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ビーズのブレスレット

  前回のを、読み返して……ちょっと考え込んでしまいました。

 これって、どうなんだろう?いいのかな?なんか、聞いた事のある……そう、あの惨劇の……


 私は、寝たきりでコミュニケーションの取れない方は、生きている価値がないと、言っているのでは、決してありません。ただ、本人にとって、どうなのだろうか?わからないので、想像するしかなく、「自分だったらば」と、考えた時、「やだな~」と思う訳です。

 明日は我が身、とまではいかなくとも、何十年か後は、十分あり得る話なのです。

「自分だったらば」と、考え、想像することは、介護する側にとって、大切な事だと、私は、思います。


 施設に面会に来ている家族、どうしてもコミュニケーションが取れなくなると、足が遠のきます。だって、会いに行っても、子供だとわかってもらえない、こちらを見てもくれないのだとしたらば、辛いですよね。毎月の支払を済ませると、顔も見ずに帰られる家族もいます。だったら、何で生かしておく?胃瘻にしなければ、、食事介助をしなければ、途絶えてしまう命です。


 何で、生きていかなくては、ならないのですか?


 ほんとに、わからないのです。寿命って何なのでしょうか?どこまでが、辛くとも、生きていかなくてはならない、寿命なのでしょうか?今の世の中、自然な死を受け入れられなくなっています。


 看護学校の授業では、

「QOLが、大切です。いつ、いかなる状態の方に対しても、QOLを支える看護をしなさい」

と、教えられます。

 クオリティ オブ ライフ すなわち、「生活の質」です。今まで通り、何でも出来る健康な状態でなくなったとしても、今出来ることで、生活を豊かにする、尊厳のある生き方。ただ、息をしていればいいのではありません。何もすることが無く、横になっているだけ。そもそも、それって、生活していると言えるのでしょうか?


 意思疎通が出来ないので、ホントのことはわかりません。ただ、介護していて、何とも虚しく、こちらがそう感じてしまうのかもしれません。

 人間として、本来感じるべき楽しみが、なあんにも、無い。

「明るくなってきたから、又、新しい朝が来た」

という、感動も、

「今日のお昼は、何かしら?」

「娘に会えて、元気そうなので、ほっとしたわ」

「子供達のお歌、かわいかったわね~また来てくれるかな~」

「あのお兄さん、私にだけ優しいんだから~もう」

そんな、些細な事でもいいのです。なんかあれば、なんか……

 けれど、なあんにも、感情を動かすそれを、提供出来ない自分たちに、悲しくなってしまっているのかも、しれません。いい夢、見ていてくれると、いいのですが……



 病気によって、身体を思うように動かせなくなり、食事介助をしてもらうも、次第に飲み込みも悪くなった方が、胃瘻になると、聞きました。彼女は、認知症ではありません。頭はクリアー、自分で判断した結果だと思います。

 食事介助を受けながら、彼女は、必死に、

「頭を前に支えて」

と、訴えていました。首がのけぞってしまうのを、直せないのです。このまま食べさせられては、誤嚥してしまうと、訴えていたのだと思います。

 胃瘻になって、食事の恐怖は無くなるかもしれません。しかし、生きていれば、辛いことは、この先まだまだあるでしょう。それでも、選択した。

「生きていたい」という、明確な意思。それとも、死への恐怖?どちらにしても、自分で決められたということは、本人にとっても、家族にとっても、良いことだと思います。



 前の施設で、胃瘻になって、入所された方。会話が出来て、車椅子に座る姿勢も、何とか保てる。なぜ、胃瘻なのか?その既往歴から、わかりませんでした。確かに、誤嚥性肺炎による、入院歴があります。が、高齢になれば、別に珍しい事ではありません。

 よく、お孫さんが、面会に来ていました。たまたま、廊下でお会いした時に、急に声をかけられて

「今日も、ばあちゃんに、励ましてもらいました」

と、言われたので、

「自慢のお孫さんですから」

と、答えました。

 実際、何度となく、面会に来てくれるお孫さんの話を、聞かされていましたので。

「そうですか。でも、ばあちゃんを胃瘻にして、ここに入れたのは、自分らです。これで良かったのでしょうか?あの部屋でずっと、寂しそうに寝ているのですよね、だからといって、そうそう面会に行けないし、家に連れて帰るのは、今更無理。あの時、ばあちゃんの人生を勝手に決めて、良かったのか?その後のことも、ろくに考えないで、何のフォローもできないくせに……みんな(他の方の家族)、どうしているのですか?」

