認知症、悲しい名前。ボケで、いいのにね・・・
認知症、自分は勿論のこと、自分の家族が発症したらば・・・とても辛い病だと、思います。
癌は、二人に一人の時代になったと聞きました。それって、寿命が延びたためですよね。長く生きていれば、その途中でDNAだって、写し間違え増えるでしょうし~
認知症も増えてきた。これもまた、寿命が延びた(延ばされた)ためかと・・・
施設で働いていると、進んでいく過程を、否が応でも突き付けられます。
なんとか自分で食べていた方が、促さないと食べようとしなくなる。目の前にあるのが、食事だという認識が、難しくなり、空腹を感じない。又は、さっき食べたばかりなのに、それを忘れ、たぶん、吐くまで・・・施設では、阻止しますが(笑)
その内に、食べるという動作を忘れてしまう(>_<)
食事介助され、手を動かすことも、忘れてしまう(>_<)
手が拘縮してきて、自分の爪で、手の平に傷が・・・臭いが・・・
口を開けること、口を閉めることを忘れ
スプーンをねじ込まれ、顎を押さえつけられ・・・
そして、舌での送り込みを忘れ、飲み込むことも、下手くそになっていく・・・・・
認知症の方達、どの辺りから、食べる楽しみが無くなっているのでしょうか?
話の内容が少し変、同じ事を繰り返し話してくる、言葉のそもそもの意味とは違う使い方・・・
「なんでそう思うかな~」というような、被害妄想・・・気分の浮き沈み・・・
その内に、言葉が出なくなっていく。表情も無くなり、いえ、眉間に皺を寄せて、目を閉じて、口はへの字か開けたまま・・・笑い顔が、消える(>_<)
認知症の方達、どの辺りから、楽し事、無くなっちゃうんだろう・・・感じてもらえなくなるのだろう・・・
自分達が介護しているというのに、
「ああ、こんな扱いを受けるようになる前に、こんな生かされ方される前に、サッサと死にたい」
って、思ってしまう。
それって・・・悲しいですよね。実際に、その介護を受けて生きている人がいるのですから(>_<)
「最近、婆ちゃん、ボケて来たよね」
って、笑われている内に、死にたい。
笑ってもらえている内に、迷惑かけない内に、今迄の生き様を、汚さない内に・・・死にたい。
もしも、認知症の方の魂が幽体離脱して、クリアーな意識で自分の姿を、なされ様を見たとしたらば、どう感じるのでしょうか?
延命だけでなく、この「介助」、想像してみることも、必要だと思います。
世の中には、これを食べれば、とか、この習慣を付ければとか、とにかく認知症予防のことが、溢れています。
これが、認知症の原因みたいな話も・・・
怖いのだと思います。自分が自分でなくなる。家族を巻き込んでしまう・・・そうなってしまえば、もはや制御出来ない・・・
なんだろう、子供の発達障害も、たぶんそうなんだけれど、病という名前、種類分けが出来てしまったから、治さなければならなく、「まあ、こんなものかな~」では、済まされなくなってしまったような気がします。共存できなくなったような、そんな感じ・・・老化現象では、ダメなのかな~
ショートステイで来ている方達、皆さん、ご家族、大変だと思います。この方と、一対一で、狭い家の中・・・同じことの繰り返し・・・とんでもないことをやらかし・・・トイレを詰まらすとか(>_<)
「ここに居る間は、息抜きをして下さいね」
です(>_<)
帰る時には、楽しそうにしていらしたとか、ご飯を食べて下さったとか、お伝えして、
「又いらして下さいね、待っていますので」
と、お見送り・・・家族に(笑)
可愛く、ボケたい!、愛し、愛されていたい!自分で出来なくなることを、チョットだけ優しくしてもらえれば、それでいいかな~後は、ほっといて欲しい・・・ほっといてもらえれば、穏やかに死んでいけると思うので・・・
人間としての、「尊厳」、どの時点まで、保てるのでしょうか?
長生きは、良いとして、無理に長く生かすは、認知症率を増やすだけ・・・悲しい認知症を・・・




