薄いカルテ
今年に入ってすぐに、入所された方です。
面接に行ったのは、一人暮らしをしているアパート。奥の部屋にベッドが置かれていて、そこに寝ていらっしゃいました。玄関直ぐの部屋は「開けない!」と張り紙が貼っていて、どうやら夫?の部屋だったようです。
「ごめんなさい、食べているところで」
「あ、すみません、お食事中に伺ってしまって」
ベッドはフラット、仰向けのまま、海苔巻きを大胆な感じでほおばっていました。
ケアマネさんに
「この状態で食べて、危なくないんですか?」
と聞くも、いつものことだと言われ
「詰まることはないみたいですよ、横を向く方がしんどいようなので」
お話は流暢で、認知症と言う感じもなく、明るい感じ。
「私はこのままここでいいんだけれど、そうはいかないんでしょうね。ここで寝ていて、特に不自由は感じないんだけれどね」
色々とお話を聞き、麵類がお好きだとわかったので
「このままでは、麵類は食べれませんよね。施設ならばリクライニング車椅子で麵類も食べれると思いますよ」
「そうなのね、う~ん」
ケアマネさん的には
「このままと言うわけにはいかないので、早急に入所させてください」
そこで、本入所ではなく、ロングショート枠で入所されました。
ここに慣れていただければ、アパートを引き払い本入所されるということで、本人も納得されました。
ここに来る車の中で酔ってしまい、嘔吐。着いてからも気持ちが悪いと食事はとれずに、その日は終了。そりゃあ、ずっとフラットで横になっていた方ですから、疲れるのも仕方がありません。
翌日、リクライニング車椅子をどの程度まで頭を挙げて大丈夫なのか?食事の形態はどんな感じがいいのか?どういう風にセッティングすれば食べやすいのか?等々、本人と相談しながらの介護が始まりました。
性格は良いのですが(たぶん)、なにしろ一人暮らしが長いので、マイペース。障害を負う前は、専門職でバリバリ働いていたそうです。しっかりされていて、自立している感じ
「ごめんなさいね、今は食べたくないのよ。お昼は食べますから、心配しないでね」
など、こちらを気遣う言葉もかけてくれます。
食が細くて心配していると
「わがまま言ってもいいかしら?お金は○○さん(相談員さん)に預けてあるから大丈夫だと思うので、6Pチーズ、買ってきてくれないかしら。私、お医者さんから「6Pチーズを食べなさい」って言われたのよ」
仕事帰りに買って、翌日朝渡すと、嬉しそうに食べてくれました。(代金は相談員さんからもらいました)
「なんか、気持ちが悪くて、食べたくない。げっぷが出そうで出ない」
「そんな時、お家ではどうしていたんですか?」
「炭酸飲料を飲むと、げっぷが出てすっきりするの」
「じゃあ、下の自販機で買ってきますね。種類はこれこれ…どれがいい?」
「キリンレモン」
ストロー付きコップで飲むと、すっきりしたと喜んでくれました。以来、介護員室の冷蔵庫には彼女の飲みかけのキリンレモンが。でもね~炭酸が抜けちゃあだめなんだけど。栓ちゃんと閉めないで入れる介護員さんもいて、め!
待望の麵類!お昼におそばが出ました。
「今日のお昼、麵、美味しかったですか?」
と聞くと
「私、、お蕎麦はあんまり…九州の人間だから、麵はうどん!うどんなのよ~」
ああ、「蕎麦禁」にしとけば、おうどんに変更されていたのにな、早く言ってよ~でした。
本人としては、ここはお試しで、帰れるつもりだったようです。食席一緒の方にも、そのような話をしていたようで
「また来てもいいかな~って思っているわよ」
などと話していました。
「あら、行ったり来たりは大変よ。私はもうここに来てちょっと経ったけど、まあまあいい所だと思っているのよ。あなたも、そんなこと言わないで、ずっと居ればいいじゃない」
と、勧誘してくれました。
その勧誘も効いたのか、相談員さんと何度も話し合いをして、アパートへ、必要なものを取りに行ってもらうことにしました。私としては一緒についていきたかったのですが、日程が合わず。
「すごいんだよ、冷蔵庫にさ、札束。あの開かずの扉の中も見ちゃった!」
「で、洋服とか、日用品とか、持ってきたいというものはなかったの?」
「わかんないから、持ってこなかった」
だから~一緒に行きたいって言ったでしょ!
