私達は、繋がっています、きっと、
今日は、お休みで、天気も良く、うちの子に日向ぼっこをさせました。
窓越しの日差しだけでは、弱ってしまうと聞き、取りあえず、数時間。さっき取り込んできたところです。
私は、猫にはもちろんのこと、サボテンにも話しかけます。私としては、カーテンを開けたり、水を注ぐ時、無言はありえない。お陰で私は、サボテンからも癒しをもらっています。彼らの為に、何かが出来るということは、素晴らしいことです。彼等も又、新しい芽を出し、花も咲かせてくれるかもしれません。私を楽しませてくれるのですから、それ相当の接し方って、あると思います。
サボテンと同じに考えるのは、失礼に当たるのでしょうか?むしろ、「愛するサボテン」と、同じステージで考えているのだ、と、思っていただけたらば……
今、胃瘻になって、五年以上たっている方が、二人いらっしゃいます。
前は、一日三回、栄養剤と白湯を流していたのですが、身体が受け付けなくなってきて、朝夕の栄養剤と、昼は白湯のみと、なりました。
そう、もう、受け付けなくなってきたのです。
お一人は、水分が過剰になると、痰がらみがひどくなり、始終吸引をしなくてはまりません。ほとんど口を開けた状態なので、それがカピカピに喉の奥から舌にまでへばりつき、毎朝口腔ケアで、咽頭をゴシゴシ……出血を伴うことも、ままあります。苦しそうに声を出されますが、手足は動きません。もう、これでもかと、拘縮しきっています。
膝も、脚の付け根もくの字に曲がっていて、膝頭が、胸に迫っています。両腕は胸の前で固くクロスして、脇も胸も締め上げられています。もちろんのこと、両手はギュッと握りしめられていて、水虫の爪が、掌に食い込んでいます。
お若い時は、綺麗な方だったのかもしれません、彫の深い端正なお顔立ちかと。しかし、私が初めてお会いした時感じたのは、ムンクの叫び。叫ぶような声を上げているだけの方としか、思えなかったので。
半年ごとに、病院で胃瘻の交換をしてきます。次の予約を入れる時、いつも、これが最後かなと、思うのですが……半年は、意外と早くやってきます。
前回、交換前に、血を吐かれました。胃瘻を開放すると、鮮血が出てきます。胃から出血しているということで、食事を中止して、胃潰瘍の内服を処方されて、様子を見ていました。
「もう、胃瘻も無理なのかもね、交換できませんって、帰されるかな」
と、みんな思っていましたが、病院では、それには何ら触れずに、胃瘻交換終了!
皮膚がとても弱くなっており、知らないうちに、よく下着が血で濡れています。ぶつけられたわけではないけれど、着替えやオムツ交換時、持たれた所が皮下出血して、その表皮が剥けてしまった……そんな所だと思います。又、拘縮によって、皮膚が重なったところは、ただれてきます。入浴時、悲鳴?を上げられながら関節を開いて洗っていても、黄色い臭い浸出液が……じわ~と、血液が……
家族の面会は、たぶんですが、払い込みの日?ちょっと、顔見て終わり。時々、医務室にも、寄って下さり、
「お世話になっています」と。
胃瘻にして、施設に預けて、ろくに面会にも来ない!!!
こんなに苦しんでいるのに、なあんにも、生きていて良かったということ、無いであろうに。痛いことばかり、苦しいことばかり、栄養剤流されて、
「ああ、美味しい」
なんて、感じてるはず、ないでしょうが!!
何のために、胃瘻にしたんですか?
何のために、生きていなくてはならないのですか?
彼女に教えてあげて欲しい。
今年はよく雪が降ったので、雪の歌、レパートリーは、数曲しかないのですが、枕元で歌いました。雪も見えるようにと、カーテンを開き、ベッドの角度を調節しました。
私としては、一緒に歌ってくれているように聞こえる「あ~」なのですが、それを、医務室で話したらば、
「あんた、そりゃあ、疲れているんだわ。お大事に」
と、言われてしまいました。
でも、ほんとに、そう、聞こえるんだけどな~
今年も、庭の八重桜が咲いたら、持っていく予定です。
「待っててね」
と、話していますので、きっと、待っていてくれていると思います。
そう思った方が、胃瘻に栄養剤を繋げる時、罪の意識が無く、済みますので……




