カップラーメン、アンパン、そして、お稲荷さん
この方も、男性です。
こちらは、若い頃、かなり「やんちゃ」をしてしまったらしく、お姉さんが何人かいるけれど、もう、入所時は、見捨てられていたそうです。言葉遣いから、当時を想像できる……とは言え、半身ほとんど動かず、車椅子もゆっくりしか進まないので、特に問題はありません。
この方も、時々、まったく食べなくなります。やはり、食べたい物を聞いて、対応していました。こちらは、簡単でいいのですが、問題は、便秘すると、決まって吐いてしまうこと。三日も出ないと、せっかく食べたものを、リリースしてしまいます。
「気も短いけれど、腸も短いのかしら?」
と。
仕方がないので、丸二日出ないと、午後は浣腸です。これが、週一回は、必ずやらなくてはならない、大イベント。この日に当たると、もう、大変です。
何が大変かというと、本人、「嫌」なのです。それを、強行するのですから、協力を得られるはずがありません。彼なりの、精一杯の抵抗にあいます。
ベッドに横になっている所を、正攻法で行くと
「てめえ、何しに来やがった!やる気だな!くそ!」
と、看護師と介護員に対して、威嚇してきます。動く方の手の爪を振りかざし、彼の顔の前に行こうものならば、唾をかけられます。
「まったく~もう、汚いんだから!アルパカみたい……ある、パカ!」
などと……はあ……
「覚えておけよ~お前だな~後で仕返ししてやる!」
と、いやいや、絶対覚えてなんかおきませんから……
で、陰に隠れていて、介護員さんがオムツ交換対応中、横向きになった瞬間、後ろからチャット入れて、サッと逃げる。顔は勿論、声も聞かれないように、無言で。こんなことするから、余計嫌われます。
介護員さんから、
「なんとか爪を切って欲しい」
と、頼まれて、伺うと、
「てめえ、障害者の唯一の武器を奪うつもりか!俺にはもう、これしかないんだぞ!お前になんか、そんな権利はないだろうが!」
と、断られました。
それでも、度々
「このままにしていたらば、何かの拍子に、引っかかって、元から折れたら、そりゃあ痛い思いをしますよ」
と、伝え、いえ脅し、何とか切らせてくれました。機嫌の良い時も、あります。
そんな彼が、血を吐きました。
吐いた量は、少なかったのですが、その後、次第に便が黒くなり、更に、アッカンベーした時の目の内側が、白ぽく変わっていきました。
食道か胃のどこかから出血していて、それが止まらない。胃酸で黒く変色した血液が、便に混ざっている状態が続いていて、しかも、その量が多いのか、かなりの貧血を起こしている。
生命の危機、即、入院することになりました。
高齢のため、手術はせず、薬で止血をして、輸血によって、回復していきました。ただし、絶飲食。このまま、点滴をしていても、病気を根本から治すことは不可能で、次第に衰弱していくでしょうとの、説明を受けて、施設に戻ることになりました。
お迎えに行くと、彼はベッドに眠っていました。帰るギリギリまでと、繋がれている点滴。よく、あの暴れん坊が外さなかったと……動かないほうの手に針を刺したとしても、反対の手で引き抜くことは出来ます。拘束されていなかったことに、驚きました。
「ついに、観念したのか?」
と。
御顔つきも、だいぶ変わっていました。まあ、眠っているせいもあるでしょうけれど、あの、険しく攻撃的だった顔が、まるで、真っ白なマシュマロで出来たお地蔵さんのようでした。ほんと、起こしてしまうのが、もったいないような……
施設に戻り、みんなが出迎えると、
「ありがとね」
と、これまた、びっくりするお言葉が、飛び出しました。
「病院で何があったのか?一回亡くなって、蘇ったのか?」
などと。でも、ちょっとだけ、寂しかったのを覚えています。
さて、病院からは、
「いつまた再出血するか、わかりません。胃を使えば、そのリスクは、高まるでしょう」
と、言われていました。でも、このまま、何も食べなくても、やはり亡くなります。さあ、どうしようか?ということで、本人に決めてもらうことにしました。単純に、
「食べたいのならば、食べればいいし」
と。
夕食に、ゼリーを出すと、召し上がったことから、なるべく胃に負担のかからない食事を提供することになりました。そして、少しずつ量が増えていった、数日後、彼から
「旨いもんが食べたい。カップラーメンだ」
と、注文が入りました。
相談員さんさんが、買ってきてくれたのですが、たぶん、
「美味しそうな高そうなものを」
と、選んだのでしょう。かなりヘビーな、脂っこい品でした……
結局、数口食べて、受け付けられないのか、残してしまいましたが、それなりに満足したらしく、今度は、
「旨いもんが食べたい。アンパンだ」
と。これまた、大きなのを買ってきてしまい、四分の一も食べられませんでした。
時々、血を吐きながらも、一度も痛みを訴えることなく、最後は、
「旨いもんが食べたい。お稲荷さんだ」
と。コンビニの三個入りを買ってもらい、一個の半分強を、美味しそうに食べて、翌日、静かに亡くなりました。
彼にとっての、「旨いもん」は、この三種類だけだったのでしょう。これ以外、もう頭に浮かぶものがなかったのかもしれません。何とも、「安上がりな人」でした。
亡くなっていく人に、寄り添い、その時を、ただ待つしかないということは、それはそれは、とても辛いことです。だから、彼の欲するものを提供できたことに、私達は、救われたのだと思います。彼が、亡くなった時、なんだろう、やり切った感がありました。
これで、良かったのですよね?




