介護職に望むこと
津久井やまゆり園に対する新聞の論説を読んでいて、思いました。
「意思疎通の取れない”心失者”は人の幸せを奪い、不幸をばらまく存在。絶対に安楽死させなければならない」
”心失者”……そう、こう言っていましたね。
生まれつきの方、脳梗塞など、病による方……コミュニケーション手段としての言葉や、表現が難しくなっているとはいえ、心を失っているわけではない!!!
前の二編の胃瘻・寝たきりの方も、心は、あると思います。それを、失っているというのならば、どんな状態の方が、「心がある」と、言うのでしょうか?
しっかり会話ができる「あの人」、介護員さんにやってもらうのが、当たり前だと思っているらしく、いちいち文句は言うけれど、「ありがとう」は、言わない。この言葉を知らないヤツは、心があるのでしょうか?(ごめんなさい、ほんと、嫌いなのです)
サボテンにも話しかけている私としては、こちら側が感じて、いえ、感じようと関われば、み~んな心があると、思うのです。それが人間ならば、なおさらのことです。
ゆえに、”心失者”だから、安楽死させるなんて、大きな間違いです。
み~んな心があるのです。
確かに、自分から気持ちを発信することが、難しい方もいます。こちらからの呼びかけに、反応の薄い方もいます。でも……
問題は、その心を感じ取ることが出来ない人間。共感することが、出来ない人間。
安楽死とは、言いません。ただ、
「介護の現場に、入ってくるな」
と、言いたい!
共感能力のない方は、動く凶器です。
相手の痛みを感じることが出来ないので、接し方が荒っぽく、仕事が終わればいいと思っている。傷を負わしても、心が痛みません。だから、またやります!
その方にとって、どうしてあげればいいかなんて、お構いなし。だって、自分と関係ないことですから……
そして、悲しいことに、介護現場で働くことで、本来感じる、喜びも、感じることが出来ません。
食事の前に、目ヤニで塞がっている目を拭き、綺麗にする。
「ほら、今日の食事は、ピンク色、見えるでしょ」
「………」
喜んでくれているって、勝手に思う。いつもより、食事量が増えたみたい、嬉しい!と、喜ぶ……
オムツ交換をしていて、お尻が赤くなっているのを見つける。
「滲みて痛いのかな?痒いのかな?」
何も訴えてこないけれど、掻き傷もあるから、痒いのかなと、痒み止めを塗り、様子を見る。で、良くなれば、嬉しいじゃない?
「ありがとう」とは、言葉に出して言ってくれないけれど、お世話をさせてもらって、「ああ、良かった」という、達成感をもらえます。だから、やっていける……
”心失者”としか、見ることが出来ない、”不共感者”
どうにかして、介護職にならせない手は、ないのでしょうか?
双方にとって、不幸です。