と、大学生の男性が、少し涙ぐんで、言われたのです。


 私は、その頃、高齢者が胃瘻にして寿命を伸ばすことに、疑問を持っていました。でも、こうして、一生懸命、当事者のことを考えてくれていることに、少し感動し、

「胃瘻にしても、飲み込む事が出来るようになれば、又、口から食べることは、可能です。実際に、口から取り切れない分だけ、胃瘻から流して、生活をしている方もいますし、いざとなった時の為、胃瘻の穴は塞いでないけれど、もう、普通に食べている方もいらっしゃいます」

と、伝えました。


 後日、STさん(言語聴覚士)による、嚥下能力評価を受けて、「いけそうだ」ということで、一日一回の、ゼリー食が始まりました。

 お孫さんは、とても喜ばれました。そして、休みの日には、食事の時間に面会に来て、今度は、励ます側になりました。

 が、それも、一か月ほどで、取りやめになってしまいました。段々と食事形態を上げていき、ちょっとむせ込んでしまったのです。たいしたことではなかったのですが、彼女は、もう、食べようとしなくなりました。私達は、

「誤嚥して、入院した時のことを思い出して、怖くなったのかしら?」

と、聞いてみると、

「もう、これ以上、家族に迷惑を掛けたくないのよ。私は、食べることを諦めて、もう、それでいいと思っています。だから、色々お手数をかけてしまったけれど、もうやめて下さい」

と、言われてしまいました。そして、

「食べたい物はないのですか?」

と、聞くと、横を向いてしまったのです。

 何とか、食べる意欲を持ってもらいたいと、かけた言葉でしたが、後から、なんか、残酷なことを言ってしまったように思えて、後悔しました。


 あの時、彼女は、

「もう、食べることは、諦める」

という、選択をしたのです。それは、

「胃瘻から栄養を入れて、生きていく」

という、選択でも、ありました。

 せっかく、生きていくという選択をしたのですから、お孫さんたちに、

「胃瘻という選択は、間違っていなかったよ。私は、今、生きていて、こうして話が出来て、嬉しい」

と、伝えさせてあげたい!

 そんな思いでいた時、手芸が好きなことを、聞きました。

「もう、手が利かないし、目も悪くなったけれど、何か出来ないかしら?」

と。

 作業療法士さんに相談すると、

「大きなビーズを、ゴム紐に通すぐらいのことならば、出来そうだよ」

と、教えてもらえました。そういえば、お孫さんが、パワーストーンのブレスレットを付けていたのを思い出し、

「これだ!」

っと。

 安物のビーズですが、彼女に色を選んでもらい、作ることが出来ました。もちろん、誰かが面会に来るときは、隠しての作業。内緒です。

 渡せた時の、彼女は、とっても嬉しそうで、

「こんなことも出来たのは、お前たちのおかげだよ」

と、泣いていました。こちらも、もらい泣きです。


 どんな些細な事でも、いいのです。

「生きていてよかった」

と、思ってもらいたい。それが一番の、介護者の望みだと思います。喜んでもらえる援助ならば、仕事の甲斐があるというものです。



 私が、初めて「胃瘻って、何だろう?」と、思ったきっかけは、一人の女性の死です。


 その方は、虚ろな表情で、全くコミュニケーションの取れない、面会に来てくれる人もいない方でした。どうして、胃瘻になり、この施設に入ったのか?その経緯も、よくわからない方でした。やがて、みんなと同じだけ、カロリーを入れているのに、どんどん痩せてきてしまい、静かに亡くなりました。消化器系の病気を持っていたのか、単に老化により、消化吸収能力が低下してしまったのか、わかりません。亡くなった時は、骨を皮でした。


 亡くなったことを、連絡先となっていた親戚に電話した時のことです。「亡くなってからの、連絡でいいです」と、カルテには、書いていましたが……

「一番安い葬儀屋を紹介してもらえないか?」

と、開口一番、言われてしまいました。


 反応のまるでない方でしたので、思い入れがないとはいえ、この時ばかりは、みんな泣きました。


      彼女の、ここで過ごした時間は、何だったのでしょうか?

 


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