眠るように、逝ってしまいました
昨日の朝亡くなられた方、まだ大丈夫かと思っていました。なので、「亡くなったわよ」と聞いて、
「誰?」・・・m(__)m
二日前の日曜日に、静養室に移動。食止めにした事と、お部屋が変わったことをご家族に連絡。で、休日と言うこともあり、沢山の方が、面会に来てくださいました。遠くからもいらしたようで、面会は夜の九時ごろまで、入れ替わり立ち変わり・・・え~と、入所されて早一年、娘さんが数回いらしたくらいかな~なのですが・・・
ショートステイを使われていた方です。旦那さんと一緒に、いつも夫婦漫才をしていました(笑)
「ねえ、これ(指差して)私のことを、バッカって、言うんだよ~」
「ばかをばかと言って、何が悪い!」
「嫌だね~まったく・・・あれだよ・・・ほんとに」
六年ほど前の脳梗塞後遺症で、認知機能だけが低下。旦那さんは年相応なので、家では、旦那さんが面倒をみていたと聞きました。ゆっくりした口調で、ちょっと的を外れた返答の為、けんかになりません。
それが、あっけなく旦那さんが先に亡くなってしまいました。
その後入られたショートステイでは、時々、
「お父さん、どこに行ったのかな?」
と、探すこともありました。でも、食事が来れば、そんなこと、サラッと忘れてしまいます(笑)
初めは、スタッフも、
「寂しがって、夜動き回ったらばどうしようか?」
と、心配していたのですが・・・
それをいいことに、「お父さんはどこ?」と、聞いた方がいたようでm(__)m
「知らない」と言う時もあれば、
「上でしょ」と言うことも・・・この建物、上の階がないので、自宅での「二階」という意味なのか、「天国」という意味なのか・・・
一人で家に置いとくのは、危ないからと、ショートステイで施設に居ることが増えました。
いつも、片手を上げて、大きな声で
「お姉さん、ちょっと!」
と、人を見れば、声お掛けてきます。
「何ですか?」
と聞くと
「ん~忘れた(笑)」・・・
三回に一回は、介護員さん達から、パスされていました(>_<)
とにかく、声がでかい。しつこい。わけわからない・・・
それが、ある日の夕方、なんかみょうに静かで、ちょっと心配になり声をかけると、ろれつが回らない(>_<)しゃべろうとするのですが、小さな声で舌足らずな・・・左右、手も足も動くは動くし、視線も合わせることが出来るけど・・・
娘さんに連絡して、すぐに病院受診してもらいました。軽い脳梗塞・・・家に帰って、「お腹が空いた」と、言えたそうです(笑)
本入所されたのが、一年前。それからも、色々ありました。
入所された時には、一人で歩けましたが、トイレは誘導しないと行きそびれる(笑)感じ。部屋からホールに出てこれるのですが、帰りはお見送り必(笑)それでも、怒ることなく、笑いながら連行されているので、施設仕様(*^-^*)
その内、転ぶことが多くなりました。
足の浮腫みもあり、体重もあり、90歳近いこともあり、方向転換が上手くいかないようで、よく転んでしまいます。
けれど、痛いかどうか?なかなか確認が取れない(>_<)
何度かの転倒は、事なきを得たのですが、今年の春、とうとう折ってしまいました。その時も、座っていれば、痛みを訴えない。が、歩きたがらないし、立ち上がると、傾いてしまう。腫れてもいないけれど、とにかくレントゲン検査・・・折れた所は、保存的治療しかないということで、車椅子。トイレ介助の時は立位可でした。でも、結局、歩かなくなっていきました。
食べることは好きで、ほとんど残さず、召し上がっていました。ほんとは、かなりの糖尿病で、食事制限が必要なのですが、ご家族から、食べることしか楽しみがないので、甘いものも制限しないで欲しいという要望があり、主食の量は控えめですが、おやつもしっかり完食。
それが、歩かなくなってからのことだと思います。あまり食事に積極的でなくなった?と言うか、わからなくなったと言うか・・・食事を前にしても、ボーとしていることが多くなりました。
「活動量が減ったのだから、食欲が落ちるのも当たり前だよね」
と、完食しなくても良いと思う所ですが・・・施設では「完食」が推奨されています(笑)
なので、声掛けだけでは済まされずに、お口にポイ(>_<)
食の細い方で、何とか食べてもらいたいと食事介助しようにも、頑としてさせてくれない方もいます。そこ、コメダさんは、嫌がりません(笑)
何故か、エプロンの下に、両手を組んで隠してしまいます。で、人が来ると、口開ける(>_<)
手をエプロンから出して、スプーンを握らせると、一口は口に運ぶのですが、又、しまってしまう。その繰り返し。介護員さんも、そこを通る度に、スプーンを握らせるのですが、その内、タイムアウト。パパっと食事介助されて終了。コメダさん、飲み込むのは、速い(*^-^*)
