紙面上でしか、あなたを知れなかったけれど……
先日、とても静かに亡くなっていった方の、記憶。
まだ、入所されて、一年たっていない方です。
入所された時には、既にコミュニケーション不可。
片腕は、伸び切って固まり、しかもぐるっと、回転している。反対の手は動くのですが、指示は入らず、嫌な事をされると、払うような仕草をするのみ。片脚は、伸び切り、もう片脚は、少し膝が曲がって拘縮……普通の車いすにも座れずに、リクライニング車椅子に、タオルケットを引いての移動。
初めは、なかなか口を開けてくれなかったのですが、次第に慣れてきて、スプーンを近づけるだけで、口を開けてくれるようになりました。薄っすらとしか開いていなかった目も、時々ですが、しっかりこっちを見てくれる!つぶらな瞳、顔がとっても小っちゃくて、なかなかの美人でした。
入所した時の「情報」、どの時点で書かれたものか?生まれた時からの環境が書かれていました。
リアルおしん!
たぶん、本人が申告できる時に書かれたものが、あまりの衝撃で、書き継がれていったのかな~と、思ってしまいました。
ほんとにホントに、苦労された方でした。80年もたっていないのに、10歳にもならない子が、子守奉公とか、16とかで、旅館に売られる?とか、信じられない・・・
結局、結婚しないで、働きづめで、最後は認知症……
入所してしばらくして、なんか、周囲が臭い。半端なく臭いので、カルテを見返すと耳に疾患が。綿棒でかさぶたを取ると、耳垂れが、すっごい悪臭と共に流れ出しました。この時、片手が動くことを発見!
点耳薬と、内服を出してもらい毎日清拭しましたが、良くならず、菌の培養までして、色々抗生剤変えても、完治は出来ませんでした。まあ、耐えられる程度の臭いに落ち着いた程度……
○毒にも、罹患されていて……美人ゆえに、何とも悲しい……
○○ミンという、愛称を付けてみんな呼んでいましたが、リアクションが何もないので、とにかく「食事が取れてくれれば、それでいい人」だったような……
その○○ミンが、熱を出しました。肺の音も悪いので、誤嚥性肺炎?ということで、受診。
私の休みの日だったので、入院してしまったことを知り、
「ああ、○○ミン、帰って来れないんじゃない?飲み込む事、きっと、忘れちゃうよな~」
と、思いました。
二週間ほどして、「一日一回のゼリー食を開始、もう少し食事がとれるようになったらば、退院」というお知らせを病院からもらいました。施設としては、肺炎さえ治まれば、食べれなくても良いので、退院させて欲しかったのですが、押し切られ、一ヶ月程の入院となってしまいました。結局、「一日二回の食事、内一回はゼリーのみ、足りないカロリーは、エンシュア」となっていました。でも、エンシュア2缶、どうやって飲ませたのか?不思議……カテーテルチップで流し入れた?帰ってきた時は、ポカリゼリーを50㏄がやっとでしたのに(>_<)
病院にお迎えに行って、看護師への情報提供書を見て、びっくり!
「じょ、褥瘡が!!!!!」
床頭台には、ゲーベン軟膏が置いてあります。吸引器には、血性の痰が……あわわわわ
看護師に聞くと、
「膝に~、あと、背中……まあ、吸引は、時々……」
と・・・・・
とにかく、連れて帰る、出来てしまったものは、仕方が無いと……
車に乗り込む時、もひとつ気づきました!あの突っ張って回転している手首のやや上に、7㎝程のパックリ皮膚が裂けた痕あり……ステリ―テープが、8個並んでいました(>_<)膝も、前よりずっと曲がっている(>_<)
施設に戻ってから、みんなで見ました、泣きました、いくら栄養足らないと言っても、こりゃあないだろう……
入院前から、曲がった膝の上に少し赤みがありました。
「ぶつけた訳ではないのにね~真っすぐの方の脚が乗っからないように気を付けようね」
と、心配はしていたのですが、そこ、小さな穴が開いて、骨が見えています。
背中は円背があり、これもまた、時々少し赤くなることはありましたが、綺麗でした。それが、背骨の両側二箇所、褥瘡、しかも、片方はポケットが出来ている(>_<)
介護士さん達と相談して除圧のためのポジショニング、クッションをかき集め、角度を決めて……褥瘡の処置も頑張りましたが、悪化しない程度で、なかなか改善は難しい(>_<)
それでも、なんか、戻って来て安心されたのか、少しずつ食べれるようになっていきました。と言っても、明らかに足りない。栄養士さんから、褥瘡の為にと、栄養素の入ったゼリーとか出してもらい、やれることはしたと思います。
亡くなる二日前、ゼリー2個と、ペースト食を小さな食器に一杯、ポカリゼリーを200㏄ぐらいを四回に分けて、むせることなく、自分から口を開けて食べていました。
私が休みの朝、覚醒が悪いからと、朝のゼリーを食べれなく、昼はどうしようか?と見に行くと、呼吸の様子が変わっていたそうです。その後、ほんの一時間ほどで、みんなに声を掛けられながら、最後の息を引き取ったと聞きました。
ホントに、静かな「死」だったそうです。
私達は、紙に書かれた○○ミンのことしか、知りません。
どんな声で、どんな仕草で、どんな考えをもっていらしたか?
何にも知らないで、介護していました。
それでも、確かに、ここに、○○ミンは、いました。




