古木目時佐府馬鷺池素午後の戸戦記
お楽しみいただければ幸いです。
最初は、劣勢だった。
リージョンディテール古木目時、ナンバー佐府馬鷺池素、方角、午後の戸、より。崩壊した時空亀裂から、いつものごとく唐突に姿を現した波動網は、大小合わせて6つ。
神出鬼没変幻自在な奴等の読みとれない動線を読みとり、おぞましい破壊と濫行から、かけがえなく大切な彼ら人類の生活区を護るため。
更に、願わくば人類の永きににわたる、今や唯一の敵でもある憎き波動網等に僅かでも構わぬ、目に見えるダメージを与えんとするそのために、先週組まれたばかりの市民軍新規戦闘グループ小隊4名は血気盛りと頼もしいかな、どこまでも勇猛果敢なのだ。
人間の生活区域からさほど離れてはいないこのリージョンに数時間前、新たに姿を現しいま大気を不穏に汚らわしく震わせ、禍々しい6つのうず巻を空に描く正体不明のエネルギー体 -研究者により名付けられ以来、波動網、と呼ばれる- へ接近し、距離を取り、と追い詰めていくのは、陸水空すべてにおいて瞬時に対応できる市民軍の誇り、対波動網戦闘個人モバイルスーツ4基の小隊。
つや消しの藍錆色に、ところどころの白銀は眩く閃かせるしなやかな動きのモバイルスーツに各々身を包み、あるものは空へ、あるものは対陸形態時の昆虫様の軸足で地を蹴りあげて砂煙を派手に立ち昇らせながら、徐々に6つの悪魔の影を追い詰め、小隊のすぐれた戦術はついに敵を地上5mほどの位置へひとまとまりにする処まで追い詰めていた。
彼らの戦闘の手腕はなかなかのもので、もし、この戦闘を記録し観ているものがあれば、とても急造りの小隊とは思わせない見事なチームワークであり、捌きである。
「鈴木!援護頼む」
「ラジャ」
波動網群に空中で最接近していたチームリーダー小林から、地上にて隙の無い構えを取っていた鈴木の機体へボイスメールが飛んだ次の瞬間。
攻撃弾の連打とともに波動網が最も苦手とする楕円のらせん型旋回前進を完璧なリズムで宙に描き、小林のモバイルスーツが一気に敵の中心へ突っ込んでゆく。不敵にほくそ笑みでもしているようであった波動網たちの憎々しい動きが凍り付いたように一瞬停まり、反撃の為間を取ろう、にも、奴等は直ぐにはそれを取れない。
なぜならば直下砂地からの鈴木の援護射撃の他に、残る2人からも波動網のクセを読み切った斜め後方、そして直上からの2つめのらせん型旋回の援護射撃、まさにこの小隊の実力が連射で鳴り続ける弾号へとひと息のうちに昇華し、平和を脅かす黒い影、危険な波動網の群れを逃げ場のないところまで追い詰め切ってしまったからだ。
波動網同士は動揺するように上下左右に震えつつ身を寄せ、そして互いが触れ合ってしまった時の常の「現象」として勢力を急速に弱め、観念したように一つの渦となってゆくとイヤな音を立てながら一気にタテ方向にくるくると回転し細まり、断末魔の青灰のいろの煙をあげたかと思えば中に現れた時空亀裂へと消え去っていった。このたびの戦いは、我らが市民軍の勝利に終わったのだ。
「…ワタシはぁ、将来ぃ、地上街の繁華街に住んでぇ、外人と結婚してハーフ産んでさぁ、んでその子が3歳になったら速攻モデル事務所入れるから。もう決めてんのね」
ここは、延々と広がる地上世界の荒野の砂地に仮の野営所を立て、先ほど激しい戦いを繰り広げた4名の若者がひと時の休息をとっている場所。
中心には小さなグリルの炎があがり、戦士たちの腹を満たすことになるであろうささやかな食事が火にかけられている。
身を寄せて停められた4基のモバイルスーツを背に、右から、鈴木、小林、橋本、岸の4名が輪になり、各々飲み物を手に、額ににじむ汗、肩を揺らす上がった息もそのまま、若者らしい語らいのひと時を始めたところだ。