でも、本人は
「お金はあるので、いいのよ、改めて買えば」
と、意外とさっぱりとされていました。
食事のスタイルも段々と確立してきて、無理をしない生活に満足されていきました。帯状疱疹の後遺症で、鼻の横を触られると痛いということもみんなが覚えて、入浴時もそっと顔を洗ってくれます。ネットショップで、あったかい靴下(気に入ったので追加注文)、春夏のブラウスも数枚購入。「似合う~」と言われて喜んでいらっしゃいました。
痰がらみが酷くなりました。
「風邪ひいちゃったのかしら?お隣さんが咳していたからうつったのかな~私って感染しやすいんだと思う」
COPDの既往もあるので、先生に上申して、吸入薬・貼り薬・痰切り内服薬を処方してもらいました。もともと、身体痛でカロナール内服中。
微熱程度だけれども、サチュレーションが低下してきて、肺雑音も聞かれ
「痰が絡んでいて、呼吸が辛そうだから、吸引しましょうか?」
と聞くと
「やだ~そっちのほうが苦しいし」
「でも、このままだと入院になるかも」
「あ、入院しなくていいからね、このまま終わればそれでいいわ」
そんな中、介護員さんにコロナ感染者が出て、咳が酷い入所者さんを検査したらば、陽性。その同じ部屋の人、同じ食席の人と、検査していくと、出るわ出るわ、芋ずる式にどっと20数名…
最近も高熱が出ると抗原検査していたのですが、ずっとマイナスだったのに…なんてことでしょう。
もちろん、痰がらみが酷い彼女も検査しました。鼻に綿棒を入れるのは痛いから嫌と言っていましたが、理由を言うと協力してくれました。マイナス!
その二日後、マイナスだった方々も、熱を出したり咳をしたりで
「ダラダラと陽性者が出てくると長引くから、とりあえず今日検査して、隔離期間の終わりを決めたいんだけど~」
と、介護員さんからの申し出があり、マイナスだった同じ階の方々、みんな検査をしました。そこで、更に陽性者は増え、あのほとんど食べれなくなっていた方も、陽性に…その三日後亡くなりました。その物語は後日。
彼女はまたもマイナスでした。
隔離期間が陽性判明から丸5日間となり
「陽性者全員検温しなくてももういいよね~とりあえず、昨日夕方発熱していてカロナール内服した人だけ、朝測ろうか」
となり、早番の私が検温に回りました。そして
「今、心配なのは~○○さんかな。熱はないけれど、どうやってもサチュレーション87%から上がらないのよ。もう、痰におぼれている感じだし。でもね、吸引は死んでも嫌って言うから…病院も行きたくないって言ってたし、どうしようもないよね。呼吸が楽なように介護員さんに姿勢を整えてもらってね、遠慮しちゃあダメだよって言っておいたけど」
その日は、前々日収穫を終えた梅の漬け込みをするために、半日で帰りました。
夕方の検温にリーダー看護師が回っている時、隣のベッドから
「起こしてください」
という彼女の声が聞こえたそうです。傍にいた介護員さんが起こすと
「え?」
姿勢を整えたその時、呼吸が止まり、もう戻ることはありませんでした。
土曜の夕方、先生は出掛けるちょっと前で、すぐ来てくれたそうです。
「心不全」
あの可愛いブラウス着せてもらったかしら?コロナクラスターのせいで、お風呂が中止になっていて、ごめんなさいね。
数枚しかないカルテでした。カルテの様にほんとに薄い真っ白な身体でした。それでも、入所した時よりも少しはお肉付いたかな?もっとお話がしたかった…
最近入所される方は、ほんと、薄いカルテで亡くなっています。ギリギリまで独居。そう、その独居だから、入所を急いでいた方、亡くなりました。もう、ショートステイで10年ほどいらしていた100歳をとうに超えた方です。「お家で亡くなれた」それはそれで本人にとって良いことなのかもしれませんが…この物語も、後程。




