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写真立て

  若い頃、かなりの酒豪だったそうです。

 施設でも、新年会や敬老会とかで、飲める方には、好みのアルコールが振舞われます。気分だけ、と、ノンアルコールのビールや酎ハイでごまかされる方達も多いのですが、彼女は、熱燗なので、本物が出ました。

 お酒が好きなのを聞いていたので、

「もうすぐ、敬老会ですよ」

と、言いながら、耳の遠い彼女に、お酒を飲むジェスチャーをすると、にかっと笑ってくれました。普段は、ちょっと怖い方なので、気持ちが通じたのかな?と、何度もやっちゃいました。

 どうやら、全盛期は、一升瓶を空にしていたそうです。

「今は、こんだけだよ~」

と、手でペットボトルぐらいの高さを示してくれました。

 私が入職した年の敬老会では、結局、一合を飲み切ってしまい、おかわりを求められて、少し薄めて、提供しました。その分少し、熱々で……


 食事は自分で食べていましたが、量が少なく、おかずにおいては、全く手を付けないことも、たびたびです。そんな訳で、タンパク質不足もあり、脚が浮腫んでしまいました。

 高齢者の場合、特に脚が浮腫んでしまう方が、多いようです。細胞に溜まった水分が、静脈血やリンパ液に取り込まれて、心臓に戻ることが出来ないでいる。特に脚の場合、重力に逆らって、水分を上げなくてはなりません。ほとんどの方が、車椅子や椅子に日中座りっぱなし。どんどん水分が、脚に溜まっていきます。それに、歩かないので、ふくらはぎの筋肉による、押し上げのサポートも期待できず、足首は、もはや、ふくらはぎの太さに……押せば、ペコンと、へこみます。

 ただでさえ、心臓も腎臓も弱ってきているのですから、仕方がありません。それに加えて、栄養不足で、血液中のタンパク質が少なくなると、細胞から、血液に、水分を取り込む能力が落ちてしまいます。浸透圧:半透膜を介して、濃度の薄い液体から濃い液体の方に移っていくという、あれです。タンパク質の少ない薄い血では、細胞の水分を吸い上げることが難しくなってしまうのです。

 食べない物を食べて頂くということは、とっても大変で、いろいろ試して、タンパク質強化のビスケットを、毎日出すことになりました。甘いものが好きではなく、栄養補助食品のゼリーが使えなかったのです。焼き鳥味とか、めんたい味とかのゼリーがあったら、よかったのですが……


 少しずつ、食べる量が減るのに伴い、眠っている時間が増えていきました。そうなると、食事の時間に覚醒していないこともあり、ますます食事量が減っていきます。ベッドに横になっている時に、目が開いているからと言って、そのタイミングで食事を提供することは出来ません。一日のうち、一食がやっと、しかも、ほんの数口という日が、続いていました。


 そんな中、敬老会が開かれました。起きていたからと、リクライニング車椅子でホールにやって来た彼女に、

「ダメでもいいじゃないか」

という気持ちで、熱燗を用意しました。そう、

「香りだけでも、味わってもらいたいね」

と。

 御馳走は、ちらっと見ただけでしたが、お酒は、なめるように飲まれ、おちょこに一杯は、いけました。冷たい浮腫んでいる脚も、少しは温かくなったかな~と、触ってみたら、そこはやっぱり、冷たいままでした。

 それから数日して、全く食べてもらえなくなりました。そこで、静養室に移動して、お看取りすることに。

 彼女には、面会に来てくれる家族がいません。後継人さんが、時々様子を見に来ることはあっても、会うことはなかったと思います。

 私は、静養室のベッドに横になっている彼女を見ていて、なんか、違和感を覚えた、というか、足りない物に気付きました。それは、写真。床頭台に飾られた、立派な写真立てに入った旦那さんの写真です。

 私が勤め始めた時、

「これは、私の人だよ。去年死んでしまった。大好きだったのに」

と、教えてくれました。カルテを見ると、入所した数年前には、夫はすでに他界していることになっています。そして、その後何年経っても、去年死んだと、言われます。よっぽど、愛していらっしゃったのだろうと、羨ましい思いで、聞いていました。

「持ってこなくっちゃ」

と、前の部屋から持って来て、床頭台に飾ろうとした時、写真立ての後ろが外れて、中から二枚の写真と一通の手紙が落ちてきました。

 一枚は結婚式の写真。文欽高島田の彼女は、ほんとに美しく、隣りの旦那さんも立派でした。もう一枚は、どうやら飲み屋で働いている彼女。割烹着も又、似合っていました。さも、一升いけそうな感じです。そして、手紙。実は英語の為、よくわからないのですが、「全てを、愛する○○にあげる」という内容の、遺書のようなラブレターでした。


 元に戻そうとした時、彼女が目を覚ましました。

「ほら、○○さん、大切な写真、持って来ましたよ」

と言って、顔の前に持って行くと、じーと眺め、布団から手を出して触り始めました。写真立ては、重いので、そこから出して、三枚の写真を順に見てもらっていると、彼女の目から、すーと涙が流れています。その時気付いたのですが、いつも半分閉じている方の目も、しっかり開いていました。

 もう、床頭台に置いていては、眺めることが出来ません。そこで、クリアファイルに写真と手紙を挟んで、彼女に渡しました。

 しばらく眺めていて、やがて眠ってしまったので、胸の上に置き、手を添えて、布団を掛けました。

 

 目を覚ます度に、そう、三回は写真を見てもらったと思います。最後の時は、もう、見えていなかったのかもしれません。それでも、

「ほら、結婚式の写真だよ。○○さん、綺麗だね~」

と、耳元で大きな声を出すと、頷いてくれているような気がしました。


 静かに息を引き取り、葬儀屋さんがお迎えに来た時、その写真は、彼女の胸に抱かれて、施設を去っていきました。



 思うのです。私にとって、最後に見たいものは、何だろう、と。

 最後に食べたい物、最後に会いたい人、どんな香りに包まれて、どんな音楽に送られたいか?

 死は、一回こっきりです。演出を考えておかないと、後悔する……って、死んでしまったらば、後悔もくそもないのかな~


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