「ありがとう」と、言ってもらえて、知ったこと
精神科病院で、看護学生として、看護助手をしていた時の話です。これもまた、十年近く前のことなので、、最近は変わっているものと、思われます。
少し前に、躁鬱病の患者さんが、病院で拘束されたことから、エコノミー症候群を起し、亡くなってしまったというニュースがありました。外国籍の方だったので、大きく取り上げられていましたね。その後、色々な番組で、拘束を受けた方々から、その体験談や、今もって消えない心の傷について、特集が組まれていました。私は、その場に立ち会った者として、その言葉を、深く受け止めるべきだと思います。
今勤めている職場など、いわゆる介護施設では、けっしてやってはいけない、拘束。手や足を縛る、胴体を椅子やベッドに固定する、鍵のかかる部屋へ閉じ込める。これら、目に見える形の拘束は、医師の指示なしでは、できません。あくまでも、医療の為であって、介護にはなじめないものとされています。しかし、他にも、大きな声掛けで、動きを封じる。、「ダメ、待て、座ってて!」等々。や、目の届く所に置いとくためにと、ベッドや車椅子を移動させるなど、いくらでも拘束のグレイゾーンはあります。
精神科では、どうしても拘束せざる場合が多くあります。それは、拘束しないと、本人や周囲に生命の危険が及ぶため、と、なっています。介護施設だって、ほおっておけば、転んで骨を折る方、頭を打つ方がいっぱいいます。
「一人で歩くのは、一人でトイレに座るのは、とても無理、危ないですよ」
が、本人にはわかりません。
拘束しないで、危険な「自主行動」を、どうやって防ぐか?一人に、常時一人が、見張っている訳には、いかないし、自宅と違って、施設は広いのです。
大きな矛盾と共に、介護員は働いています。予測不能な方々の、「行動把握」……尊厳などと、言っていられないことも、ままあります。
精神科入院期間の長い中、突如、服薬調整が上手くいかなくなり、暴れだした方がいました。なんとなく、最近いつもの感じと変わってきたな~と、思って間もなく、豹変しました。エクソシストとか、狐憑きとか、本当にあるんだと、凄く怖かったのを覚えています。
いつも、周りの人に気を遣う、どちらかというと、おとなしい人でした。やや派手なワンピースを着ていて、綺麗な色だと褒めると、肩を振りながら歩いてくれます。ちょっとお茶目な所も、素敵でした。
それが、今まで聞いた事の無い、乱暴で下品な言葉を、とんでもない音量で喚き散らし、攻撃的な動きで、威嚇してきたのです。
医師から、本人に説明をして、個室のベッドに拘束されました。その際、看護師が一人、指を噛まれて、血だらけ……
拘束は、一週間ぐらい続いたと思います。初めのうちは、食事どころではなく、薬で鎮静をかけて、眠らせている内に、身の回りの世話や、栄養補給をしていきました。もちろん、時間ごとに、拘束は解放され、痕は出来ていないか?神経を痛めてないか?など、細かく観察されます。又、バイタル測定や、飲食、排泄も記録されていきます。
やっと、会話が出来るようになっての、オムツ交換の時です。足の拘束を外すと、え~って程に、足が看護師の頭めがけて、飛んでいきました。
「人間は、まだまだ知らない凄い能力を持っていて、それを心が制御しているのだ!」
と、その時、感動してしまいました……
そんな訳で、まだ、看護助手一人で部屋に入らないように言われていました。が、ガラス越しに、何とも悲しい眼差しと、目が合ってしまったのです。何もして差し上げられないことは、わかっていました。それでも、傍に行ってあげたくて、私は、鍵を開けて入ってしまってのです。相手はしっかり拘束されているのだし、もし、興奮してしまっても、大丈夫だと。後から考えれば、もし、興奮させてしまったら、彼女の治療の妨げになってしまったと、反省しています。
窓がないので、ヒヤリと冷たく感じられました。
「あ~こうして、ここから、外の私達を見ているのだな~、小さな四角で区切られた、外の世界」
と、思いました。
私は、わずかに、足元へ掛かっている布団に手を置いて、彼女がよく歌っていた歌、たぶん童謡だと思いますが、歌いました。そして、
「早く良くなってね。そしたら、また一緒にお話ししましょうね」
と言って、部屋を出ました。
彼女が、落ち着きを取り戻し、もう大丈夫という、三ヶ月ぐらいたった日のことです。郵便局まで、助手の私と二人で、外出をすることになりました。
「彼女の方が、道に詳しいから、大丈夫」
と言われ、道順を調べずに出発して、迷ってしまいました。腰が痛いと話していたので
「ごめんね、いっぱい歩かせちゃって」
と、謝ると、彼女から、意外な返事が返ってきたのです。
「あの時は、ありがとう。とっても寂しくて、不安で、だあれも、何も話してくれないから、ひとりぼっちだったの。あなたが来てくれた時、ホントに嬉しかった。今まで、お礼もしなくて、ごめんなさい。歌ってくれて、ありがとう」
と。
聞こえていたのです。そして、意味を理解出来ていたのです。そして、そして、そのことを、記憶していたのです!!!
「消えない心の傷」……きっと、
「どうせ聞こえていないのだろう」
「理解できるレベルじゃなくなっているのだろう」
「覚えてなんか、いないのだろう」
心無い言葉の数々が、痛みや恐怖と共に、心に刻まれてしまったのですね。
それって、認知症の方々にも、当てはまると思うのです。人間として、言ってはいけない言葉って、あると思いませんか?




