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バリウムからの~大腸癌からの~悲しい記憶

 思い出したので、私だけの悲しい記憶にならないようにと、書いてみました。

 高齢者に、無理な治療を選択しない為のエピソードのひとつとして、広く皆さんに知ってもらいたいと思います。

 拡散?って言うのでしょうか……リツイート?#?  読んで頂き、◎ならば、よろしくお願いします。

 ツイッターで、バリウム検査という文字を見て、過去のトラウマが思い出されました。


 もう、ずっと前の話なので、記憶が少しあやふやで……書き込んでしまったのが

「祖父が元気な80だったのに、何故かバリウム飲んで、便が詰まって、大腸癌が発見されて死んだ。なので、バリウムは、嫌い」というような……

 自分の歳から換算すると、70前半だったかな~ごめんなさい。


 ほんとに元気な爺さんでした。良く歩いていたし、相撲や、プロレス観戦では、おっきな声を出していたし、それによく食べる。肉食系。風邪を引いたのも、見たことない……

 が、大腸癌発見されて、即、入院。何をやったのか、手術したのかも、記憶にないのですが、一か月ぐらいで亡くなりました。


 ん~ん、たぶん、見つからなければ、癌の進行と、寿命がいい勝負だったのかな~と、そんな気がしてなりません。


 そんな事例が、病院勤務の時にも、ありました。


 ヨシさんが、入院してきたのは、大腿骨頸部骨折。70後半の細い女性でした。手術前は、自分に何が起こったのか、わからないような状況で、

「はやく、家に帰して!」

と、興奮気味でした。

 無事に手術が終わり、さあ、食事という段階で、ほとんど食べようとしてくれません。勧めても、

「要らない!早く下げて!」

と、手で払うように言われます。いくら、

「栄養を付けないと、せっかく歩けるようにと手術したのに、歩けませんよ、体力つけましょう」

と、説明しても、断固拒否。好きなものを聞いても、答えてくれません。

 そんな状況なので、ご家族に連絡して、好きなものを持って来てもらうようにしました。


 いらしたのは、ご主人。タッパーに色々な果物を一口大に切って、彩り豊かに詰めてありました。そして、楊枝にさして、

「あ~ん」

です。

 私としては、

「オイオイ、小動物じゃないんだから~今必要なのは、タンパク質!」

でした……

 でも、それが誘い水になったのか、少しずつ食べてもらえるようになりました。


 そして、いよいよリハビリ!これが、頑として動こうとしない。


 初めは、痛いから動くのが怖いのかしらと、思っていたのですが、そんな可愛いんもんではありませんでした。とにかく、全てが、「嫌!」なんです。この小さな体のどこに、こんなにもパワーがあるんだろうと、飽きれるほどに、叫ぶ、叩く、つねる、引っ掻く、噛みつく……

 そろそろポータブルトイレに移る練習をと思っても、本人の協力が得られないのだから、そりゃあ無理です。


 といっても、リハビリ室に行くと、なんとかやっているらしい。病棟に戻った途端、怒りがこみあげてくる……これって、どういうことなのか?


「なんとか食べてくれるようになったのだから、リハビリもきっとしてくれる!」

と、無理矢理仮説を立て、

「ひるむな私!」

と、ポータブルトイレ移乗を、介助しました……腕をガブッと、やられました……もう、手は離せません!

「大丈夫、大丈夫」

と、ヨシさんに言うというか、自分に言い聞かせるように、大きな声を出しながら……完了!

 家の子(猫)を病院に連れて行く時は大騒ぎ、で、帰りはシーンと同じで、ベッドへの移動は、協力的でした。(家の子を引き合いに出す時は、好意を持っている時です、はい)


 その時は、ベッドに横になった途端、寝たふりでしたが、その後伺った時に、

「ごめんなさいね、痛かった?」

と、言われました。

「支え方が上手くなくて、怖い思いをさせたのかな~こちらこそ、ごめんなさいね。とてもしっかりと動かれていましたよ!この調子ですね、これからも頑張りましょう!」

と言うと、頷いてくださいました。


 それからというもの、支えた手に爪を立てることはあっても、ガブリは、なくなりました。


 リハビリ、頑張っていらっしゃいました。動けるようになるごとに、お話もしてくるようになり、あのイライラの時期の気持ちも、教えてくれました。

「もう、家に帰れないかと思ったのよ。リハビリ室に行くと、窓が広くて、明るくて、帰れそうな気がするんだけれど、病室に戻ると、ああ、ダメだと悲しくなる、もう、どうでもよくなる。悔しいし、悲しいし……で、当たり散らしていたのね……励ましてもらっているのは、わかるんだけど、それも嫌だったの、ごめんなさいね」


 リハビリ拒否の荒れていた時は、ご主人の面会だけでしたが、気持ちが前向きになってからは、親戚の方々、沢山面会に来てくれるようになりました。そんな中、ヨシさんの誕生日がありました。


 四人部屋、入りきらないほどの大人数、お孫さんも多数……誕生日の唄を歌ってくれました。

 可愛いぬいぐるみのクマを抱いて、ヨシさん、満面の笑顔で写真に納まっていました。

「早く家に帰れるように、ばあちゃん、頑張るからね!」

と、お礼の言葉を……そう、もう少しで帰れるはずだったのです……


 私にとって、とっても嬉しい言葉を頂いた数日後のことだったと思います。

「あの時、あなたが噛みついた私を怒ったらば、きっと歩けなかったと思うのよ。帰れるのは、あなたのおかげだね」

と。

「ヨシさんが、痛いのを我慢して、頑張ったからですよ!いっくら、私達が応援しても、歩けるようにはしてあげれません。頑張りましたね~」

と、返した時、ほんとに私も、嬉しかった!


 退院前のオプション?色々検査をする中に、検便がありまして、血液反応、出てしまいました。

 そして、大腸癌の宣告……


 どうやら、かなり進行しているらしく、手術をするならば、ストマと、ご家族は、説明を受けました。私達は、まさかこの高齢の体力もない、しかも、手術したばかりの人に、やらないでしょと、思いましたが、ご家族の判断は、GOでした。誕生日会、早く帰って来てねって、言ってたのに~


 ヨシさん、外科病棟に移されて、泣いていました。点滴も抜いてしまうので、ミトン装着して、拘束です。訪室するたびに、表情が無くなっていきました。今頃、家でテレビ見ているはずなのに……


 手術前に、訪室すると、目を開けていたのですが、掛ける言葉が見つかりません。ヨシさんも何も言わないので、脚を擦って退室しました。


 術後、酸素マスクをされ、点滴増えて、全く動かないまま……一週間ほどして、やっと目を開けてくれるようになりました。会いに行くと、わかるのか、少し頭を動かしてくれます。温タオルを持って、ミトンを外し、臭くなった手を拭くも、握り返してくれません。

 そして、起き上がることも出来ないまま、亡くなりました。


 今も、思います。


 見逃してあげれなかったのかしら……血液反応……

 


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