そんなことをしている内に、先ずは左手が動かなくなりました。両足首から下と、左手はパンパンに浮腫んで・・・動かさないから浮腫む、浮腫んでいるから、動かせない・・・
ソファーに座らせて足を上げたり、昼寝の時間を多くしたりと、介護員さん達、考えてくれました。私としては、「足動くのだから、動かしたいな~」なのですが、声を掛けるだけでは、すぐに止まってしまう。自動は無理、他動運動は、こちらの時間がない(>_<)
十月に入り、主治医に相談したところ
「今飲んでいる水分量から200㏄少なめにして、二週間たってもあまり変化がないようならば、利尿剤」
と言う指示が出ました。
すでに本人から飲み物のオーダーはないので、渡さなければ減らすことはできると、介護員さん。
十月半ば頃には、もうほとんど自分で食べようとしなくなりました。まだ、右手は動かすことが出来るのですが、スプーンを持たせても、どうしていいのかわからない様子です。食欲がないのか、やる気がないのか・・・表情もなくなってきました。
「ねっむい」それが、口癖です。
その内、ほんとうに眠っていることが多くなりました。特に朝は、覚醒せず、車椅子に座っていても傾いてしまいます。クッションを入れて何とかガードするのですが、起きてくれなくては、食事介助も出来ません。朝はゼロという日が続きました。それでも、お昼は何とか完食(笑)。むせることなく、短時間で。
十月の末、かなり食事量も減って来たし、覚醒しないことが増えたからと、今後のことを相談する為に、長女さんに連絡しました。すると、
「妹にも相談して、近々面会に行きます」
と。
が、翌日になっても、連絡なし。
そして、二日。朝ご飯、覚醒せずにゼリー数口。お昼も覚醒せず。何とか起こして、ゼリー一口入れた時、そのゼリーが、飲み込むことも吐き出すことも出来ないようで、喉でゴロゴロ言い出し、サチュレーション低下(>_<)吸引して、99%に復活しましたが、食事、中止しました。
長女さんからの返事がないこともあり、とにかく今の様子を伝えようと、電話をしました。
「もう、一年近くお世話になりました。十分だと思います。とにかく今行きます」
と・・・これから昼休みなのですが(>_<)
食べ終わるかいなや、長女さん、次女さん達が到着。コメダさんも車椅子で来てもらいました。呼びかけに、薄目を開けるのみ、娘さん達だと分かったのか、不明(>_<)
「今日は丁度主治医が往診に来る日です。今のコメダさんの状況を説明してもらうことが出来ますが」
と言うと、お願いしますということで、主治医到着まで、お話をしていました。
長女さん、他の三人に、私を紹介・・・
「この看護師さん、ばあがトイレで泣いている時に、こんなに太いの出してくれたのよ」
・・・
主治医から、老衰により、食べられなくなっていること。ただ、調べれば、何か病が見つかるかもしれない。又、食べられないことに対する、胃瘻や点滴という方法もあること(今は推奨されていないけれど)このまま食べれないと、後、二週間も持たないこと、その前に自分の唾液で誤嚥して肺炎になる可能性もあること等々、話してもらいました。ついでに(笑)、最期の時を家で過ごすことも出来ますよ、と。
その後、私からお看取りについて説明して、お看取り対応となりました。
翌日は、少しは起きている時に食べれたようです。
で、日曜日。いびきをかくような呼吸で熱もあり、全く起きないので、静養室へ。夜間の対応についての用紙も作り、家族に連絡。
翌日も、40℃近い熱が出ていました。サチュレーションは、80%ほど。それでも、チアノーゼが出ていないので、実際にはもう少しあったのかもしてません。呼吸は早く35回ほど。今に思えば、なんというか・・・カロリー使い切る感じでした。尿もそれなりに出ていたので、浮腫みもスッキリ。
お昼ごろに、しばらく目を開けて、顔は動かせないのですが、辺りをうかがっているような感じで、目だけ動かしていました。
「お父さん、迎えに来てくれたのかしら?」
翌朝、日勤が来てから、亡くなりました。
口紅、頬紅淡く・・・「お姉さん~」と、今にも言いそうです。
すぐに長女さんいらして、
「着換えを取りに行きます」
と、戻られ・・・いつになっても来ない(>_<)
主治医もクリニックの診察時間で来れないけれど、着替えるっていっても、硬直してくるんですけど・・・
電話すると、忘れていたようで・・・昼ご飯の時間に到着(>_<)
すでに固くなりつつある方に、何とか着物を着せました。ん~なかなか素敵でした(*^-^*)
お見送り、雨が強くなりました。
雨降りお月さんのメロディーが浮かびました。
お父さん、待っててくれているのですものね・・・




