最期は、枕もとで流し続けました。
「今度来るお婆さん、「ゆず」の大ファンなんだって、お孫さんとコンサートにも行っていたらしいよ」
「おばあちゃんに会いに来てくれませんか?って連絡して、ゆず来てくれないかな~」
そんな話で盛り上がる中、入所。手がかかる?お婆さんでした…
お話は出来ます。車椅子自走も出来ます。尿意あります…で
「トイレに連れて行ってくださ~い」
これを、直ぐに対応しないと、トイレまで自走されて、座り損ねます。トイレ自立には、ちょっと足りないADL…もう、90過ぎているのですから、まあ、お元気な方でしょうか。なので、介護員さん達
「ずっと付いていられないよ!」
と、言いつつ、廊下をグルグル一緒に回っていました。疲れてくれるまで…
ご飯はしっかり食べてくれていたので、まあ、慣れてくれば多動も少しは納まるだろうと思っていたのに、同室の方が熱を出し、コロナ抗原検査したらば、まさかの陽性!三日前に大きな病院の整形外科に入所後初めての再診で行っていたので、怪しいと思ったらば、あ~あでした。
さて、濃厚接触者となってしまい、今は陰性だけれども、隔離しなくてはなりません。動き回るので、無理…同じ階の方々は、車椅子移乗しなければ、動けない方と、ちゃんと伝えれば居室から出てこない方だったので、もう、このお婆さんだけを日中ホールでフリーとして、夜は静養室で休んでいただくこととしました。眠ってしまえば起きないというのを信じて…
刺激が少ないためか、車椅子に移乗していても、うとうとすることが増えました。
「どうせ寝ているんだから、ベッドで寝ていれば~」
と、寝かせると、スヤスヤ眠ってしまいます。
「日中寝ちゃうと、夜寝ないで大変なことになっちゃうかしら?」
の、心配をよそに、夜も良眠となっていました。
静養室に移って三日後、熱を出しました。
「ここ、クーラー効いているから、風邪ひいた?」
コロナ抗原検査するも、またもや陰性
その夜、今度は嘔吐されました。
翌朝、コロナ抗原検査、はい、陰性です。
コロナ濃厚接触者としての隔離期間を過ぎ、少しずつ元の生活に戻っていったのですが、なかなか食欲が戻りません。
入所から直ぐのコロナ騒ぎで面会をお断りしていたのですが、隔離期間が過ぎたからと、面会に来ていただきました。
「お母さん、食べなくちゃダメでしょ!ほら、水羊羹、好きでしょ、ほら、口開ける!」
かなりスパルタな感じで、娘さん介助されていました。
「母が、トイレと言っています、連れて行ってください」
と、面会しているテーブルの前にある医務室にご家族が言いに来られました。
「あ、ちょっとお待ちください」
と、ホールで見守りをしている介護員さんに伝えると
「今、ここから離れられません。今動ける介護員は、オムツ交換に回っているので無理です」
「すみません、介護員今すぐにには、動けないので、ちょっとお待ちください」
と、伝えると
「え?そんなに介護員さんいないんですか?ここって!」
と、言われてしまいましたが、まあ、どこでも同じかな~とりあえず、看護師がホールの見守りと交代して事なきを?得ました。
「母は、寝かしておくと、ずっと寝てしまいます。ボケないためにも、起こしておいてください」
そう言われてもね~もう、90過ぎているんだから、横になっていたいんだと思います。それに、車椅子に移乗していても、寝ているし…
入所時のパワフルさは、コロナ濃厚接触者扱いから、戻ってきませんでした。動きが少なくなったのは良いのですが、食欲がないのか、食事中、ボーっとして、手を動かしてくれません。
「こんなに食事量が低下しているんだから、薬減らした方がいいんじゃない?」
と、嘱託医に相談して、最低限の薬だけにしました。その中に「抑肝散」もありました。
「早く、身体から抜けるといいね」
便が緩くて、トイレが間に合わず、紙パンツから便もれをすることが増えたため、マグミット錠も抜きました。
「便秘したらばその時、レシカルでも摘便でも…考えればいいよ」と…
お風呂で一度、出かかっているのを摘便したことあったかしら。
パンが好きと聞いて、薄皮パンを買ってきたり、ストローでジュースは飲んでくれるからと、栄養価の高いジュースを買ったり…時々は自分でスプーンを持って食べてくれるのですが、あまり続かず、こちらで介助すると
「不味い」と言って、舌で押し出してきます。誰かさんの様に、「ぺっ」と飛ばすことはしません。
「眠っている時間が増えちゃったね」
そんな中、デイサービスと合同で「夏祭り」が一週間開かれました!
