私の気持ち、持て余しています
チョット、休憩
最近、一人の入居者さんに、イラッときています。
こんなにも、感情が表に出てきてしまう、というか、抑えきれない……こうして、吐き出したくなってしまうのには、訳があります。
高齢者ならば、色々あっても、
「まあ、今迄、十分頑張られてきているし、後は、オマケの人生でもいいのかしら」
と、思い、少しでも、楽しい余生、苦しまない、邪険にされない生活を送れるように支援していきます。いずれは、自分も通る道です。
「こういう風に、接してもらいたいな~」
と、思っているように、こちらも接していきたいものです。
が、彼は、違うのです。A氏は、まだ、60歳になったばかりなのです。
A氏は、60目前にして、交通事故で障害を受けてしまいました。その後、手術。リハビリテーションセンターにて、なんとか、車椅子を足で動かし、自走、つかまり立ちも出来るようになりました。食事は、自助食器を使い、モリモリ自分で食べられます。一生懸命リハビリ頑張られたと思います。
幸い、頭はクリアー。会話もスムーズです。首を痛めたせいで、排泄だけは、今まで通りといかず、介護が必要になってしまいましたが、その他は、さして問題ありません。
老人介護施設へ、入所?なんで?というのが、第一印象です。
親以上の歳の方々、しかも、認知症や、ほとんど動けない方の中で、暮らしていけるのか?娯楽施設もなく、年寄り向きの、柔らかい、味の薄い、あっさりした食事。なんで?なんで?
ちゃんと、説明をして、ここでは出来ないことも伝え、それでもと了承されての、入所でした。しかし、やはり生活していく、というか、時間を過ごすこと自体、無理でした。
まず、頭がクリアーなので、スタッフの名前を覚えてしまいます。誰が利用出来て、誰がへたくそなのか……自分の介護は、気にいった者を指名してきます。女性は名前をちゃん付、自分の物気どり……えーと、そうにしか見えないくらい、キモイ。あれこれと、買い物に行かせるし、時間設定通りに事が進まないと、スタッフが他の仕事をしているなど、お構いなしにコール。ホールのテレビは自分のカラオケの為に、独占。しかも、聴衆が欲しいらしく、お婆さん達の車椅子をセッチングさせる……やりたい放題!
まあ、断固拒否するスタッフもおりますが、結局誰かがやらされる。
先日、やっとこさ、車椅子を自走されているお婆さんに、
「○○さん、そんなにゆっくり進んでいたら、ご飯来ちゃうよ~だいたい、目も開けないでさ~」
と、かなり離れた位置から、大きな声でわめきました。
「馬鹿か、お前!」
と、頭を叩いてやりたくなってしまいました。ほんと、やっちまいそうでした。
介護者が、
「ちゃんと目を開けないと、危ないですよ」
と、声を掛けるのとは、訳が違います。私達は、そう声を掛けながらも、様子を見ていて、介護が必要と判断したら、飛んでいきます。でも、彼は、お婆さんに対して、何も出来ないくせに!いえ、出来ることはあると思います。それなのに、何もしようともせずに、ただただ、馬鹿にしているのです!!!
入所したばかりの頃に、A氏に聞いたことがあります。
「Aさん、テレビを見ているだけでは、退屈でしょう。手が使えるのだから、パソコンで何か出来るんじゃないかしら?」
と。
手が使えなくても、口に棒をくわえ、パソコン操作で仕事をなさっている方も、いらっしゃいます。
「彼ならば、十分出来るのに、もったいないな~」
と、そして、
「まだまだ、これからが長い!この先ずっと、介護されるだけの人生なんて……私ならば、絶対に、いや!!」
と、思ったので。それに、ここまでリハビリ頑張られた方だから、きっと、この先もあるだろうと思ったから、きっと、ここに来てしまったのは、なんかの勘違いだったのだろうと、思ったから……そしたら、
「パソコンは、嫌いだな」
と。
私は、その時、
「まあ、考えるきっかけになってもらえれば、いいのかな?人それぞれだし。Aさんは、私の考えている事とは、違うアプローチで、人生を設計していくのかもしれない」
と。
しかし、最近、
「ああ、この人は、自分の思う通りに、人を動かすことしか、考えていないんだな~人の役に立ちたいとか、貢献したいとかいう気持ちが、まるでないんだ!!」
と、わかりました。
自分と歳が近い分、どうしても許せなくて、悲しくなります。特に、高齢者に対する態度。「邪魔な奴」「話をしてやっても、訳が分からない、覚えてもいられない」そんな、蔑んだような態度が、ほんと、許せません。
自分のことばかり、自慢話ばかりして、相手が、理解出来ないことを知っていながらベラベラと、しかも、
「ああ、わかんないんだ~」
と、蔑む目をして。
認知症のお婆さんだって、聞かされ続けて、疲れてしまっています。そんなことも、
「わからないのか?」
チョット、すっきりしました。
可哀そうな人で、切り捨てたく、ないのです。でも、何も出来ない。本当は、何もできないくせに、気になってしまう自分に、イラッとしているのかもしれません。




