どうすれば、いいのですか? F,G,J
”血を分離して、私達は、血清になる”の中で、私は、理想の「姥捨て山」を、作りました。
日本の高齢者問題は、これでクリアー!!パチパチパチ。ただ、捨ててくれば、いいだけなので……
そして、捨ててもらえたことを、きっと、「良かった」と、思ってもらえる。だって、良い所ですから……だから、捨てたことも、きっと、後悔せずに、済むと……
SFって、いいですね。「こんなの、あったらいいな~」を、形に出来ます。しかも、ラストも、思いのまま……
さて、今の世の中は、どうなっているのでしょうか?
施設入所中、喉に食べ物を詰まらせて亡くなり(私には、職員の全面的な過失とは、到底思えないのですが)、家族が高額の賠償金を要求し、通ったことに対するツイッター
「介護する人が責められない世の中になって欲しい。ただでさえ、本当に大変なのだから」
に、激しく同意します。
なので、
「子供を虐待するなら、施設に預けて欲しい。親だからといって、子供の未来を奪う権利無し。
親を虐待するなら、施設に預けて欲しい。ただし、
ごちゃごちゃ言うな!」
と。
虐待というのは、何も手を上げるだけではありません。
乱暴な言葉を使って、相手を委縮させるのも、心を傷つける物言い、無視なども、そうでしょう。
それから、これは、虐待と言えるのかどうか、少し微妙ですが、尊厳を顧みない行為として、
「まだ、やれることを、奪う」
も、それに含まれると思うのです。
じわじわと、自信を失わせる。暗に、「役立たず」と、ののしっているようなものと、そんな気がして、ならないのです。
例えば、家で洗濯物を畳んでいてくれたとします。それが、以前出来ていたように、いかなくなり、たたみ直しが、必要になる。まあ、それぐらいならば、我慢が出来るのでしょうが、
「トイレに行った後、手を洗っているのかしら?」
「時々、洗濯したものが、無くなるのは、隠している?」
なんて、疑惑がよぎれば、
「お母さん、いいから、触らないでね!」
と、なってしまうことでしょう。
はっきりと
「あなたは、無能!」
と、言わなくとも、してくれていたことを、取りあげてしまえば、自信を失ってしまいます。
「人は、誰かの為になっていると、思えなければ、生きる気力を失う」
と、私は、思うのですが……(あの方は、生きていますが……あ、又やっちゃった)
なんでもいいのです。
「お願いしますね」
「おかげで、助かりました」
「ありがとう」
という、声掛けが出来るシチュエーションを、作るべきです。そして、認知症を患っている方には、なおさらのことです。何でもいいと、思います。何でもいいから……
施設に入所した途端、食事は、上げ膳据え膳。
「危険だから」
「ばらまかれると、かえって、面倒」……
利用者がお膳を下げようとすると、制止の声が飛びます。言葉掛けは、色々ですが、要するに
「いらんことするな!黙って座ってろ!」
と。
洗濯も、入浴時に脱いだ衣服を回収されて、次回の入浴用にと、袋に入れられる。季節の変わり目の、衣替えも、職員がやります。
「お気に入りの服を着たい」
は、難易度高い……
部屋で使ったシーツはもちろん、タオル類も、知らないうちに回収されて、洗われて戻ってきます。
「洗面所で、汚した下着を洗っていました」
は、報告書に書かれ、注意事項に……
そう、汚したトイレも、掃除をしなくていい。(夜中、Pトイレのバケツを持って、トイレに向かって廊下を歩いていて、こけた方、いました)
何が言いたいのかといえば、
今まで、生活をしていた方々なのです。会社勤めをしていた方、家族のために家事をこなしていた方、子育てをしていた方……みんなみんな、働いていた方々なのです。物忘れがあるから、体が思うように動かなくなったからといって、出来ることまで、取り上げてしまっては、ある意味、虐待なんじゃないかと、そう、思うのですけれど……
その一方で、しっかり歯を磨けていないことを、放置。せっかく、歯科往診で「要注意」と、言われても、無視!人手が無いから……それ、最強の言い訳。
”「新党」立ち上げました”の中で、介護施設を細分化しました。そのほうが、介護する側はもちろんのこと、介護される側も、居心地が、良いと思います。今のこの「いろんなステージの方、違う支援が必要な方を、一つ箱に入れる」は、害あっても、利は少ない。
子供達ならば、「色々なタイプの子を一緒に育てる」は、お互いに刺激し合い、お互いを理解し、尊重していける良いきっかけになることでしょう。でも、高齢者に、それは、どうなのでしょうか?
三食昼寝付き
そりゃ、そうですが、役割を持たないというのも、辛いものです。
「私は、もう、何もやっていないのよ。何の役にも立てないのに、ご飯が美味しくて……ほんと、申し訳なくて」
と、首をすくめて、小っちゃくなっているおばあちゃん。
「あら、作った食事を、美味しく食べてくれる人がいるなんて、嬉しいことですよ」
と。
「何もかも、やってもらっちゃて、いいのかね~」
と、申し訳なさそうに言われて
「今まで、必死に働いてきたんですもの、ここらで、ゆっくりもいいんじゃないですか?」
と、笑って答えると
「そろそろ、死ぬんだね~」
と、返され、あちゃ~
「は、は、は、は、びっくりした?」
引きつった私の顔を見て、片眼をつぶってくれました。
介護は、大変です。でもね、喜びも、そして、心が温かくなることも、いっぱいです。
だから、介護者が、責められないだけでなく、介護者が、その喜びを感じられるような、そんな世の中になってもらいたい!
そのために、どうすればいいのか?




