今日のサヨナラと、明日も向き合う命
なんと、50話を超えたのですね……亡くなった方、ご存命でも、忘れられている方、きっと、こんな扱いを受けながら、人生を終えるとは、思っていなかった方々……その声を、お伝えできれば、と、書き連ねて参りました。
みんな生きてきたのです!いえ、今も生きているのです!
XJapanを、聞いています。
「教えて 生きる意味を」って、どうか、延命を望んだ家族、生きる意味を教えてあげて下さい!
今日も、胃瘻さん達の部屋から、うめき声、吐いている声が聞こえてきます。
入浴の為に、リクライニングチェアに乗せられて運ばれる時、「あ~あ~ヴぇ~」と、サイレンのように、移動していくのが、わかります。そして、その表情も、私達は、知っています。見なくとも、見えるのです!
「入所させてしまえば、自分達の生活から、切り離せる」
それがすべてでは、ないと信じたい。でも、結局、そうなっているのでは?自分達の判断で、今も生きているこの方々が、どんな生活、どんな苦しみを課されているか?それを考えたらば、きっと、平穏な暮らしなんて、出来ないはずです。ライブで、食事中に、うめいている所、吸引されている所をお届けしたい!同じ時間軸に、こうして生きていることを、知って欲しい!
介護している者は、ずっと一緒にいます。その大変さだけでなく、その悲しみも、知って欲しい……
家族を責めているのでは、ありません。
「胃瘻にしますか?餓死させますか?」
なぜ、そんなことになってしまったのでしょうか?
なぜ、「死」を、生物的な終わりを、受け入れられないような、そんな世の中になってしまったのでしょうか?
どんなに、愛を持て考え抜いたとしても、「知らなかった」は、悲しい……だから、どうか、知って欲しいのです。
「死」は、尊いものです。
今日、早番で職場に行くと、
「○○さん、亡くなったと、病院から連絡がありました」
と。
退院の日取りが決まっていたのに……間に合わなかった……
まだ、入所されて数ヶ月、とってもチャーミングな方でした。私が病院受診に付き添い、入院が決まって、
「じゃあね、早く元気になって、待ってるよ」
って、そう言うと、
「お世話かけちゃって、ありがとう、また」
って、笑顔で言ってくれたのに……
遠くに高齢の弟さんがいるだけで、身寄りがなく、ずっと一人暮らし。身体の自由が効かなくなり、介護を入れても、自宅での生活が難しくなり、とうとう、立ち退きを迫られて、入所。
お試しで、ショートステイを利用された時は、まだ、シャンとしていたのに、それから、三ヶ月、本入所でいらした時は、車椅子にやっと乗っている状況。
「頭が持ち上がりません」
と、膝にもう、頭が付きそう。息も絶え絶え。見間違うほどに、痩せていました。
今思うと、入所、悲しかったのだと思います。
今まで住んでいた部屋にある物、ほとんど棄てて来るのです。
最後に、彼女から、入所する条件として言われたことは、
「この姿鏡を持っていきたい、これは、この地に来て、初めて買った思い出の品だから」
「1人部屋ではないので、鏡は、危ない」と、お部屋に置くことは、無理だけれど、施設の倉庫に置くという話で、納得され、入所の運びになりました。
やせ細った体には、褥瘡のなり始めがあり、入歯がもう、がばがばで、入れても意味なく、食事形態を落として、とにかく少しずつ栄養を入れていく……少しずつ、少しずつ……リクライニングチェアから、振り子車椅子に、そして、普通の車椅子!
表情も明るくなり、
「美味しいわ」
と、微笑んでくれました。とっても、素敵な笑顔でした。
歯科往診で、入れ歯を新しく造ることが決まった時、会う人合う人に、
「楽しみなの!」
って、無邪気に言っていました。
そして、待望の入歯が出来た日、入院になってしまいました。
二、三日前から、痰がらみが聞かれていましたが、発熱もなく、Spo2も下がらず、何より、完食されていたので、様子を見ていたのです。が、その日、喘鳴、部屋に入っただけで聞こえるほど酷くなり、肺雑音も……
「こりゃあ、まずい」
と、病院へ。
「もっと、苦しくなる前に、病院で診てもらいましょうね」
と、伝えると
「これ、これ」
と、出来た入れ歯を嬉しそうに見せて下さいました。
医師は、もう、検査するまでもなく、はい、入院……
その後、色々調べ、
「軽い肺炎、それよりも、心不全の方が問題かもしれません」
と。
「退院のめどは、どうしますか?」
と聞かれ、
「苦しくなく、ご飯が食べられれば」
と、答えました。完治しなくても、良いのです。早く家に帰ってきて欲しいと……
昨日、退院の話をもらいました。
「ご飯は全部食べています」
と。
あの姿鏡、粗大ごみになるようです。
カルテは綴じられて、棚にいき、今度のお彼岸に、名前を張られます。
慣れたはず だけど今は…




