たかが、痒み止め、されど、痒み止め
病院から退院される時、私に、自分のはめていた指輪、何か緑の石の付いたのを、
「もらってくれないかしら」
と、指から抜いて、渡してくれた方が、いました。
「あら、いつも自慢されていた、お料理の上手なお嫁さんにあげなくてはダメですよ」
と、言うと、
「そうね、これからもお世話になるのですものね。でも、あなたには、よくしてもらったから、あなたにあげたいのよ」
と。
「お気持ちだけで、十分ですよ」
と、手を握ると、お婆さんは、涙を流して、その手を握りしめて下さりました。でも、泣きたいのは、こちらも同じ。なぜって、これからどこに行くか、知っているのですもの。家への退院では、ないのです。
とても綺麗なブラウス、似合っていました。病衣を着ている時とは、まるで違います。病衣を着ている時は、認知症で、医療対象ではない、問題ありのお婆さんでした。
医療対象ではない、家で寝ていれば良くなる腰椎圧迫骨折。家で、面倒見られないからと、入院したのに、おとなしく寝ていない。入院の理由が理解できず、環境が変わってしまったことで、せん妄を起してしまったのです。もう、ここは何処、私は、誰、ぎゃ~です。
夜中に大声張り上げ、ベッドからずり落ちて、部屋から這い出して来る。空き部屋に入れれば、ドアを叩き続ける。そのエネルギーは、無限です。だって、ここにいる訳が、分からないのですから、仕方がありません。
私は、まだ、看護師なり立てで、というか、こないだまで、一般ピープルだったので、こちらも訳が分かりませんでした。とにかく、安静にしていれば、良くなるというならば、安静にしていて欲しい。その為には、と、私なりに考えて、「怒らせない」を、心がけました。初めは、全く訳の分からないことを怒鳴っていましたが、一生懸命聞き役に徹している内に、話がまとまってきました。そして、「心地よい」を、提供すること。湿布はもちろん、痛い所を擦ったり、痒いと言えば、痒み止めを塗りました。
「落ち着いて、安静にしてさえすれば、痛みも軽減して、退院出来る」
それが、この方にとって、最良だと、信じていたのです。今振り返れば、ただ、人間らしい対応をしていただけだったと、思います。
「家の近くに来たら、必ず寄ってね。美味しいものを作ってもらうから、約束よ」
お婆さんは、家に帰るものと信じて、退院していきました。着いた所は、施設……そのような方が、ここにも入所されてきます。
病院から真っ直ぐ入所される方は、精神科からの場合が多いです。
「精神科入院により、症状が落ち着いてきたため、施設へ入所」
要するに、
「暴れるなどの問題行動が、軽減されました。が、家への退院は、もう無理です」
という方々です。精神疾患よりも、認知症の方が、重くなったのかもしれません。
「とにかく、だいぶ盛られたな(精神薬)」
という、感じです。みんながみんな、そうではないと思いますが、ここのところ、入所された方は、皆、意欲が無くなった方のように感じられます。全てにおいて、意欲の無くなった状態、無表情。
楽しいことなど無くても、生きていけます。いえ、生きていかなくてはならないのです。それって、どうなのでしょうか?なぜ、人間は、そんな状態でも、生きていかなくてはいけないのですか?
ボリボリ引っ掻いているからと、痒み止めを塗ってあげます。
「痒み止め、塗ったからね」
と言うと、微かに笑顔が浮かんだような、そんな気がして、そんな気持ちで、接しています。
自己満足ですが……