コロナ前は、地域の方々まで参加して、盛大?にやっていました。食べ物の屋台が7~8、ゲームも5~6、子供神輿やボランティアの方も…それが、施設内だけになり、それも、人手がないからと、縮小に次ぐ縮小…去年は「好きな飲み物に、アイスを乗せて提供する」だけに…
今年も、そんな感じになりそうでした。
「夏祭り、デイサービスで毎回やっているような、ちょっとしたゲームだけで、きっと喜んでもらえると思うよ。医務室も手伝うから~」
と、月一の全体会議でお願いをしたところ、デイサービスの主任が
「いいよ、やろうよ!デイに来ている人も、刺激になるし」
と、快諾してくださったので、介護主任も
「起こしたり、寝かせたり、介護員の負担になるけど~一日に何人かという制限付きならば、主任クラスが誘導できるので、可能かもしれない」
と、お許しを出してくれました。
人選は介護主任が…「え?」って言う感じでしたが、まあまあ…
このお婆さんも、見事に当選!!!
「ちゃんと起きていられるかな~昨日またちょっと熱あったけど…」
だったのですが、、そんな心配は、無用でした。
デイの送迎の運転手さん手作りの小さなお神輿を、座ったままですが四人で担ぎ?ワッショイワッショイと掛け声…もう、ニコニコでした。
ヨーヨー釣りでは、ちゃんと釣竿を持ち、それなりに動かしていました。磁石にくっつけたのはこちらですが
「あ、釣れた釣れた!」
と言うと、ちゃんと持ち上げようと腕をあげていました。ヨーヨーを手桶に入れると、満足せずに、次を狙いに行きます。
ソフトクリームの種類を選び、綿あめの色を選び、提供されるや否や、顔から突っ込む勢いで食べられました。こっちがびっくりです。
ビーチボールも両手で投げ、浮き輪の中に入ると、ちょっとガッツポーズ。車椅子から身を乗り出して、こちらが抑えなくてはなりません。
ストライクアウトでは、九つの的にお手玉を当てようと…力が足りず板が倒れないのですが、そこは、職員が介助…次々と当てていきました。
最後は射的ゲーム、これ、すごかったです。まさにスナイパー((笑)
「は~い、ゆずのコンサートチケットもありますよ~」
なんて言ったのが効いたのか、ちゃんと構えて、どんどん車椅子を前に動かします。引き金を引けるのかな?と心配しましたが、出来ちゃいました。
「お~い、だれか~ゆずのチケット買ってあげて~」
と、デイの主任が叫んだ時、丁度ご家族が面会の日だったようで、デイサービスまで見にいらっしゃいました。
最後の盆踊りまでの間に、大活躍をしているビデオを見て頂き、一緒にお神輿の周りを回ってもらいました。
「あら~美味しそうに食べていますね」
「ええ、お食事も少しはご自分で食べて下さっています。入所した時に飲んでいた「抑肝散」を抜いた効果がやっと出てきたのか?そこはわかりませんが、今日は楽しそうにして頂けて、良かったです」
「前はそんな薬飲んでいませんでした。老健からその薬を飲ませるという報告も受けていません。勝手に飲ませたんですね、抜いてもらえてよかった」
と言われたので
「お歳を重ねて、お身体の状態も変化してきているので、それに合わせて、薬は減らせるのかとおもいます」
と、伝えておきました。え~と、前の所でかなりの「やんちゃ」しちゃったんだと思います。「抑肝散だけで済ませてもらえて良かったですね」なんですけど…
八月に入り、又食事量が低下してきました。
ヤクルトや好きな飲み物を購入して、なんとか水分は取れていましたが、食事は進まず、口から舌で押し出されます。そんな中、ご家族面会でスパルタな食介…まあ、そのせいではないと思いますが、サチュレーションも低下してきたので、嘱託医に診ていただきました。
「聴診した限りでは、そんなに悪くないんだけど~少し熱もあるし~軽い肺炎を起こしているのかもしれないね」
ということで、抗生剤が粉薬で処方されました。でも結局、二日しか飲めませんでした。
翌日から傾眠がちになりましたが、サチュレーションは回復。それでも心配なので、家族に連絡しました。
翌日39度を超える熱が出て、解熱の為に坐薬を入れました。少し熱が引いたところで、ご家族が面会にいらっしゃいました。このまま食べれないと~というお話をしたところ