「はーあ」
ハーフを産んで、と珠を転がすような声音で宣言し終えたのは紅一点のチームリーダー小林で、それに返す刀、頓狂な相槌で応じたのは鈴木である。
「おまっ、まじでビッチだな~ありえんわ」
「はぁ?クッソビッチはそっちだし、訊かれたから言っただけっしょ~?ねー岸さん」
突然話を振られた内で一番年長である岸はワザと大袈裟に戸惑って見せながら、受け答え。
「し、知らん知らん俺は。えっ鈴木はクソビッチなの?ほお~。人は見かけによらんな~」
その絶妙な間に4人の輪に、おもわず和やかな笑いのさざ波が起こる。
「つか、俺はクソビッチではねぇし。変な噂広めんな!」
笑いが収まると、茶を一口すすって、鈴木が小林に小石を放り投げる。
「痛っ!…ちょぉありえんし!」
小林は眉を吊り上げ、手にしていた飲み物のカップを地面に下ろすと片掌にいっぱい小石を掬い上げ、もう片方の手で、目にもとまらぬ速さで鈴木の膝に向けて小石を連打しはじめた。
「痛たたたたたたた!ちょ、やめろまじでまじムカツク、こいつうざっ!うざっ!!オイ、ほんとやめろほんと…あー!ハイすんません!ハイハイハイハイ!終わり!って…痛っ!ちょおまじであたってるって!ちょっと!」
鈴木はたまらず腰を浮かして茶を飲みながら逃げ回る羽目になった。
そんな二人のやり取りを、ほほえましく視線を交わして見守る、岸と橋本。
と、その時。
雲の切れ間に、一瞬不穏な気がよぎったのを小林は見逃さなかった。
「全員乗機!スタンバイ後、B隊列で直進、方角、午前の戸!」
小林の鋭い号令の下、4名の軍人たちは再び戦闘の空へ翼を閃かせ地を蹴って飛び上った。
後駆を務める岸が、一瞬振り向くとのどかな昼食を彩るはずだった4名の食料をグリルごと一発の砲で灰にし、敵の待つ方角へときっと踵を返す。
何に由来するのか。それ自体が意思を持っているのか、それすらもわからない得体の知れぬ粗暴な存在、波動網の脅威に人類の居住地が晒され始めてから、すでに数十年。
いくつかの都市が壊滅状態になった後、人類はついに太陽の下で生活をすることも諦め。地下に逃れ、身を潜めるようにして日々の生を営んでいた。が、そんな中でも地上に跋扈する悪魔たち、波動網の研究を怠らなかった不屈の有志チームは、ついに有効な武器、そして地上に出ても対等に戦いを交わすことのできるモバイルスーツを開発することに成功したのである。
このお蔭、そして人類が再び太陽の下で生活するための戦いに身を捧げんとする市民軍に鋭意参加する若者たちが絶えないお蔭で、現代の人類は地上に設けられたいくつかの新都市という居住区を持つことができ、朝と夜のある健全な生活を取り戻すことができているのだった。
市民軍を成すのは先の4名のような、普通の、本当にどこにでもいるような普通の若者たちばかりである。
彼らには危険な戦いの代償として、充分な報奨金が与えられるであろう。そして、勝利を収めた隊の軍人たちはその金を元手にすれば、引退後地下街出身の者であっても地上の、それも一等地に居を構えることも、全くの夢ではなくなるのだ。
太陽の下で生活する。
たったこれだけの当り前のことが、絶えることなく繰り返される戦闘無くしては得られなくなってしまったこの世界で、このようにしても生き延びる社会の姿を卑しいと思うか、逞しいと受け取るか。
もし、後世がまだ人類にこの先あるのならば。そこにいる人々の哲学は彼らのような若者を、どのように評してみるのだろうか、いつか歴史として編まれ、研き究められる時が来るに違いない。
今はただ、いつ終わるともしれない戦禍のさ中で、友との繋がりの僅かなひとときそれだけを大切に抱きかかえるように心の癒しとして、広すぎる空を舞うだけの存在の彼らだけれど。
でけたー!だな。