛ばしても、悲鳴を上げない死体のくせに、笑ってんの。
この笑顔はなんか忘れられない。
アタシ、最期にだって笑えちゃうヒトはちょっとだけ好きかもしれない。
この時のアタシ、まだ気づいてなかった。アタシがヒトの心、取り戻しつつあるってこと……。