「母は、12年前に心臓の弁を手術しています。その時医師から「この弁は10年しかもたない」って言われました。その時は「十年もてば上出来、もう90になるだろうし」って思ったんです。それがもう12年ですよ。上々出来ですよ!頑張ったものです。それに、ぜんぜん苦しそうに見えません。寝ているだけです。このまま、どうかよろしくお願いします。私達は度々面会に来ても大丈夫ですか?」
「はい、ここは、そのためのお部屋なので、大丈夫ですよ」
「では、明日も来ますね」
ご家族が帰る時に「またね~」というと、軽く声が出ました。
翌日も、午前、午後と、娘さんと二人の孫が面会に来てくれました。
娘さんがベッドわきに来るなり
「母さん、私よ、わかる?!」
と大きな声で叫ぶと
「わかってる!!!」
と、答えたではありませんか!ビックリです。
「婆さんは、気が強いからな~すげえな」
翌日も、面会に来るというので、朝
「どうしますか?お風呂に入りますか?」
と、聞いてみることにしました。すでに水分すら取っていない日が約四日、介護さん達からは「こんな状態で入れるのは…」って言われることわかっていたので、「だって~「入りたい」って言ったんだもの」で通そうと…
ちゃんと「ああ」と言ってくれました。
カルテにも
「ほんにんきぼうでサッと入浴することにする」
って、書いておきました。
「家族が10時に面会に来るから、一番でお願い、私達も介助に行くから~」
とっても綺麗な体でした。腕に内出血斑はありますが、剝離しているわけではなく、お尻もただれ等ありません。少し便が出ていたので、ちょこっと摘便して、出しておきました。
「今、お風呂から出た所です」
「え?お風呂に入ったのですか?あら…入れるんですか?だからこんなにさっぱりとした髪なんですね、それは良かった」
「お母さん、気持ちよかった?」
なんとなく、声が漏れる…
「明日、○○が飛行機に乗ってここに来るからね、ちゃんと会ってよ!分かってる」
やば~その前に、「お風呂に入れたので…」にならなくって良かった。
翌日も、10時から面会に三人でいらっしゃり
「これから空港におじさんを迎えに行くから、待ってるんだぞ」
と、一人のお孫さんが出ていかれました。
午後おじさんを交えてわちゃわちゃ、楽しそうな雰囲気でした。
私は翌日休みなので、帰り際、マニュキュアを塗ってあげました。
入所した時に、マニュキュアが剥げかけており
「マニュキュア、塗りましょうか?」
と言うと
「嬉しい」
と言ってくれて、手を出してくれたのです。私は片手を塗ったところで用事が出来、帰ってきたらば、両手、それを見ていた看護師が塗ってくれていました。(一本塗り残してサチュレーションを取る時用にしようと思っていたのですが…まあ、マニュキュア越しで97とか叩き出していました)
もうそれも、少し爪の生え際が見えてきてしまっていたので…今度は爪の先にラメをプラス。とっても形の良い爪です。
翌日も、又面会に来てくれたそうです。
「婆ちゃん、今日で食べなくなって六日だぞ!俺の有休なくなるんだけど…」
と、一人のお孫さんが話していたとか…
手足に少し浮腫みが出てきたけれど、サチュレーションはまあまあ、チアノーゼも出ておらず、呼吸も穏やかだったそうです。
ここで、大問題が…
うちの嘱託医、お盆休暇で海外に行くことになっているんです!
その前日は、午前中胃カメラ。
「今日が良かったのにね~」
だったのですが、スヤスヤと眠って朝を迎えることになりました。
有休がなくなったお孫さんは来れずに、学校の先生のお孫さん、ゆずのコンサートに連れて行ってくれていたお孫さんが来てくれていました。あ、そうそう、食事が取れなくなり、面会が多いからと静養室に移ってから、枕元のラジカセにスマートフォンから飛ばして、ゆずの曲を日中ずっと流していました。(看護師が帰ると終わり)
「婆さん、ビップ待遇だよなあ~」
そのお孫さんが、看取ってくれました。丁度、嘱託医の先生の胃カメラが終わったタイミングで…
海外に行く前の、ほんの隙間に来てくださり、無事に死亡診断書書いてもらえました。なんというタイミング!
思うのですが、ちゃんと生き切った方は、それなりのご褒美があるんじゃないかと…
ご家族に愛されていたということは、ご家族を愛して、大切にして、自律して生きてきたって言うことだと思います。
こんな風に終わりたいな~(やんちゃな時期もあったようですが)そう思います。
有休使い切り、今度は忌引き…お孫さんは長い夏休みになってしまいました。
「うちの婆ちゃんは最強!」
そこ、忘れないで欲しいな~って…




