病院にて・・・思い出します・・・
病院勤務の時の、忘れられない患者さん達・・・
もう、涼しくなってしまいましたが・・・怖い話を・・・
それは、準夜勤の夜のことです。食事も終わり、オムツ交換も終わり、点滴も日中分は、終わり。後は、中心静脈栄養の点滴を見守るだけ。計器の音がリズムよく聞こえる中・・・小さなライトを手に、一人で巡回していました。
季節は、11月・・・北風が吹く、寒い日・・・
点滴棒を持って、トイレに向かう方とすれ違い、
「お困りのことは、ないですか?」
と、お尋ねするも、大丈夫とのことで、歩行を確認して、見送り、長い廊下を進んで行くと・・・
(ドロドロドロ~)←効果音
やけに、風の音がする窓が・・・
何故か、そこだけが、ガタガタ、明らかに、鳴っている・・・
カーテンは、閉まっているし、揺れてもいない、なのに、何故か?
私は、足元がヒエ~となるのを感じながら、カーテンを、えいっとばかり、開けると
廊下の窓の外には、男性が・・・病衣を着て・・・顔をガラスに引っ付けて、立っていました(>_<)
一瞬、凍りました。
目が合って、我に戻り
「キムラさん、なんでこんなところに居るの?」
窓を開けるも、窓枠が高くて、とてもこちらに引き寄せられません。どうやら、ここから出た訳ではないらしい・・・
私の悲鳴?を聞きつけて、先輩が飛んできてくれました。
「あなたは、ここにいて、キムラさんが、動かないように、見張っててね、彼の部屋を見て来るから」
キムラさんの身体は、すでに冷たくなっていました。カーディガンを着せて、ありったけの力で抱きしめました。お爺ちゃんを・・・
先輩が彼の部屋から出て、彼を連れて行きました・・・三階・・・
その後、キムラさんは、高熱を出して、三日後、亡くなってしまいました。
ご家族から、
「おじいちゃんは、孫の誕生を楽しみにしていたのに……後、ひと月……」
と、伺いました。
キムラさんは、80半ば、とてもお話が面白く、(チョット、エッチ)ご家族も、よく面会にいらしていました。
「良くしてくれるんだよ」
と、紹介してくれたり、
「息子の自慢するのは、おかしいけれど、でも、良くやっていると思うんだ。まあ、俺ほどいい男じゃないけどね」
と、ウインク、両眼つぶってしまうのですが・・・
入院する時は、チョットした食欲不振とかだったと思います。前にも、そんな事があったので、検査して、退院する予定でした。それが、尿が出にくいということで、膀胱留置カテーテルを入れました。内科から、外科病棟に移り、それからの経緯は分からなかったのですが、どうやら、その前日あたりから、尿、出ていなかったらしい・・・
今思うと、尿毒症?で、訳わからなくなった・・・寒い夜に、外へ、病衣のまま出る・・・そんなことする方では、ありませんでした。サラッと、こちらの身体に触れてくる方でしたが(笑)、私の体温で温めても・・・ダメでした・・・
彼の病状はわかりませんが、例えば透析回して、後、一か月だけでいいので、命繋いであげれなかったのかな~と・・・
小さな声で話す方でした。とても色白で、目が潤んでいて、美しい方でした。
誤嚥性肺炎を繰り返して、何度も入院。
ご家族は、毎日面会にいらっしゃり、長く付き添われます。お互い、小さな声で話しているので、内緒話かしらと、思わず耳をすませてしまう(笑)
ご家族から、
「こうして寝ているだけならば、家に連れて帰りたい」
というご希望があり、それならば、と、胃瘻造設しました。
手術前に、医師からも、看護師からも、説明して、納得されての胃瘻だったと思います。
「家に帰ってからオムツ交換をもっと上手く出来るようになりたい」
と、言われ、何度も看護師と一緒に練習されていました。なので、きっと、大丈夫だと・・・
胃瘻栄養が順調に経過して、これならば、退院して、家で暮らせるね、となったところで、問題が発生してしまいました。
痰の吸引
吸引器は、予め用意してもらっていました。胃瘻になっても、誤嚥する可能性はあること、又、口腔ケア、吸引の必要性は伝えてありました。それなのに・・・実際にやってもらう段になって、
「怖くて、出来ません」
と、娘さん、泣きだしてしまったのです・・・
毎日の面会が、途絶えました・・・
「何のために、胃瘻にしたの?」
と、私達。
でも、それを一番思い、苦しんだのは、娘さんだったと、今ならば、わかります。
そんな状況を、感じてか・・・
栄養は、いっていたのに・・・元気がなくなり・・・あっという間に、亡くなってしまいました。
まだまだ、沢山の方と、関わらせていただきました。今日は、ここまで・・・




