省エネして、穏やかに、
最寄駅から、施設まで、桜並木を通っていきます。早咲きの桜は、もう満開。ソメイヨシノも、この暖かさで、一気に咲きだしました。あまりに奇麗なので、スマホに納めて、昼食前に、入居者さん達に見せたらば……
「あら、綺麗ね、私を連れてってくれる?」
と、言われてしまいました。玄関前の桜をお見せすることも出来なかった私には、どうすることも出来ません。又、余計なことをしてしまったのかと、後悔……でも、そこは、優しい入居者さん達、
「見せてくれて、ありがとうね」
と、フォローしてくださいました。ほ……
先日、休み前に、身体中にさよならをして帰ったのに、休み明け、カルテがまだありました!約一週間、ほぼ、飲まず食わず。呼吸も、約三分の一は無呼吸、体温は、35度を切っている日々が、続いていたというのにです。
朝、とにかくお部屋に伺い、声を掛けると、何となくですが、首をこちらに向けて下さったような。それだけで嬉しくて、思わず頭をなでなで……待っててくれたんだと、
お昼前、足の裏には、ややチアノーゼが、出始めていました。呼吸は、なぜか、無呼吸が無くなり、その代わりに、呼気に、あ~という声?音が出だしました。介護員さん達は、
「苦しがっている」
と、心配そうでしたが、苦しそうな表情は、ありません。
「息を吐く時に、ただ、声帯が鳴っているだけで、苦しがって声を出しているのでは、ないですよ」
と、伝えたのですが、どうしても、
「苦しがっている」
と思いたいようでした。
「死」は、何も苦しい思いをしなくとも、訪れるものなのに……
お昼休みの最中に、介護員さんが医務室に来て、
「顔色が悪くなってます」
と、教えてくれました。もう、顔色は前々から悪かったのですが、変化してきたということと、ステート(聴診器)を持って、部屋へ。
変わっていました。すでに、心音は聞こえませんでした。それなのに、喉が動き、二回、息を吐き、その後、動きを止めました。
お別れでした。ちゃんと、大好きだった旦那さんの所に行くんだよ、と、見送りました。
息子さんがいらして、
「ばあちゃんに、そっくりだ」
と、後は、泣いてしまって、
「私達は、外に出ますので、ゆっくりと……」
と言うと、
「いや、もういいよ、葬儀屋へ行ってくる」
と、出て行かれました。きっと、もう、いたたまれなくなってしまったのでしょう。亡くなることは、一週間以上前から、覚悟なさっていたと思います。すでに、90半ば、それでも、母親の死は、受け入れがたいものなのでしょうか。
医師が死亡確認に来るまでの間、スタッフと、在りし日の話をして過ごしました。ご利用が長い方だったので、たくさんの思い出があり、時々笑い声も交えながら、時が過ぎました。
最後、どうしても息子さんにお礼が言いたくて
「看取らせていただき、ありがとうございました。最後の時を、穏やかに過ごしていらっしゃる様子を、ずっとそばで見守らせてもらえて、ありがとうございました」
と、
そう、平穏死……生き切った死は、美しいものです。凛とした、美しいお顔でした。桜のような……




