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透析室より  3

  透析は、週三回、雨が降ろうが、体調を崩そうが、気が向かなくとも、行かなくてはなりません。ドタキャンは、ありえないのです。都合がつかなくて、前もって曜日を変える方や、旅先で行う方は、います。しかし、

「そういえば、今日来なかったわね」

は、ありえないのです。その場合は、入院されたこと、亡くなったことを、クリニックに伝える手段のなかった方となります。


 その方は、アパートに一人暮らしで、透析になってからというもの、バイト生活、所属する職場を持っていませんでした。

 後でわかったのですが、月曜日、一緒に働くはずの方が、彼の無断欠勤を心配して、アパートに行くと、すでに亡くなっていたそうです。見つけた方は、彼が透析をしていることは、知っていたけれど、クリニックに知らせるまでは、思い及ばず……クリニックからも、連絡できず

……


 ストレートの髪が、肩まで。少しだけ、薄い……40代半ばの方でした。いつも、大きな使い込んだカバンを、肩から下げてやって来ました。中は雑然としていて、

「重たいものは、腕に負担をかけるんだから、もっと整理すればいいのにな」

と、思っていたことを、覚えています。

 私は、その方と、何か楽しい会話をしていたことは、記憶にありますが、どんな話をしていたのか?まったくと言っていいほど、覚えていません。きっと、たわいのないことだったのでしょう。とにかく、ウィットに富んだ返しで、私を笑わせて下さいました。短い距離を歩く、その歩き方から、かなり身体がしんどいのを、見て取れます。それでも、人と接する時は、精一杯の明るさで……心臓が、耐えられなかったと、聞きました。


 亡くなったことを知って、私は、改めて職場を見まわしました。そして、それまでと違う景色が見えました。

 そう、ここで、こうして、いつものように関わらしてもらっている、この景色から、次は誰が消えてしまうのだろうか?

 次の回も、同じ方々と、会えるという約束なんて、どこにもないんじゃないか?って……



 その方は、仕事帰りに透析をしている方で、病衣に着替えず、上着を脱ぐだけ。言葉少ない方で、お茶を入れても、少しだけ首を傾げる、気難しい雰囲気でした。私は、亡くなるその日まで、ろくに声を聞いた事もありませんでした。


 いつもならば、薄い掛物を、膝に掛けて、疲れているのかうとうとしているのに、その日は、掛物を肩まで引き上げていました。そこで、

「お寒いのならば、もう一枚持って来ますよ」

と、声を掛けると、

「いえ」

と言って、目を閉じてしまいました。でも、しばらくして、やはり心配で、

「温タオルや、湯たんぽを、お持ちすることも出来ますけど……」

と、もう一度声を掛けました。すると、顔を上げられて、

「じゃあ、温タオルをもらおうかな」

と。

 ホカホカを、二枚入れて、お持ちしました。お渡しした時の、表情を覚えています。初めて見る、そして、最後の顔を。

 すぐに、寒そうなことを臨床工学士に伝え、みんなの透析が終わる前に、私は、帰りました。そして、次の回、亡くなったことを知りました。


 真っ白なシーツの掛かったリクライニングチェア。その上に整然とたたまれた掛物。この席を、午前の部で使う患者さんは、彼の死を、知りません……

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